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103.台風に備える②

とりあえず里の台風対策は一通り終わった。

あとは食料確保だが、そもそも自給自足しているのだから支障はない。


悪天候で数日間は室内にカンヅメになるだろうから、家畜達の食料を大目に確保しておくことと、狩りの獲物を保存食に加工すること、燃料の木炭を運び込んでおくことぐらいだ。



「嵐が来るってのは本当かもしれないなあ。妙に動物達がそわそわしてる。そういや大隈(おおくま)宗像(むなかた)には知らせなくていいのか?」

紅が午前中に獲ってきた鹿を(さば)きながら聞いてくる。


「巫女や陰陽師ってのは、この僅かな気配の変化を感じ取って、神託(しんたく)を出すんだろ?敏感な連中がいれば気づいてるかもしれないが、まあ前に見て回った感じじゃムリだな!」


そうだな……警報ぐらいは出しておくべきか。

しかし通信手段が無いのは不便だ。伝書鳩も考えたが、一方通行でしかないのでは、さほど利便性を感じない。精霊の力が使える者が各集落にいれば、通信用の勾玉(まがたま)を持たせたいところだが……


「それなら桜や梅を嫁に出したらいいんじゃないか?2人とも勾玉は使えるだろう?」

紅のアイデアに、桜と梅の表情が凍りつく。

「私は!!ここにおります。どこにも行く気はありません!」

「俺だってそうだ!嫁に行くなんて!」


「まあまあ2人とも落ち着いて。紅の思いつきに、いちいち反応していては神経が持ちませんよ」

青が柔らかく引き取っていってくれた。


「それはそうと旦那様、勾玉を使える人間を各集落に配置するという案は一考すべきかと。例えば次期村長候補や有力者の子を預かり、教育してはどうでしょう」


それはいいアイデアかもしれない。

何も精霊の力を行使するためだけではないが、国の地力の底上げには教育は必要不可欠だ。


もっと小さい規模から数十年かけて拡大するならともかく、僅か数ヶ月で何十もの集落が傘下に入ったのだ。正直言って面倒見切れない。

ここは数年かけてでもシンパを増やすべきだろう。


「そうだな。ちょっと佐伯とも相談にはなるが、身寄りのない子供達だけでなく、次期リーダー候補を受け入れてみるか。ただし人質を取っているなどと、あらぬ誤解を受けないように注意せねばな」

「承知致しました。準備の方は進めておきます」


「じゃあちょっと宗像まで行ってくる。紅……はそのまま鹿を捌いておいてくれ。桜と梅、一緒に行けるか?あとは……白と黒。頼めるか?」

「え〜俺も一緒に行く〜!」

「今回は紅姉さんお留守番だねえ。代わりに私が行ってあげる!」

「お留守番といっても頼みたいコトはある。俺の代わりに小野谷に物資を渡すのと、嵐について警報を出してほしい。平太と惣一郎、惣二郎を連れて行ってくれ」

「名代ってコトなら仕方ねえな。物資は適当でいいのか?」

「ああ。いつもの量で頼む」

「了解!じゃあ早速行くか!」


ということで、まずは宗像に向かう。といっても馬に乗ったまま門で移動するから一瞬のことだ。

5人とも騎乗用のグレーのスーツに武装は小太刀のみの軽装だ。


宗像の外れに門を開き、そのまま佐伯の屋敷がある赤間あかまに向かう。

屋敷に着いた俺達は出迎えに来た次郎に馬の手綱を渡し、現当主の太郎と前当主の元親もとちかに面会した。


「ほう……野分けが来るか。して、それはいつ頃になりそうですかな?」

「黒、最新の予報はどうなっている?」

「明日の明け方から天気が崩れる。夜半には嵐になると思われる。恐らく最も激しく風が吹くのは明後日の明け方。明後日の日中に一旦小康状態が訪れるが、すぐにまた嵐になる」

