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102.台風に備える①

9月も終わりに近づいたころ、雲の映像を上空から見ながら明日の天気を予想していた黒が、昼食の席で報告してきた。


「タケル。渦を巻いた雲が近づいてる。そろそろ嵐になるかも」

「渦を巻いた雲?台風のことか?」


「“たいふう”ってなに?」

小夜が聞いてくる。そういえば台風という言い方は明治以降だったはずだ。語源は中国語だったかギリシャ神話だったか……


大風(おおかぜ)というか暴風というか……野分(のわ)けといったほうが通じるか?」

「それならわかる!秋になると突然起きる嵐だよね。せっかく実った稲を根こそぎ倒して行くから、今年も心配だな…」


そうである。小夜の両親が殺され小夜自身が追い出されたのも、小野谷(おのだに)の集落の子供達を引き取ることになったのも、直接的には去年の台風と台風による水害が原因だ。


「白、黒。ちょっと映像を見せてくれ。思いっきり引いたやつで頼む」

「了解〜、ちょっと待って」


黒が見ていた映像には北部九州を中心に琉球列島辺りまでが写っている。

ちょうど奄美大島辺りまで進出した台風の雲が、そろそろ北部九州にも掛かってきている。


更に視点を引いてフィリピン諸島辺りまで俯瞰すると、台風の渦が他にも3つ見つかった。

どうやら次々と台風が襲来してきそうだ。


といっても、台風の進路を逸らすことなどできないのだから、嵐に備えるしかない。まあ、来ることが予測できるだけ、地震なんかよりは対処のしようもある。


台風の進路を予測するには、定時観測が欠かせない。

渦の中心がどちらの方角にどれだけ移動したかで、おおよその到達時期が読めるはずだ。

厳密には周辺の気圧配置がわかれば、もっと正解に予想できるだろうが……ちょっと試してみるか。


「白、以前話した“圧力”って覚えてるか?」

「え?私ですか??えっと……覚えてる……かな?これぐらいの場所にどれぐらいの重さが掛かってるか……だよね?」

「間違ってはないな。正確には単位面積当たりに加えられる力だな。重さと言い換えてもいい。空気にも重さがあるのは前に説明したな?」

「うん!風船の実験だよね!」


風船による空気の重さを表現する実験。

同じぐらいに膨らませたゴム風船(これは鳥避けとして納屋にあったもの)を2つ用意し、木の棒の両端に結びつけてバランスを取る。

片方の風船だけ空気を抜くと、空気を抜いていない方に棒が傾く。

これは空気が抜けた分だけ、棒の片方が軽くなったということだ。

しかし良く覚えていたな。


「えへへ、偉いでしょ?」

とりあえず頭をワシワシして褒めておこう。

黒が何か言いたげな表情でこちらを見ているが、ここはスルーだ。黒や小夜が難なく答えるのは分かっているが、それよりも白が実験を覚えていたことのほうが嬉しいのだ。


「んで、偉い白に頼みがあるのだが」

「なになに?何でも言って??」

「いろんな場所の空気の重さを測りたい。この里の空気の重さを1000とした時、台風の中心地の空気の重さはどれくらいだ?」

「ん?んんんん??そういう難しいコトは黒ちゃんにやらせてよ〜」

「難しいか??」

「いや!やる!……ん〜950かな」

「じゃあこの辺りの海の上だと、どうだ?」

そう言って、俺は台風の渦の東側の太平洋上を指差す。

「ん……1010ぐらい…」

「こっちの大陸の上は?」

「1030…かな」


うん。典型的な気圧配置だ。

太平洋上と大陸上の高気圧に、日本列島が挟まれている。台風はこの隙間を通ってやってくる。


「黒、白が今読み取っていたのが気圧だ。同じ気圧の場所を地図上で線で結ぶと、等圧線が出来る。等圧線の間が狭いほど、気圧の差が大きくなるから天気が崩れやすくなる。天気予報に活かしてくれ」

