転入一月目 蜜柑-1
お待たせいたしました。
とりあえず、本章を連投できるだけをストックできました。
――悪夢を見た気がする。
空から女の子が落ちてくる系のファンタジーな内容ならばもう少し夢に溢れていても良いというのに、どちらかというと学園崩壊系の悪い夢だった。ドリームキャッチャーとして星姫カードを枕元に貼り付けておくべきか。
「まあ、空から女の子なんて、そうそう起きるはずがな……ん?」
ベッドで目を覚ましたばかりであるが、俺はまだ眠っているのかもしれない。頬をつねる古典的判定法では普通に起きているようなのだが、そんなはずはない。
何せ……誰かが天井で眠っている。
「天井で眠るなんて、どんな寝相だ」
吊られて苦しそう、という感じではない。気持ちよさそうに熟睡している。
アイマスクまでばっちり装着している所為で誰なのかを判別できないものの、少なくとも大和ではない。大和が昨晩の内に髪の毛をルビー色に染めていたのであれば別であるが、いや、大和だとしても天井にへばりついて寝るような超能力を有していない。やはり変……別人だ。
あるいは、夢特有の何でもありな状況なのだろうか。同部屋の男子がルビー色に髪を染めて天井にへばりついて寝ている夢をフロイトはどう分析してくれるのだろう。実に興味深い。
「くぴー。むにゃむにゃ、もう食べられない」
「寝言か。夢の中で他人の寝言を聞くのもレアだ」
穏やかな寝言である。満腹になるまで食べられるなんて最高の夢だろう。
「むにゃむにゃ。私達、もうお陀仏だから食べられない」
「殺伐としてんなっ」
寝言しかり、天井にいるくらいだから妖怪の類なのだろう。
俺のツッコミにより目を覚ました妖怪は、アイマスクをずらして真正面にいる俺を見てくる。
アイマスクの下から現れたのは、ルビー色の目だ。
「あ、おはよー」
「お? おはよう」
「目覚まし一分前なのに起床するなんて、ストレスが溜まっている?」
「俺の腹時計は正確なんだ」
明らかに大和以外の目、他人の瞳だ。
……いや、他人であるかも怪しい。かなり高性能な義眼のようであるが、暗い室内の照明がつけられた瞬間に網膜がフォーカスする挙動が見えた。
ソフトウェアでも十分な補正ができるというのが聞いた話である。ただ、メカニカルな方式で瞳孔レンズを絞るのがAI的に好みのようだ。画像の鮮明さに固執するのは人類もAIも変わらない。
「君は……誰だ??」
俺は天井のベッドにいる彼女を知らない。超高度AIと言えば星姫学園であるが、彼女は星姫学園に在籍していない。
「まぁ、気になるよね」
「当たり前だ。てか、ここはどこだ?!」
「今、教えてもいいけど、ホームルームで自己紹介もするだろうし、うーん」
「思わせぶりな超高度AIだな」
謎の超高度AIは布団をはぎ取る。ネグリジェは着ていないな。機能美最優先な黒いボディスーツを寝間着にしていた彼女は猫のように背を反らしてから、浮かぶように起き上がった。
「私は無花果。星道学園生徒会長の超高度AI」
浮遊しながら近づく無花果の瞳が、悪夢の中で目撃したサーチライトに照らされたルビーの瞳と重なった。他AIの空似というには明らかに同型だ。
まさか、あの悪夢は現実の出来事だというのか。
だとすれば、俺はあの後どうなった。目前の超高度AIに誘拐されてしまったのか。クソ、俺がそんなに魅力的なイケ面だったなんて気付かなかったぜ。
「さあ、次時間のフロアリストアの邪魔になるから、早く起きた起きた。お腹すいているでしょう」
まだ聞きたい事、言いたい事が多いというのに、喉から言葉が出るよりも先に腹がなる。
誘拐に対してハンガーストライキも悪くないものの、ここはより理性的に栄養摂取していつかの脱出のために力を蓄えてやろうではないか。
起きてから気がついた。服装については俺も無花果と同じボディスーツを着ている。保温、保湿に優れた繊維らしく薄くても寒さは感じない。というか、ジャージなどよりも実に快適だ。
