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白きマザーの都

作者: 草屋 伝


 同僚ですからね、あなたの体調が悪いのだろうというのは、まあ、見ててわかっていましたよ。

 ですが、”白きマザーの都”ですか……。とうとうそこまで行かなくちゃいけないところまで。

 

 まあ、悪いとこじゃないです。ゆっくり体を休めるには一番いいところじゃないですかね。仕事の差配人として、あなたが今やっている仕事の方はなんとかまわりに割り振りしますんで、それでなんとか……。


 ……何かまずいことでも?


 あなたもまたあの噂を信じてるんですか。“堕落の温床”、“女独裁者による完全管理社会”。

 あれはデタラメです。

 私はそれを知ってる。私はあそこの出なんですよ。

 ……と言うか、そもそもこの街というのが、元々あそこから分離してできたもので、昔からここに住んでいる人間は、みんなあそこから来たんです。あなたはよそから来た人だから、そういうことはご存知ないようだけれども。


 ……だからそれはデタラメですよ。まあ、どうしてそういうことを皆が言い出したのか、予想は着きますがね。

 悪い場所じゃないです。それだけは間違いじゃない。体と心ゆっくり癒そうと思ったらあれ以上のところはない。


 中に入った時に、多分おそらくその風景に驚かれるんじゃないかな。あそこはとてつもなく清潔で、綺麗で、シンプルで、科学的だ。

 中で聞こえてくる人工音ですら、心や感情に差し障りのあるようなそういったものは一切使われていないし、通りすがりの人間であーだこーだと言ってくるような無作法な人間もいません。

 ……実際、そういうことができるようだったらとっくにこっちに来てる。

 あそこのところはちゃんと資格がある人であるならば、迎え入れられないことはないですよ。こちらで一生懸命頑張っていたあなたも受け入れてもらえる。


 手続きをすれば、だいたいまあそんなに大きな家でなくても、小さな部屋ぐらいは無償でもらえる可能性はありまし、それに今でも変わっていないようであるならば、一人一人にパーソナルAIエージェントが与えられるはずです。


 パーソナルAIエージェント。


 あそこの中ではネットというのはこちらと違って愚痴やしょうもない世迷言をぶちまけるような場所ではなく、感情やら思いやらそういったものをシェアしあってお互いに癒し合うとか、そういうようなことがメインになっていますから。そこの中に常駐してそれぞれのパーソナル的な相棒、パートナーの必要に応じたことを対応してくれるのがパーソナル AI エージェントです。

 まあ、機械ですからね。木で鼻をくくったところはあります。

 でもまあ、ある程度慣れてくれば、自分にとって心地いいようにカスタマイズが色々できますから。

 奴らに物理的な体はありませんから、イメージ図というものを自分の好きなように入れ替えことができますし。自分の場合はスレンダーな黒髪の美女でしたけど。そういうのもできるんですよ。


 家の方にいてそれらに食べ物やらそういったものの世話をしてもらって過ごすことも出来ますけれど、外に出ることもできますしね。木があるような公園も山ほどあるし、そちらの方とかをうろつくのも悪くない。


 高い高いアパートメントの所から下の方にある公園に向けて、長く白いエスカレーターが一直線にずっと繋がっている。そこを降りていく間に、自分が出先で快適に過ごせるようにパーソナル AI エージェントやもしくはその時に手伝ってくれそうなスタッフが連絡を取り合うのが聞こえたりする。……人間がやってるスタッフもいまして、それらが色々と手伝ってくれたりもしますんで。

 あちらこちらで放送用の優しい感じの声も聞こえて、誰かたちの統一行動のためのカウントもまた綺麗な女性アナウンス音声アナウンスで聞こえてきたり、陽の光を浴びてキラキラと広いビルディングの壁が日光を反射してその反射する光も、また目をくらませるようなものではなく……。


 とにかく、すべてが人の心や体にダメージを与えないように、健やかであるように、落ち着けるように、全てを癒して健康に戻れるように、配慮されてます。


 そもそも、「白きマザーの都」は最初からそういうような街だったわけではないです。

 最初の頃は、もう本当にそんじょそこらにあるようなそういう街で、ある時に街の指導者だったある政治家やその団体が国や民や住んでる者たちに大ダメージを与えましてね、心身ともに。

 それを受けて街の実権を握ったある女性が、それらの指導者を全部追い出して「民を癒すことがこの街の最重要課題とする」と主張したもので、そこから「白きマザーの都」は始まったんです。


 だから、あそこにいればそれについては最大限配慮されます。

 ……問題なのは、そういう時期ではなくなった時のことで。


 「国や都やそこに住むすべての民を癒すことが最重要課題」としていたのが、「すべての民が癒されなければ意味がない」とそういう風に変わっていって、まだ回復していない者たちに少しでもダメージを与えそうなそういったものは即刻、排除抑圧されるように変わっていったので。

 それらの優しいものに少しずつ癒されていく、そういう間はいいんですが、男とかそういうのは……まあ女もそうかもしれませんけど、とにかくこちらの街で働くような“健康な連中”というのは、そんな優しげな、大人しげな、“癒し”とか“配慮”といったものが、あまりにも自分を縛り付ける、柔らかい縄みたいに思えることがあったりとかするので。


