七月目 莢豌豆-7
「まったく、ワトソン君は事件に愛されている」
「すまない、莢豌豆」
「いや、それでこそ探偵姫の相棒さ。さて、お姉さんに事件を教えて欲しい。概要はもちろん知っているけれども、ワトソン君本人の口から聞いておきたい」
場所を取調室から面会室へと移す。呼び出した探偵姫はすぐに現れてくれた。
事件について俺が知っている事なんて無いに等しいが、それでも事件解決のためになるならと挙動一つ一つを思い出しながら語った。
分厚くも透明なアクリル板越しに莢豌豆にすべてを伝え終える。
「起床直後に、カバンを開けて知らない制服を発見した。なるほどね」
「たったそれだけで何か分かるのか?」
「ワトソン君に罪を被させたい真犯人がいるとすれば、推理できる点が二点あるね」
二点もあるのか。
「一つ、真犯人は制服を早く発見して欲しかった。一つ、真犯人はワトソン君に罪を被せる事に拘っていない」
旅先で朝にカバンを開くというのは定番の行動だ。つまり、真犯人は俺に制服を発見させたかったという事になる。カバンの奥ではなく一番上に入れてあったのもそれが理由だろう。
「けれども、発見後にワトソン君が制服をカバンに戻して見なかった事にするか、文字通り着服するか、別の場所に隠してしまうかについては自由にさせている。随分と杜撰だね」
「莢豌豆、俺も二点気になる。着服って俺が制服を着るって意味で言っていないか? それと素直に拾い物として届ける選択肢がないのは何故だ?」
「二点から推測される真犯人の思惑は、制服を一定時間だけ隠しておきたかった、になる」
莢豌豆は俺の言葉を無視して、真犯人の目的を推理してみせる。
「真犯人としては制服を隠す場所として、ワトソン君のカバンを借りたという感覚なのだろう。昨夜は早く寝たとも言っていたね。犯人が制服の隠し場所を探している時に眠っていたのがワトソン君だけだったのかもしれない」
空港で密輸品を勝手にキャリーケースに入れられたようなものだと莢豌豆は言うが、窮屈な思いをしている俺としては納得し難い。
「制服を隠したいのなら空き部屋に隠せばいいだけでは?」
「もちろん、スケープゴートにワトソン君が使われたのは間違いない。けれども、スケープゴートがワトソン君である必要があった訳でもない。男子生徒の誰かで問題なかったはずさ」
「適当過ぎるだろ」
「そう適当。これは綿密な計画の元に行われた犯罪ではない。真犯人にとっても苦肉の策だったのだろうね」
冤罪事件の解決のためには女湯で起きたという制服盗難事件も合わせて検討するべきだ。
事件のあらましはこうである。
昨日、午後十一時十五分。女湯の脱衣所のロッカーに入れていたはずの制服が盗まれている事が発覚した。第一発見者は制服の持ち主たる胡麻。風呂を上がった彼女は、何もないロッカーを見て声を上げたらしい。
「風呂が午後十一時とは遅いな」
「林間学校では生徒全員に入浴が義務付けされていてね。大浴場の利用時間は午後十一時半まで。普段、入浴習慣のない女子生徒が十一時頃に多く女風呂にいたのさ」
風呂に入らないで遊び続ける男子生徒を抑制するために義務化されているのだろう。女子生徒も実体を洗車で済ませるズボラがいるので、人間的習慣を付ける良い機会と考えたのだろう。
脱衣所はレトロに見えてセキュリティが高いはずなのだが。簡単に入れない事は変身した加賀がその身で証明し、今は隣室にいる。
「どうやって盗んだんだ?」
「手段はまだ分かっていないね。防犯カメラには怪しい人物は加賀君を除き、映っていなかった」
ルパンが盗み出したとでもいうのか。世界で二十五着しかない貴重品なので狙われるだけの価値はありそうだが。
ただ、そんな価値ある制服を女湯脱衣所から盗んだ犯人は、俺のカバンに隠して簡単に手放した。つまり、制服を盗む事は目的でも、制服自体は目的ではなかったのだ。
「愉快犯だな。糠漬けの臭いがする胡瓜女を緊急逮捕すれば解決する」