「ふむ……風雨が完全に治まるのは?」

「明々後日しあさっての明け方。ただし時折強風が吹く。海に出るのは危険」

「そこまで分かっておられるのか……さすがは三女神の生まれ変わりですな……」


「三女神?何のこと?」

ああ……紅達が女神扱いされたことを、黒や白には教えていなかったか。

佐伯軍と直接戦った紅・黒・白の三人は、佐伯軍の生き残りから宗像大社むなかたたいしゃまつられる三女神、つまり田心姫神たごりひめのかみ田岐津姫神たぎつひめのかみ市杵島姫神いちきしまひめのかみなぞらえて慕われているらしい。


「して、野分けに備えて、我らがすべきことがあればご教示願いたい」

太郎が当主らしく意見を聞いてくる。

「ああ。まずは田の水門を閉めて田の水を抜け。水門や水路の土手で弱い所が分かっているなら、予め土嚢で補強しておいてくれ」

「どのう……とは?」

「袋や俵に土や砂を詰めたものだ。土手に積み上げれば、川の氾濫が起きても被害は最小限に抑えられる」

「承知しました。早速用意させます。それにしても野分けが来るとお伝えに、わざわざご足労いただくとは誠に恐縮です」


「まあ連絡手段がないからな。早馬を飛ばすほどでもないし、そもそも早馬を飛ばすぐらいなら俺が直接来たほうが早い」

「そうですなあ……そちらの桜殿や梅殿は、勾玉を使って皆さんと会話できるらしいですな?我々にもその力が使える者がいればいいのですがな」

元親が割って入る。通信用勾玉の存在を知っているらしい。

「そのことでちょっと相談がある。実は桜も梅も俺達に合流してまだ半年しか経っていない。半年前までは、二人ともただの炭焼きの娘だったんだ。それが俺達の里で修練を積むうちに、一端いっぱしの陰陽師と同じぐらいの力を手に入れた。もちろん素質はあったのだろうし、本人達の努力の成果でもあるのだが」


俺の話を聞いて、元親も太郎も驚いた顔をしている。

「まさか……ただの炭焼きの娘があんなに槍や太刀を使えるわけが……」

この話をするのは諸刃の剣であることは承知している。

それこそ物心がついた時から修練を重ねてきた太郎や次郎にとってみれば、たった半年ほど修練を積んだ桜や梅に武術の腕で並ばれるなど屈辱でしかないだろう。

最悪心が折れるかもしれない。


「それで、ここからが相談だ。各集落や有力者の中から選抜した子供達を、うちの里でしばらく修練させてはどうだろう。修練の内容は武芸から学問・農作業まで幅広い。桜や梅も陰陽寮で教えるぐらいの学問は叩き込んでいる。修練を終えた者は、もとの家に帰してその集落の指導や改革に取り組んでもらうし、万が一の際には俺との連絡係にもなってもらう。もちろん、前回話した身寄りがなかったり喰い詰めた子供達の引き取りは継続するが、並行してそういった指導者になれそうな子供達の選抜もお願いできないか?」


「ふむ……選抜する基準はどうしますか?」

「乳飲み子は困る。乳母が必要になるからな。概ね5~6歳以上で成人する前まででどうだろう」

「それなら私か次郎が。当主といっても父上が御健在なのですから、問題は……」

「お前はだめだ。お前は佐伯家の家督を継いだ身だ。次郎も建前上は死んだことになっておる。あまり外に出るのはまずい」

太郎の提案を元親が一蹴する。


「確認ですが、人質……という扱いではないのですな?」

「そんなつもりはない。返せと言われればすぐに返す。時々なら様子を見に里に来てもいい」

「承知しました。それならば当家からは次女の千鶴ちづるを出しましょう。お転婆で野山を駆け回るほうが好きな変わり者ですが、いい勉強になるでしょう。して、いつからですかな」

「ああ。里にもそういう女の子はたくさんいる。そうだな……農閑期に入る冬からでどうだ。詳細な打ち合わせは野分けが去ってからになるが……」

「ではそうしましょう。まずは野分けへの備えからですな。先ほどの黒殿の予言と斎藤殿の御指示を書いて、我が赤間庄から各方面に早馬を出します」

「ああ。よろしく頼む」


こうして、何とか天気が崩れる前に台風への備えは終わった。

あとは台風が過ぎ去るのを待つのみだ。



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