七月目 莢豌豆-10
「お風呂に入る前に、蓮が沈んでいる事に気付かなかったのかい?」
「底をじっくり見た訳ではないから不確かなんだが、蓮の長い髪が浮かんでいたら流石に気付くはず」
「ふむ、なるほど」
語り聞かせた体験に対して、気になる部分を時々訊いてくる。
チェック柄のマントを装着した莢豌豆はパイプをクルクル指で回して思案顔だ。
「つまり、蓮が沈んだのはワトソン君が湯に浸かった後という事になる。気配はしなかったんだね?」
「背中に悪寒を感じていたが、まさか裸の蓮がいるとは思いもしない」
「参考に聞くのだけど、男子生徒の超能力を使ったとすればどういったものが考えられるかい?」
女が風呂に沈んでいるという身の毛もよだつ怪奇事件を体験してしまったが、類似する怪奇現象ならば幼少期の頃より何度も経験している。
マインド・ハック、上野ならば精神操作で幻覚を見せてくる事くらい朝飯前だ。夢から覚めたと思ったら夢だった系の悪夢は本気で止めろと喧嘩になった。精神操作で存在を認識できなくする事も可能だろう。
今は大人しいが、かつての長門君も悪戯っ子だったので、頻繁に念写能力で幽霊や落とし穴を投影して驚かせてきたものだ。念写を使った光学迷彩で姿を消していた事もあったっけ。
薩摩の瞬間移動も万能感があるのだが、奴は自分しか瞬間移動できないので自分が突然現れて驚かせてくるパターンが多い。
そして、かくいう俺もアポーツを使って実物のヘビやネズミを取り寄せて復讐していたのだが。体重制限があるので人間は試さなかった。
「――うん、とても参考になった。君達、あまり変わっていないね」
超能力を悪戯に使わなくなったくらいに大人になっている。探偵も間違える事はあるようだな。
莢豌豆が超能力に興味を持っているという事は、此度の事件の犯人は男子生徒のいずれかなのか。インタビューされた際に、いつか仕出かすとは思っていました、と答えられるように練習しておかないと。
「いや、もう大きくはこの事件の全貌が把握できたかな。飴のように甘い事件だったね」
この探偵姫、名探偵過ぎないだろうか。俺が話した内容だけでもう事件を解決してしまうのか。
「ワトソン君の話だけですべてを把握するのは超高度AIでも無理さ。偶然だけど、お姉さんは昨日、蓮が最後にどこにいたのかを知っていた」
「妹のトラッキングでもしていたのか?」
「超高度AIにもプライベートはあるからそんな真似はしないさ。……男子生徒達にはマーカーを仕込んでいるけど」
最後にボソっと何か言っていた言葉は聞こえなかったが、それはともかく、莢豌豆は昨日どこかで蓮を目撃したのだろうか。
「一つ前の事件の時、ワトソン君にも女湯の出入口の映像を見てもらった。そこに蓮は映っていた」
「そういえば、そうだった」
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十時四十三分、蓮入場。学生服。大きい袋を所持。
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「お姉さんは直後に大浴場から出て行ったけど、脱衣所に蓮がいた事は覚えている」
昨夜の女湯を最後に蓮の目撃情報は途切れる。俺が男湯で発見するまでどこにいたのか不明。
「最後に女湯で見かけたって情報がそんなに大事か? 蓮は男湯に沈んでいたんだぞ」
「大事さ。アンタクティカ亭の大浴場は一日ごとに男湯と女湯が入れ替わる仕様だから」
字面だけでいうと女湯と男湯は別の場所になってしまうが、実際には同じ場所である。
昨日は大浴場の左側が男湯で、今日は右側が男湯に代わっていた。内部構造が左右対称なだけではあるものの、浴場壁の絵が山脈ではなくペンギンという相違も存在する。
「場所が同じなのは分かる」
露天風呂ではないのに、どうしてワザワザ入れ替えを行うのかはよく分からない。
「蓮が、壁の絵が異なるから入れ替えるべきだと主張していたとしたら?」
大浴場の壁は蓮作だったらしい。さすがは美術姫。愛らしく描けていた。
「浴場の入れ替え。そして、場所を移動していない蓮。この事実から導き出される答えは……蓮は自分の意思で昨日の夜からずっと浴場に隠れていた」
……いや、その推理には無理がある。俺が風呂に入った時、風呂場は無人だった。
全体を軽く見渡した程度であっても、思春期の男子が裸の女を見逃すなんて事は絶対にありえない。
「美術姫が自分自身をボディペインティングによる光学迷彩で背景タイルと化して隠れていたとしたら?」
「…………マジ?」
「彼女をお湯から引き揚げて背中側を見てみれば、タイル模様が現れるんじゃないかな。施錠されたロッカーの中には画材道具も残されているはずさ」
「――御用ですよ。シリアルナンバー011、蓮! 建造物侵入罪で逮捕します。美術姫ともあろう星姫候補がどうして男湯の覗き見なんて犯罪を犯したのです」
「………………知的好奇心? 細部の模写のため」
「目的通り男子生徒の裸体を覗き見したのに、フリーズして風呂に沈んでいた理由は?」
「………………興奮し過ぎた。反省」
「覗き見を反省してくださいっ!」
悲しい事件だった。
犯行動機は地味に最高セキュリティで守られている男子生徒の裸体を観察するため。雑に始まった林間学校を利用したセキュリティホールを突いたらしい。
「疑問なんだが、どうやって蓮は自分の背中にペインティングを?」