 まあ、こちらの方でも若い連中はよくやるわけですが、例えば若さに任せて大声上げて街中で歌ったりとか、あまりにも馬鹿騒ぎして大声で笑ったりとか、街の真ん中でダンスを踊ったりとか。

 ……こちらの方だったら「仕事に差し障りのない範囲なら」と見逃されることもあるかもしれませんが、あそこは「全ての人々を癒すための場所」なので、それらはすべて「周りの人を苦しめる行為」になるんですよ。

 自分はどっちかと言うと、よく言われるところの「早期回復者」なもので、他の連中がまだだいぶダメージが残っていておとなしい優しいものを選びたがってる時に、そういうものに包まれて生きていくのなんか、気が狂ったような気分になってもう苦しくてしょうがなくて。

 そういうのを止めにスタッフが来たりとかするんですが、そこのところを俺の「相棒」と……あ。俺がカスタマイズしたパーソナル AI エージェントです。うらをかいぐったり、上手くやり過ごしたりして。

「回復」した全ての人間には上からオファーがあって、「まだ苦しむ人々を支える“スタッフ”にならないか?」と。……冗談じゃない。若かった自分にはとても受け入れられない話でした。


 ……だけど、あるとき思ったんです。

 これではもう、とてもじゃないけど俺らはここでは生きていけない。

 ここがこんな風になってしまったのは、この町を支配している女性、「マザー」と呼ばれる彼女がかつての街を指導した男たち、「ファーザー」を追放してしまったからだと、そう思ったんです。


 だが、街の中でもかなり保護されなければ生きていけないものが町の外へ出ていくことは、「人たちを守る」という観点からして、とても許されない行為だったんですよ、その街では。

 そこで、俺は「相棒」と一緒に様々のものをかいくぐって、押しとどめるスタッフたちを押しのけて、外へ、この街を助けてくれる「ファーザー」を探しに行ったんですよ。


 街の外では「マザー」に追放された「ワンダリングファーザーズ」があちらこちらを放浪していて、俺は様々な人たちに会いました。

 中には「こんな奴が戻ってきたら、とてもじゃないけれど」と思うような連中も山ほどいましたが、そこの中でまだ話がわかる通じる人を見つけて連れて帰ってきたのが、この「働く者たちの街」の中心人物の、あの「ファーザー」です。


 俺が彼を連れて帰ってくる頃には、「白きマザーの都」では俺みたいな「早期回復者」が山ほど現れて、まだ「癒し」が必要な重症の人たちとの間にトラブルが生まれていました。

 彼らを何とかするためにもその方向性の対応してくれる人を必要としていた「マザー」は、俺が連れてきた「ファーザー」と協力してこの街を変えて行くことに同意してくれました。


 ……ですがそれでは、「早期回復者」にとってそれだけでは、とてもじゃないけど足りなかった。

 なんでここまでしてまだそこまでたどり着いてない連中のために自分たちが苦しまなくちゃいけないのか。我慢しなくちゃいけないのか。

 ついにはそういう重症の連中と俺達との共生は無理だと判断して、別々に生きていくことが正しいのだと納得して、この「働く者たちの街」ができたわけなんですよ。


 ……だからこの町の連中があの「白きマザーの都」の連中を悪しざまに言うのは、その時からの一悶着がまだ、残っているのかもしれません。


 まあ、あの街の外で生きていくということは、中で生きていくよりもかなり大変だったし、外の町の連中といろいろとやっていくためには、色々な自分達も無茶なことをしていかないと生き残ることすらできなかったりすることもありましたし。

 ヘタに里心でもついて、また「白きマザーの都」にでも舞い戻られたりとかしたら、いくら働く連中がいたって足りやしません。

 あなたが聞いたような「“白きマザーの都”は堕落している」とか「あそこに戻るやつは人間失格だ」とか「働けないやつに生きる価値はない」だの何だの言うのは結局、そういうとこから来てるんだと思いますよ。


 それでもやっぱりああいうものを求める連中もいないわけじゃなくて、まがいものでもそういうものが外に欲しいと思った連中もいたらしくて。あなたも一度行ったことあるのかな?

「カラフルなシスターの店」。

 名前からして「白きマザーの都」に対抗してんの丸見えなんですがね。一度行ったことがありますけど、あれはもう、ただの飲み屋じゃないですか。

 ああいうのじゃないですよ、あそこは。


 ……まあ、幸運を祈りますよ。

「人を癒して健康になるのを待つための場所」としては、あれ以上のところはないし。


 ……ただ一つ注意するとするなら、パーソナルAIエージェントをカスタマイズするんなら、あの町から離れない方がいいです。

 パーソナルAIエージェントはあの町のネットに依存しているので、あの街から離れたら作動することができません。

 俺がファーザーを呼びに行った時にそのせいで、俺は、「相棒」を置いていかなくちゃいけなくなった。

 「パートナーである人間が危険な場所に行くことを阻止出来なかった」ということで「その性能に故障が生じた」と判断されて、出荷前状態にまでリセットされましてね。


 ……だから。


 あそこにはもう、俺の「相棒」はいないんです。

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