七月目 莢豌豆-6
程よく温まった体で旅館内を散策してから、自室に戻ってきた。
カラオケ部屋も良かったのだが、大和が先んじて発見していた卓球台での試合も白熱した。学生らしい充実した夜になった。
その日は長距離移動もあって疲れて早めに就寝。
“――きゃあああああァァア”
深夜に響いた悲鳴なんて聞こえない。いつもよりも深い睡眠で、朝までぐっすりだ。
問題は翌朝。
快眠の理由は満足な夕食のお陰だった、という事実に気付くよりも先にカバンを開いた。持参していた小物か、あるいは、昨日買ったのに開封していなかった星姫カードを探していたのかもしれない。
ともかくカバンを開いた。一番上に収まっていた邪魔な服を取り上げて……違和感を覚えた。
「なんだろ、コレ?」
俺のカバンの中に入っていた服なのに見覚えがなかったのである。急に決まった林間学校のため、いつもは着ない服を間違って持ってきてしまったのだろうか。だとしても完全に知らない服というのはどういう訳なのか。
「知らない服でもないような??」
広げてみたところ生地は大きい。服だから袖もあるし襟もある。アコーディオンみたいなヒダもあるな。
「おーい、武蔵。起きてい――」
寮で同室だけあって無遠慮に入室してきた大和であったが、何故だか硬直して足を止めた。
「大和。どうした?」
「……いや、お前がどうした、武蔵? その服はどこで手に入れたんだ?」
「俺のカバンに入っていた」
「なるほど。自供したな」
ピンぼけ眼の焦点を集中させて、広げた服をよく観察してみる。
ただの星姫学園の制服だ。ただの制服なので変わった所はない。
強いて言えば……女子生徒の制服という点だけがおかしいが、些細な問題だろう。何やら良い匂いがする事の方が重要である。
なお、制服にはシリアルナンバーが縫われている。気になるナンバーは022、胡麻だな。
「あー、もしもし、風紀委員? ここに制服窃盗犯が」
「通報するんじゃないっ!」
吹雪の南極。その地下の旅館。その最奥に巧妙に隠されていた収監施設。これ以上に厳重で脱出不可能な監獄はないだろう。
「多感な年齢なので、異性の服を盗むといった倒錯した癖に目覚める事もあるでしょう。しかしですね、どうして胡麻の服を。馬鈴薯がアンタクティカ・ジオフロントの自爆スイッチに現在進行形で手をかけていて大変な事態に陥っています」
「俺を特殊性癖に目覚めた少年Mとして断定してくれるな。さっき言った通り、起きたらカバンの中に服が入っていたんだっ」
シェルター内の治安悪化も予想されていたのだろう。俺には一生縁遠いはずの取調室も準備されているらしい。あ、カツ丼をください。
机越しに対面するシリアルナンバー003、小麦が少年Mを努めて優しげに見てくる。罪を憎んで人を憎まずを体現しているらしいが、その少年Mは無実だからな。
仏の小麦の後方では、小さな机に胡瓜が向かっている。どうも調書を取っているようだ。
「普段から制服に興味があったのですか?」
『はい。昨日はとうとう欲望を抑え切れなくなり、つい、手を出してしまいました。反省していません』
「てめぇッ、胡瓜女!! 嘘を書いてんじゃねぇ」
「カバンに入っていたとの事ですが……大和君の証言では、武蔵君が制服を広げて匂いを嗅いでいたとあります」
『女の臭気に興奮してしまって。今も気持ちが抑えられません。ああ、絶世の美女であるシリアルナンバー024が僕を惑わして性欲持て余す』
「胡瓜女だけは刺し違えてでも成敗してやる! お前の制服をひん剥いてから南極大陸に頭から突き刺して、スケキヨの刑にしてやらねばならないッ」
義憤に駆られた俺は暴れまくった。結果、書記は胡瓜から人参へと変更になる。
逃げやがったな胡瓜女。この事件がどうなろうと奴だけは絶対に南極に突き刺すと心に決めた。
「本当にカバンに入っていたんだ! 信じてくれっ!」
「信じたいのは山々ですが、昨晩、女湯で女子生徒の制服が盗まれる事件が起きていまして……」
常識姫たる小麦に疑いの視線を向けられてしまっている。由々しき事態であるが、俺は昨夜は早く寝ていたので女湯での盗難事件に無関係だ。
「つまりアリバイがないと」
「俺の部屋に監視カメラとかないのか?」
「男子生徒には監視カメラを何度も誤魔化されていますから。ちなみに、女湯で盗まれたのはシリアルナンバー022、胡麻の制服でして。鑑定の結果、武蔵君が持っていた制服は盗まれていた胡麻の制服と確認されました」
あるなしクイズかな? 動かない証拠があって、アリバイがない。これなーんでだ。
「やりましたよね?」
「…………弁護士を呼んでくれ」
「弁護士姫は残念ながら在籍していません」
マズい。このままでは本当に犯人にされてしまう。
勾留されていては身の潔白を証明できない。外に出て自らこの怪事件を解決しなければ世界が終わる前に俺が終わってしまう。
「申し訳ありません。武蔵君をこの部屋から出す訳にはいきません」
「風紀委員とはいえ、決定的な証拠もなく一生徒を拘束し続けるのは違法だ!」
「決定的な証拠はもう出ているような気がしますが、捜査のためというよりも容疑者の安全のためです」
意味が分からない事を言う小麦に真意を問うよりも早く、壁越しに聞こえてくる。
『変態を吊るせーっ!』
『女子生徒の制服を盗んで、アイロンかけをするような変態は同級生でも何でもない。恥を知れ』
『彼ピも一声言ってくれれば、制服くらいあげたのに』
『いつか仕出かすと信じていたぞ、武蔵!』
『天誅だ。永久凍結刑にしてやれ』
主に男子生徒共の知能指数の低そうな声が伝わってきた。今、外に出たらどんな罰を受けさせられるか分かったものではない。俺は絶対に外に出ないぞ。
「……弁護士を呼んでください」
「ですから、弁護士姫はいません」
きっと知能犯が俺に罪を被せて男子生徒共の手で亡きものにしようと企んでいる。完全犯罪だ。俺の行動はすべて読まれてしまっており、事件に気付いた時点で王手がかけられていた。
起死回生の手段は俺にはない。
それでも、それでも彼女ならば、この完全犯罪を解いてくれるのではなかろうか。こう願わずにはいられない。
「…………探偵を、探偵姫を呼んでくれ」