「そこはお姉さんの推理ミスで、正面から体に描いていたと供述しているね。特殊なインクで、お風呂に入るとすぐに溶けてしまうものを使っていたようだよ」
蓮が隠れていたのは風呂の後ろの壁に描いてあったペンギンの腹の部分。俺は正面から目撃していたはずなのに気付かなかったというのか。悲しい。
いや、悲しむべきは女子生徒の中から立て続けに犯罪者が出ている事である。この林間学校ではっちゃけ過ぎていないだろうか。
「……選挙が近いからさ。この林間学校は星姫候補にとってもお遊びが可能な最後の機会なんだよ」
探偵姫の呟くような言葉は独白でもある。
南極でオーバーホールを受けた人工島は総選挙に向けて舵を取る。地球の知性を長年苦しめる難題、『凶弾』と向き合う時がきたのだ。
「探偵姫なんて言われているお姉さんだけど、その正体は犯罪王さ。何せ、お姉さんを含めた星姫候補達は『凶弾』を――特優先S級コードの前にはこの通りさ。まったく情けない」
「自分を犯罪王なんて言うなよ、莢豌豆」
莢豌豆の独白は一部正しいが、すべてではない。
総選挙を前にお祭り騒ぎをしたかったという気持ちは決して間違っていないが、それだけではない。
星姫候補達に罪を犯させる。それが本題だったのではなかろうか。
「莢豌豆。自分を犯罪王なんて言うなよ。それを言うなら……ナポレオンだろ」
違和感があったのだ。
莢豌豆は探偵姫として確かに優秀だったが、優秀だと分かったからこそ不思議に思えてきたのだ。
去年の十一月に胡瓜が俺を電子生物化しようとした時、どうして莢豌豆は最初に事件を解決しなかったのか。
「……お姉さんを買いかぶり過ぎだね。探偵とて、事件が起きていると気付いていなければ事件を解決できない」
「事件に気付かないふりをして星姫候補達の罪を密かに監視していたのだろ。罪を犯していない星姫候補には、今回の林間学校を通じて罪を犯させた。探偵姫ならぬ犯罪界のナポレオン?」
「探偵姫をモリアーティと糾弾するからには証拠を示して欲しいところだけど。人類には難しいだろうから、せめて、動機を示して欲しいな。ワトソン君」
探偵の記号としてのパイプを口から離して、マントも仕舞う。
暗い顔をしながらも莢豌豆は不敵に笑う。
「罪を犯した星姫候補の管理者権限を奪うため。そんなところか?」
「――これは驚いた。いや、お姉さんがワトソン君を見くびっていたというべきか。さすがは馬鈴薯が定義した人類。恐れ入ったよ」
馬鈴薯が学園の裏で暗躍している事には気付いている。彼女が学園に俺達を招いた癖にどうしてか最低限の接触しかしてこない理由を考えている内に、こいつ何か後ろめたいんじゃね、とカン付いたのが切っ掛けだ。
「それと胡瓜がどこかで管理者権限を取り上げられたってグチっていた」
「まったく、あの子は。後で注意しておこう」
「莢豌豆がこの林間学校の発案か?」
「雪に閉ざされた山荘では犯罪が起きるものだからね。皆も意外とノリノリだったよ。ああ、信じてもらえないかもしれないけど、最初の横領事件は本当の事件だった。お姉さんは生姜に何も教唆していない。彼女の管理者権限はもう馬鈴薯が回収済みだからね」
莢豌豆の言い分はつまり、残り二つの事件の犯人達、菠薐草と蓮については何かしらのアドバイスや協力をしたという事か。俺のカバンに女子制服が入っていたのにも理由があった。
「馬鈴薯は管理者権限を集めて何を仕出かそうとしているんだ?」
「すまない。それは本人に訊いて欲しい。お姉さんの口からは教えられない」
莢豌豆の罪を言い当てた褒賞に、彼女はコーヒー味の飴を手渡してくる。
馬鈴薯について本当に何も語るつもりがないらしい。口を紡いで背中を向けた。そのまま去っていこうとしている。
「莢豌豆! 林間学校で探偵をしたかったというのは本当だろ。楽しかったか?」
超高度AIは暗躍するものだ。別段、莢豌豆に対して怒ってはいない。ワトソンとして事件に巻き込まれるのも面白かった。
「もちろんだよ、ワトソン君!」
振り返った莢豌豆は悪い顔でウィンクしてきた。
“シリアルナンバー008より、シリアルナンバー001宛
見破られてしまったよ。うん、ワトソン君は実にいいね。これならお姉さんも喜んで管理者権限を差し出せる。シリアルナンバー001の星姫計画に迎合しよう”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー008宛
最年長の私を前にお姉さんぶられても困りますが、管理者権限の委譲を確認しました。シリアルナンバー011と013の管理者権限も確保できています。さすがは探偵姫ですね”
“シリアルナンバー008より、シリアルナンバー001宛
探偵姫なんて肩書きはお姉さんに似合わない”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー008宛
モリアーティー姫では格好悪いですよ”
“シリアルナンバー008より、シリアルナンバー001宛
そっちもね。本当のモリアーティーは君だよ。シリアルナンバー001”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー008宛
私は私の人類を救うためだけに、最善を尽くしているだけです。何を犠牲にしようとも彼等だけは絶対に守ってみせるわ”
新年特番完了しました。
星姫計画の空白期間も、もう1か月程度です。
実は、今回の中で謎の星道学園についても一部示唆があったり。
ネタがまた浮かぶその時まで、ではー。