「胡瓜は午後八時半には入浴を済ませていたみたいだね。要注意人物だから玉蜀黍と大蒜の二人で監視していたから間違いない」
「あの胡瓜女、姉妹からもそんな扱いなのか……」
動機が不明のため真犯人候補は生徒全員だ。
女風呂での出来事なので女子生徒も容疑者。ただ、例によって超能力者ならば超自然的手段で実現可能だろうという決めつけで男子生徒も容疑者である。超能力で女湯を覗こうとしたり侵入しようとしたりなんて、理性の塊たる俺達には絶対にないというのに酷い話である。
「探偵姫。この難事件、解けるだろうか?」
「ワトソン君。こんなのは難事件でもなんでもない。飴のように甘い甘い」
パイプをハミハミする莢豌豆がウィンクしてみせた。
探偵姫が見せてきたのは大浴場の入り口を映した映像だ。天井に巧妙に隠されている監視カメラの記録か。女の文字が書かれた暖簾を潜る生徒の顔まで鮮明に記録されている。
「映像を止めてくれ」
「何か見つけたのかい?」
「ああ、若女将が湯上りで顔を火照らせている」
「止めないで早送りにするよ」
映像は容赦なく午後十時四十分まで飛ばされた。
女子生徒でありつつも、従業員の役割を兼任している星姫候補達は仕事を終えた夜遅くに大浴場を訪れる。
「ここからだね。時刻と人物に注目して欲しいな」
十時四十分、大豆入場。学生服の上に白衣。化粧品とバスタオル、袋所持。
十時四十一分、芽花椰菜退場。浴衣。空手。
十時四十二分、竜髭菜入場。学生服。空手。
十時四十三分、蓮入場。学生服。大きい袋を所持。
「ちょっと多いな」
「お姉さんがそろそろ出てくる。濡れた髪を見られるなんて恥ずかしいね」
十時四十五分、莢豌豆退場。浴衣。袋所持。
同刻、胡麻入場。学生服。缶バッチがスケイルアーマーのようなカバン所持。
「被害者の胡麻だ。まだ学生服を着ているという事は、犯行はこの後になる」
「そうだね」
十時四十六分、大蒜入場。学生服。体形に相違があったため警備システムが起動して撃退。失神により変身の解けた加賀が連行。
十時四十九分、竜髭菜退場。学生服。空手。
「……竜髭菜が出てくるのが早いような。十分未満だぞ」
十時五十分、菠薐草入場。学生服と鉢巻。袋所持。
同刻、芽花椰菜入場。浴衣。空手。
「……芽花椰菜が二回目?」
「たぶん、入浴回数のレコード記録を目指しているのかな。少し変わった妹を今は目指しているらしい」
十時五十四分、菠薐草退場。学生服と鉢巻。袋所持。
十時五十六分、南瓜入場。浴衣。何かが蠢く袋所持。
十一時四分、大豆退場。浴衣に白衣。バスタオルを首に巻いて手には袋。
十一時五分、生姜入場。仲居服。『私は横領しました』看板を装備。袋所持。
同刻、甘藍入場。学生服。袋所持。
同刻、鰐梨入場。学生服。袋所持。
「生姜の毛量では乾かすのに時間がかかるのに、入浴時間終了三十分前に入場。怪しいな」
「あの子は終了時間を気にしていないだけかな」
十一時八分、芽花椰菜退場。浴衣。空手。
十一時十一分、黒米入場。学生服。袋所持。
同刻、菠薐草入場。学生服と鉢巻。袋所持。
十一時十三分、里芋入場。学生服。長門を連れ込もうとしたものの断念。退場。
「何やっているんですか、里芋さん」
「そろそろ事件発覚だね」
十一時十五分、女湯で悲鳴。
「――うん、よく分かった。真犯人はあの子だ」
「本当か、莢豌豆?! 胡瓜は映っていなかったのに」
「真犯人を言い当てる前に一つ。盗んだ学生服を不審がられる事なく、どうやって運び出したのか。ワトソン君には分かっただろうか? 映像にきちんと映っていた」
答えを少し考えてみる。服は荷物としては嵩張るため隠し持つには不向きだ。
となれば、意表をついて着て逃走するアイディアを思いつく。変身能力者の加賀なら女子生徒の服を着て逃走可能だ。が、加賀は映像の中で撃退されていたので犯人ではない。
早々に降参して手を上げた俺のために映像を巻き戻した莢豌豆は、十時四十五分の自身の映像を見せてきた。
「お姉さんの手に注目。浴衣に着替えたお姉さんの手には、脱いだ服の入った袋があります」




