105.台風被害の救援
早速、小野谷の救援から始める。
といっても、土砂崩れや氾濫による被害の復旧は後回しにして、まずは領内の人命救助が第一とする。
倒壊した家屋から住人を救出し、怪我人を治療するまでだ
集落に入るとすぐに村長と数人の男達が駆け寄ってきた。
「村長!被害報告だ。怪我人は何人いる?」
「斎藤様、山崩れに一軒巻き込まれました。怪我人はまだ数えておりませぬが……」
「よし、そこのお前、山崩れの現場に案内しろ。そっちのお前は怪我人を村長の家の前に集めろ」
名も知らぬ男達に指示する。
こういう現場では、それぞれを指名して役割を与えるのが最も効果的だ。事故現場などで、「そこの貴方、救急車を呼んでください。そちらの方は交通誘導をお願いします」というアレだ。
山崩れに巻き込まれた家屋は、めちゃくちゃに破壊されていた。家屋がもっと密集していれば被害は増えただろうが、人口の少ない集落だったのが幸いしたか。
しかしこの家の位置は……やっぱりそうだ。杉の兄貴の家だ。
まだ15歳の若い家長は、泥だらけになりながら土を掘り返している。
集落の男達も手伝ってはいるが、遅々として作業が進んでいない。
少し離れた場所から3Dスキャンすると、流れてきた岩と倒木の間に、弱々しい生命反応が4つ見つかった。
小夜を呼び、遠隔で生命維持が可能か試みさせる。
その間に青と紅・俺の3人で、生命反応のある場所の真上からスコップを使い土砂を掘る。
スコップを使っているように見せてはいるが、穴の中では土の精霊を使って掻き出し、空中に放り出した土砂を小夜がコントロールして積み上げていくから、実質ベルトコンベアで搬送しているようなイメージで掘り進む。
ものの数分で直径2m×深さ2mほどを掘り進み、要救助者を発見した。
倒壊した家屋の梁と倒木の隙間でできた空間に、ちょうどハマっていたため助かったようだ。
骨折等の外傷はあるが、4人とも生命に支障はない。
とりあえず4人を穴から引き揚げ、小夜に治療を依頼する。
小夜が聞き取った話では、行方不明者はこの4人で全員とのことだった。
「黒、小野谷の救出は終わった。次はどこだ?」
通信用勾玉越しに、里にいる黒に呼びかける。
「近くなら穂波。家が数件流された様子。その先の御牧川下流の中州でも、家が流されている。海沿いの集落では目立った被害は見当たらないけど、山間の宮地、内殿、舎利蔵で山崩れに巻き込まれた家がある」
土砂崩れも水難も、救出するなら一刻を争うが……よし、救出チームを二手に分けよう。
「黒、川に流された者のうち、生存者の位置は特定できるか?」
「だいたいこの辺りでいいなら。流木につかまっている人と、流れている家の屋根に上っている人なら特定できる」
「わかった。青と小夜は川に流された者を救出。黒は門を直近に開いてくれ。状況により青は上空から捜索して要救助者を発見・救助し、小夜と二人で安全な場所で応急処置してから次の場所に移動。かなり流されている可能性が高いから、応急処置した者と場所のマーキングは黒に頼む。あとで回収して元の集落に送り届ける。自力で帰れるようなら帰して構わない。俺と紅は土砂崩れの現場に向かう。黒、負荷を掛けてすまないが、俺達もナビゲート頼む」
「タケル。それは私の役目。謝らなくていい」
ああ。昨夜の話が効いているようだ。黒が乗っているうちに、救助を急ごう。
こうして、領内の被災箇所から総勢68名の要救助者を救出した。
残念ながら死者はまだ発見できていない。さすがに3Dスキャンでも遺体は捜索できなかった。
戸籍がしっかりしていないため行方不明者の総数は不明だが、恐らく数十人単位だろう。
明日からは集落や田畑に流れ込んだ土砂の除去や、崩れた川岸の修復に当たらなければならない。残り2つの台風が迫っている。地盤の緩んだ斜面や川岸に同規模の雨が降れば、容易に崩れてしまうだろう。
