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109.見学者を迎え入れる

季節は秋も深まり、里の田も刈り入れ時を迎えた。

今回は特に焦る必要もないから、完全に手作業のみでの刈り入れを行う。

刈り入れが終わった田には追肥をし、しばらく落ち着かせてから麦を撒いていく。


紅達は相変わらずクジラ探しをしながら度々漁に出掛け、大量の魚を持ち帰ってきていた。

その分、狩りの獲物から作る加工肉は全て保存食に回せるから助かる。


どう考えても蔵の数が足りないから、里の東側の山林を切り開いて蔵を5棟追加した。

合わせて、既存の蔵と水車小屋も移設し、水路の形状も見直した。

これで母屋の東側に倉庫と食料の加工施設が集約され、母屋の西側にスペースができた。


この西側のスペースに、新たな子供達の受け入れ施設を建てる。

施設といっても、今の女の子達の家の間取りを、そのまま3部屋に増やしただけだ。



領内では今年の年貢の徴収も終わり、領民たちも一息ついたところだろう。

年貢の徴収は地頭である俺の役目だが、あっさりと佐伯家を地頭代に指名し肩代わりしてもらった。

当主が代わったとはいえ、佐伯家には最有力者である宗像家がバックに付いているから、滞りなく役目をはたしてくれるはずだ。


ちなみに年貢の比率は五公五民、つまり出来高の半数を地頭経由で守護に収めることになっている。

別に里に年貢を納めてもらう必要はないし、軍資金を集める必要にもまだ駆られてはいない。とは言え、むやみに下げる理由もない。


減税によって領民達の暮らし向きを一時的に上向かせたとしても、本質的には何も変わらないのだ。

災害やその他の外乱によるダメージを抑えつつ、農作物の収量を増やし産業を発展させることこそが、長期的な生活の向上に役立つ。



のんびりと北の田の刈り入れを始めた頃に、宗像からの使者が訪れた。

使者は三騎、佐伯次郎、宗像氏盛むなかたうじもり、そして弥太郎だった。


「弥太郎、お前馬に乗れたのか?」

思わず第一声がそれになったのも仕方ないだろう。弥太郎は少弐家の間者だったとはいえ、あくまで行商人だったはずだ。

馬から降りた弥太郎は、俺の前で丁寧にお辞儀をした。

「斎藤殿、お久しぶりでございます。佐伯殿との戦さ以来ですな」

「ああ、久しぶりだ。今日はわざわざどうした?」

「それは私のほうから申し上げます」

そういって次郎が話を引き継ぐ。

「先日、斎藤殿がお話になりました、御身の里の見学についてです。年貢を徴収する折に希望者を募ったところ、およそ30名が見学を申し出ております。ご了承いただければ、7日の後に御身の里へ連れてまいります」