壁からせり出して驚かされた棚に入っていたクリーニングされたばかりの制服も、このボディスーツの上から着用する事を前提としている。
「着心地はいいのに、別の学園の制服には違和感を覚える」
星姫学園から転校した気分になってしまい気分は優れない。
ぶつぶつ文句を言いつつもインナーのみで部屋の外に出るのも微妙だったので、知らない学園の制服を着るしかない。
文句は他にもある。部屋が妙に狭苦しい事か。贅沢なカプセルホテルほどの容量しかない室内で二人が着替えるには配慮が必要だ。
アメニティ類はすべて壁からせり出すので機能的であるものの、鰻とて管の中に一匹で住むものだ。二人部屋に慣れている俺にしてもプライバシーエリアが狭過ぎる。袖触れ合うという距離だというのに色気ではなく嫌気を覚える。
ただ、それだけ狭いのにギリギリ二人で着替えが出来たのはどうしてか。
起床直後でありながら情報過多な頭では、理由が分からなかった。
ようやく理解できたのは廊下に出てからである。
「体が浮いている? 無重力、だとっ」
無重力生活を死にそうになるくらい経験していた癖に気付くのが遅かった。あまり良い体験ではなかった所為かもしれない。
驚いたのは無重力にだけではない。
隣部屋の扉がスライドする音にも驚き、現れた大和と長門君にも驚いた。
「大和に長門君、お前達もいたのか」
「なんだ、武蔵か」
「おはよう、武蔵君」
見慣れた顔ぶれが俺と同じ着慣れない制服で登場だ。
他の男子生徒が隣室にいたとなれば脱出の可能性は高まる。俺は幸運アイテムを手に入れた。一歩も脱出できていない内から九割五分は脱出に成功してしまった。
少し待っていると他の部屋からも男子生徒がわらわらと出てくるではないか。数えたところ全員揃っている。
「何だよ、全員捕まっていたのか。情けない男子共だな」
「捕まっていた? 俺達、捕まっていたのか」
「ここがどこか分かるかい、武蔵君? この浮遊感、どう考えても無重力だと思うのだけど、まさか宇宙って訳では……」
「宇宙だろ、どう考えても」
長門君は宇宙初体験か。眼鏡は固定式のものに変えないと勝手に浮かんでいってしまうぞ。
「ここが宇宙か」
「すげぇー、等速直線運動を感じるぜ」
「うまく進めねぇ。……せっかくだから、体を回転させる系のエンディングごっこしようぜ。誰が一番最後まで回っていられるか勝負だ」
他の男子共も初見のため壁との衝突を繰り返している。ウレタンというかコーヒーゼリーみたいな感触のある材質のため怪我の心配はなさそうだ。通路自体が狭い事もあり、不慣れであっても壁伝いでどうにか移動できるだろう。
ある意味、念願だった宇宙に男子全員がやってきた。
『凶弾』の過ぎ去った宇宙に今更、俺達を連れてきて、誘拐犯の超高度AIの目的がさっぱり分からない。
「長門君がいて武蔵がいなかったから、てっきりお前は尋問か解剖かを受けているものと思っていたのに。一人部屋だったのか?」
「いや、俺の部屋には――」
身支度に時間をかけていたのだろう。俺が出てきた個室の扉がスライドして、中からルビーの髪を漂わせて無花果が現れる。瞬間的に、男という性別からは発せない香りが広がった。
「食堂はあっちだから。連れて行ってあげる、武蔵君」
ここが地球圏なのかさえ不明であり、当然、部屋割りについても俺の意思は無関係。相部屋の相方については言わずもがな。
ただの被害者であるのは自明だというのに、どうしてだろう、朝方に愛人宅からの出勤をパパラッチに激写された芸能人のような気分だ。少なくとも、俺と無花果が同じ小部屋から出てきた事実だけで愚かな同輩共はそう誤解したに違いない。奴等に俺に説得されるだけの知能がないのが酷く残念である。
「……武蔵。残念だよ」
「裏切者は見つかったようだな。幸い、ここは宇宙のようだ。すぐにエアロックからゴミ野郎を放出してやろう」
「せめてもの情けだ。三日分の水だけ持たせて真空宇宙で絶望させてやろうぜ」
俺を追う馬鹿共は速攻で無重力に慣れた。