里に戻ると、子供達が板塀の内側の掃除を済ませ、板塀の外の田で倒れた稲を起こす作業をやっていた。
昨夜黒に教えた方法で、自分たちなりに工夫しながら作業している。
特に田の中心部の根こそぎ倒された場所では、田の両側に杭を打ち、縄を張って、張られた縄に稲を立てかけるようにしている。その方法が正しいだろう。
俺達を見つけた子供達が駆け寄ってきて、口々に尋ねてくる。
「タケルさん!小野谷はどうでしたか?」
皆、口では『あんな村知らない』などと言っているが、やはり親兄弟が心配なのだ。いつの日か、自分達を捨てたことが許せる日が来るといいが。
「ああ。小野谷にも被害は出ているが、死者はいない。里の様子はどうだ?」
「特に被害はありません。畦が一部崩れていたので矢板を打ち込みました。あとは稲が倒れていたので起こしました」
これは椿の報告だ。杉も頷いている。
「炭焼き窯に向かう道と北の山に向かう道に土砂崩れがあったから、とりあえず通れるようにしといた!」
これは平太。どうやら男の子チームは手分けして復旧に当たったらしい。
「鶏たち、ヤギや馬、蚕にも被害はありません」
「鶏たちは午後から一旦外に出して、もう小屋に帰ってきました」
この二人は桃と楓。同じ年のこの二人は、何をするにも一緒に行動している。最近は小夜や椿の仕事だった生き物の世話と生糸の生産を主にやってくれている。また8歳だが、働き者だ。
ただ妙に大人びた口調なのが気になる……誰の影響やら。
「みんなよくやってくれた。明日の作業だと考えていた、里の復旧作業までやっていてくれるとは正直思わなかった。ありがとう」
俺が頭を下げると、集まった子供達が満足そうに頷いた。
「明日からは次の台風に備えて領地内の被災箇所の復旧と強化をしなくてはいけない。黒の予報では次の台風は恐らく3日後、更にその次がおよそ7日後にやってくる可能性が高い。それまでに領内を流れる川の崩れた川岸や、崩れて被害が出そうな崖の処置をしたい。皆にも協力してもらうことがたくさんあるが、よろしく頼む」
『了解です!!』
「はい!じゃあ明日からも頑張れるように、今夜もしっかり食べて、早寝しましょうね」
そう言って桜が夕食の準備ができたことを知らせてくれた。
皆で女の子の家で夕食にする。
今日の夕食はコッペパンと大きめのソーセージ、酢漬けのキャベツ、玉ねぎとジャガイモのポトフだった。
何故かドイツっぽい夕食になっているが、保存食だけで調理するとこうなるのかもしれない。
ポトフならベーコンが必要か。イノシシ肉のベーコンやハムも旨いだろう。今度作ってみよう。
「タケル。明日のことなんだけどさ……」
梅が珍しく少々言いにくそうな口調で話しかけてきた。普段はわりとズケズケと踏み込んでくるタイプだ。
「どうした?復旧作業についてくるか?」
梅も手伝いたいのだろうか。領内の視察に付き合ってくれた関係で顔見知りも増えたはずだし、心配している相手がいるのかもしれない。
「いやいや、私じゃ足手まといになるだけだって。じゃなくて、タケル達は今日は朝飯も昼食も抜いていただろう。だからさ……ちょっと多めにパンを焼いたんだ。明日の昼食に持って行ってくれないか?」
あ……すまん。里に戻らなかっただけで、俺と小夜はしっかり保存食を食べている。
が、まあ折角の申し出だ。ありがたく受け取っておこう。
「ああ。ありがとう。じゃあ明日の昼食は期待している」
「よし、この前黒さんに教えてもらった、“さんどいっち”ってやつを作ってやるからな!」
梅が元気よく自分の子供のところへ戻っていった。
短パンから伸びる白い足と、張ったお尻にグッとくるが、そもそもまだ14・5歳だ。グッとくるのも問題だろう。とりあえず目を逸らしてソーセージを挟んだコッペパンに噛り付く。
と、その向こうにいた青と桜にばっちりと目が合った。
青が桜の脇を肘で突きながら何か言っている。まさか青の差し金か……?