「わかった。この台風の進路予想にも使える?」

「ああ、台風は時速10〜60kmぐらいで移動してくる。この里の東側を通るか西側を通るかで、備えるべき風向きが変わるかもしれない。進路予想は任せた」

「了解。だいたい6時間毎に予想進路を出す」




台風の進路予想は黒と白に任せて、俺達は台風への備えを進めよう。

台風への備えといえば何だろう。

元の世界での台風シーズンやゲリラ豪雨が始まる時期に、気象庁は何を勧めていたっけ。


屋根や壁の点検と補強・排水溝の掃除・避難ルートの確認・食料などの備蓄、あとは不要不急の外出を控える……だったか。

河川の浚渫や排水経路の見直しなどは、台風前だからといって慌ててやるレベルのことではない。


では里の備えはどうか、昼食後に順番に点検する。

まずは小夜、白と一緒に家屋の点検からだ。


台風などの嵐で家屋が被害を受けるとすれば、雨漏り以外では飛来物で壁や窓が損傷するとか、強風で屋根が吹き飛ぶなどだろう。


「タケルさん!雨戸のガタつきとかもありませんし、窓は大丈夫ですね!」

「瓦の固定も大丈夫そう!(ひさし)の固定も大丈夫!」

「了解!雨樋(あまどい)に落ち葉や砂が詰まってないか?」

屋根に登っている白に点検してもらう。

「大丈夫だと思うけど……小夜ちゃんちょっと上がってきて水流してみて〜」


とりあえず雨樋の点検と清掃は任せよう。

次は子供達の家2軒だ。


こちらも問題なさそうだが、縁側とその上の庇の間に風が吹き込むと、一気に屋根が捲き上るかもしれない。縁側に沿って雨戸を追加設置して、風対策にする。


馬小屋やヤギ小屋、鶏小屋も問題はなさそうだが、柱に筋交いを追加して、杭の数も増やしておく。

あとは鍛治小屋と実験室だが、この二つは外乱に対しては特に強化してあるから、大丈夫だろう。


里と田畑を流れる用水路は、特に土手が崩れたりしている部分はない。

ただし、里の東側で用水路に水を引き込む(せき)が決壊でもすれば、一気に里の中に水が流れ込む恐れはある。堰の強化は必要か。


青と黒を連れて、堰強化のための蛇籠(じゃかご)を作成する。

蛇籠とは、竹を割って(かご)状に粗く編み、籠の中に石や砂利を詰めたものだ。この蛇籠を堰板の用水路側に投入し、板が水流に押されてもズレないように抑え込む。

用水路のコーナーや、土手の弱そうな所にも補強として蛇籠を設置し、矢板を打ち込んだ。


北の川に掛けた水車は取り外してしまう。濁流で壊れるだけならまだしも、壊れた水車が引っかかり、川が溢れる原因となるのは怖い。


「しかし旦那様?わざわざこんな事で補強などしなくても、水の流れぐらい如何様(いかよう)にもできますが。どうしてこんな作業を?」


青の疑問も当然だ。確かにこの里に限って、しかも今は式神達や俺や小夜がいる間は、精霊の力を借りれば済む事ではあるのだが……


「確かにその通りだ。だが他の集落はどうする?災害が起きる可能性があるのは、何もこの里だけではない。だからといって筑豊国(ちくほうのくに)全てに結界を張るわけにはいかないだろう?だから治水技術の実証と普及は絶対に必要なことだ」


「治水技術って、タケルの世界でダムっていう大きな池を作ったり?」

「そうだな。大雨に備えて貯水するダムなんかも、場所によっては必要かもしれない。それ以外にも、何度も決壊するような川は川床を深くしたり流路を変えたりする必要があるかもしれない。まあケースバイケースではあるが」

「里の田畑を流れる川を真っ直ぐにしたのも治水技術?」

「そうだな。山から降る川はあの2本だけだったし、田畑にした場所が平坦だったのは、あの川が運んだ土砂のせいだろう。だとすれば、今後も溢れる可能性があったからな」


「でもタケルじゃなければ大変な作業だよね」

「いや俺1人ではとても出来ない作業だったぞ?そもそも俺1人なら里を(ひら)く必要もなかったしな。皆がいたからやれたことだ。でも今後は皆がいなくてもやれるようにしていかなければいけない。そのための道具であり技術だ」

「わかった。今後も協力する」

青も黒の頭を撫でながら頷いてくれた。

黒がギョッとした目で青を見ている。“お前に撫でられても嬉しくねええ”かもしれないが、そっとしておこう。

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