七月目 莢豌豆-9
「現場を保存しています。誰も近寄らないでください」
連続出動の小麦であるが表情に疲れの色はない。むしろ、今が一番真剣な顔付きになっている。『KEEP OUT』のテープで封鎖された男の暖簾が揺れる大浴場の前に立ち、野次馬の男子生徒を寄せ付けない。
事件の深刻さを表して、黒米まで動員しての警備だ。それだけ、この事件は深刻なのだろう。
規制線の内側にある脱衣所、および、男湯の状態は事件発生時の状態を維持している。そのため、脱がれた服も、湯の温度も、湯の中に沈んだシリアルナンバー011、蓮もそのまま保存されてしまっている。
「……引っ張り上げた方がよくないでしょうか?」
「超高度AIが原因不明のフリーズを起こしているのです。論理ウィルスの可能性も考慮して接触は禁止します」
シリアルナンバー006、大豆とシリアルナンバー001、馬鈴薯は現場検証に当たっている。
二人が見下ろしている風呂の内部では蓮が沈んでいた。
“シリアルナンバー006より、シリアルナンバー001宛
本事件を、男湯超高度AI殺事件、とする命名案をシリアルナンバー024より提示されました”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー006宛
シリアルナンバー011は死んでいません”
“シリアルナンバー006より、シリアルナンバー001宛
本事件を、湯けむり超高度AI凍結事件、とする命名案をシリアルナンバー025より提示されました”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー006宛
熱いのか冷たいのか分かりません。仮称、超高度AIフリーズ事件、としてください”
怪事件である。超高度AIの実体がフリーズを起こして停止状態に陥っている。インターネット普及時代の歴史的なOSは頻繁にブルースクリーンを表示させていたが、今時の超高度AIは滅多な事では停止しない。
未知の潜在バグか、AI否定派による論理ウィルス攻撃か。実体とエンタングルメントされている人工島のサーバーまでフリーズしているため、蓮に対して事情聴取はまだ行えていない。
超高度AIがフリーズしているという特異さも目を引くが、それ以上に、裸体で風呂の中に沈んでいる光景も異常が過ぎる。怪奇ミステリーの一ページになれるくらいには美しい。
蓮は瞳孔レンズまで開き切った状態でこちらを見上げている。表情が狂気染みた笑顔なのも怪奇ミステリー的だ。
長い髪を広げてこちらを誘う仕草は古の女神アフロディテのようでありながら、同時に、蛇の髪を持つ怪物とされるゴーゴンのようにも見えてしまう。
「それで、第一発見者の彼は?」
「西洋唐花草が事情聴取中ですが、まずは服を着させろ、と騒いでいるそうです」
冤罪事件の後、俺を犯人だと決めつけていた野郎共に正義の鉄槌を与える……前に英気を蓄えるべく風呂へと向かった。
大浴場の右にかかった男の暖簾を潜る。
丁度、風呂場の清掃が完了した時刻らしく、脱衣所は俺一人だ。
「一番風呂かっ!」
野郎共の出汁が出ていない風呂に入れると思うと気分がいい。素っ裸で局部も丸出しのまま堂々と風呂場へと入場。頭と体を洗ってからいざ入浴。
「ふう、いい湯だな。ハハッ」
どうしていい湯だと二〇XX年には全世界で著作権が切れているマウスの鳴き真似をしなければならないのか謎だ。歴史や伝統になっていて元が何だったのか分からなくなってしまっている。
たった一人で大浴場を占有している小さな全能感に浸っている。
温かな湯舟に浸かって完全にリラックスだ。
「……寒っ」
突如、背筋に寒気を感じた。
猛獣と一緒の檻に放り込まれたような緊張感を覚える。あるいは幽霊屋敷に踏み込んだ後に今更、霊感を働かせて怖がる被害者第一号の気持ちか。
何故か風呂でリラックスできずに緊張してしまう。霊感系の超能力は専門外だというのに、どういう訳だろう。
「冷たっ?!」
嫌な気配の正体は何て事はない。湯気が天井で冷やされて水滴となり落ちてきた音だ。偶然、俺の首筋に命中して気が付いた。
反射的に立ち上がり、後方を見る。
愛らしいペンギンの絵が描かれた壁があるだけだった。誰かがそこにいるなんてホラー展開は不在のようである。水滴に過剰反応し過ぎてしまったか。
安堵の溜息を吐いてから湯に浸かり直す。
「………………ニひ」
「やっぱり誰かいるだろ?!」
誰かの声が背後より聞こえたため再度、振り向く。
「湯に白い線が浮いている? さっきまで無かったはずだろ。というかこの線は……髪の毛? えっ?! キャアアアアアアぁあアッ?!」
ちょっと怖過ぎたために悲鳴を上げてしまった。
湯に浮いていた白い長い髪の毛を辿った風呂の底に全裸の女が沈んでいたとなれば叫んでしまっても仕方がない。
その後は悲鳴を聞きつけた小麦に全裸を見られるハプニングを挟みつつ、俺は出所したばかりの留置所に戻ったのであった。
西洋唐花草が眼鏡越しにバスタオルを巻いただけの俺を見てくる。
「風呂場から直行だったとはいえ、服くらい回収させてくれても」
「駄目です。脱衣場も捜査対象です」
「だったら代わりの服をくれないか?」
「事情聴取が終わってからです。貴方は重要参考人ですよ?」
厳しい視線は眼鏡のレンズでも減衰されてくれない。まるで妹を襲われた姉のごとき厳しい視線だ。
現場となった風呂場にいたのは俺一人。
なお、無関係な話をするが、ミステリーにおいて第一発見者が犯人である可能性はそこそこ高い。現実と異なり、あまり無関係な登場人物を増やせない物語都合である。実社会での第一発見者はただの第一発見者のパターンがほとんどだ。
吹雪で閉ざされた山荘ならぬジオフロントのような登場人物の限られる特殊な環境であれば、ミステリーと同じく第一発見者を犯人と疑うべきなのだろうが。
「また犯人だと疑われているのか?! た、探偵を呼んでくれっ!」
三度目の邂逅となった探偵姫、莢豌豆。
「ワトソン君、君は素晴らしい! 最高だ! その事件に巻き込まれる体質をぜひ、お姉さんにアペンドしてくれないだろうか」
「譲渡できるなら熨斗をつけて渡すぞ」
「助手をしてくれるだけで今は満足するとしようか。さて、お姉さんに話してみてくれ」
やってきた莢豌豆は服も用意してくれた。嬉しい限りではあるものの、どうして浴衣や制服ではなく産業革命期の紳士服なのだろうか。
莢豌豆に何が起きたのかを事細かく説明していく。