「申し入れを承知した。では7日の後に、大隈の集落で待機してくれ。黒か白を迎えに出す」

それを聞いた次郎が、まだあどけなさの残る顔に安堵の表情を浮かべる。

「それで、今夜は三人とも泊っていくのだろう?」

「もちろんじゃ!弥太郎が言っとった極上の飯とやらを、早よう儂にも喰わせろ!」

氏盛が会話に割って入る。

このじいさんはそれが目当てでついてきたか。



その夜は3人を男の子達の家に泊め、遅くまで飲んで食べて大いに語り明かした。

紅が面白がって氏盛に酌をしまくるものだから、主に飲んでいたのは氏盛だけだったが。


結局3人は朝食もしっかり食べて、元気よく朝一番で戻っていた。

帰り際に弥太郎が馬に積んできた木箱を一つ置いていった。中身は生糸の代金の一貫文だった。

「これでようやくお約束が果たせました。お待たせして申し訳ない」

改めて弥太郎がお辞儀をする。このために弥太郎も同行していたのか。


「弥太郎はもともと我が家門の一族じゃ。といっても宗像の姓は名乗らせてはおらぬがな。博多の本居もとおりに預けておったのじゃが、妙な縁でお主に関わったようじゃな」

氏盛が笑いながら言った。

「どおりで行商人にしては肝の据わった奴だと思った。武門の出だったか」

「これでも若いころは相当の修練を積んだのですが、どうやら商人の才のほうが勝っていたようでして」

弥太郎がきまりが悪そうに頭を掻く。まあ何が自分に合っているかなど、いろいろチャレンジしてみなければわからないことだ。


まあいずれにせよ3人は機嫌よく帰っていった。

見学者が来るまであと6日。30人を迎え入れる準備は……焦る必要はないか。普段通りで行こう。



6日後の昼食の席で、大隈の集落に見学者達が集合したようだと黒が知らせてきた。

黒と小夜が騎乗し、迎えに行くことにした。

この二人なら、里までの道のりで投げかけられる数々の疑問に、的確に答えることができるだろう。


物見櫓ものみやぐらの上からのんびりと見学者達の到着を待つ。

しかし見学者達は田や畑で足を止め、なかなか里まで辿り着かない。

まあ、見るもの全てが珍しいのだろう。黒の精霊を飛ばして、聞き耳を立てる。


「この田にはどうやって水を引いておるのか?」

「あそこに見える揚水水車を使っている。木を組み合わせて、川の水の流れを力にして水を汲み上げる。常時汲み上げなくてもいいのなら、もっと単純な足踏み式の踏車とうしゃも使えるが、落差がある場合は直径が大きくなるから、里の子供達の脚力では難しい」

「あ、直径とは輪っかの大きさのことです。もっと近くにいけば仕組みがわかるので、あとでご案内します」


「あそこの子供が馬に引かせている道具は何だ。ずいぶん簡単に土を鋤いているように見えるが……」

「あれは短床犂たんしょうすき。本来は牛に引かせるものだが、里には牛がいない。代わりに馬を使っている」

「あ、えっと、すきは皆さんご存じですよね?あの犂はちょっと改良していて、操作する人が楽になるように横棒を追加しています。だから力の弱い子供でも簡単に土を鋤けます」


見学者の質問に黒が答え、小夜が通訳している構図らしい。小夜を案内に加えておいて良かった……

見学者の中に、黒の説明をつまらなそうに聞いている騎乗のじいさんがいる。氏盛め……また来たのか。

よっぽど里の食事が気に入ったらしい。


一行が里の入り口に辿り着いた頃には、黒も小夜も疲れた表情を見せていた。

ここからは案内役は俺と青に代わる。ちょっと二人は休んでもらおう。


「ようこそおいでくださった。里のあるじの斎藤と申す」

「斎藤殿、またお世話になる!いやあ旨い飯が忘れられんでな」

欲望に正直な男だ。


「そう露骨に嫌な顔をするでない。今日はいろんな奴らを連れてきた。儂らと同じ武家の者、豪農、神職、陰陽師、鍛冶、陶工、大工、あとたまたま当家を訪れておった商人じゃ。神湊や近くの漁村にはお主らだいぶ顔を売っているようだから、今回は連れてきてはおらんぞ」

どうやら氏盛が今回の見学の引率をやってくれていたらしい。


「とりあえず皆さんをお泊めする家にご案内します。いずれ受け入れる子供達の宿舎にもなる家です」

そう言って青が一行を案内する。


一行の部屋割りを決め荷物を置かせたあとで、今度は里の中を案内する。

鶏小屋、蚕小屋、鍛冶小屋、堆肥小屋、そして小夜が管理する桑畑、麻畑、綿畑、藍畑と続く。

まあ想定していたとおりだが、各所で質問攻めに会ったのは言うまでもない。

引き続き、ヤギと馬そしてイノシシを飼っている牧場、それから粉挽水車小屋を見せ、最後に蔵を見せた。


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