七月目 莢豌豆-5
火のついていないパイプをハミハミしている莢豌豆は、こつこつと足音を響かせながら俺と甘藍の前をゆっくりと歩く。
「お姉さんの推理を披露する前に密室の意義について語ろう」
古今東西、密室を扱ったミステリーは数知れない。実に分かり易い謎かけであり、トリックの工夫のし甲斐がある。
「そう。密室にはトリックがある。不可能犯罪なんてものはつまり、そう見せかけるためのトリックがあり犯人がいると知らしめているのと同じ。明らかな無駄なので、現実の犯罪ではまず使われない」
「殺人を自殺に見せかけるっていうのを刑事ドラマでやっていたような」
「それはドラマの見過ぎだね、ハリキリボーイ」
「俺の呼び方を統一してくれ」
「ではワトソン君で。自殺する者はこの世から去るのだから、鍵なんて気にしないと思わないかい?」
「自殺を邪魔されたくないのでは?」
「ないとは言わない。けれども自殺する者はこうとも考える。死んだ自分を早く見つけて欲しいってね。鍵なんてかけては邪魔になる」
探偵姫がウィンクしながら俺に語りかけてくる。話を先回りしながら論じてくるので、本当に探偵っぽい。
莢豌豆は歩く方向を変えて厨房奥の倉庫へと向かっていく。
「全員がそうだとは言わないさ。ただ、そう考える人もいる時点で自殺と密室を結びつける必要性はなくなる。密室トリックが失敗するリスクも考慮すればデメリットの方が多いくらいさ。密室というものはやはりフィクションでのみ成立する。多くの場合ね」
「今回はその密室トリックが使われているんだけどな」
倉庫の扉を開けてみせる莢豌豆。超高度AIであれば解錠なんて容易い扉も、鍵穴がないため人間には開けられない。
……超能力者を除けばである。
「ふふっ、それはない。もしお姉さんが超能力者だったなら、倉庫の内側から鍵を開けておくよ。ワザワザ、自分が疑われる密室を残しておく必要性がない」
……確かにその通りだ。超能力者が犯人なら、自分が疑われるだけの密室トリックを使わない。
「そもそも、密室トリックに超能力を用いるなんて乱暴だね。できるから犯人にされるのであれば超高度AIは犯罪王さ」
莢豌豆は「おや、これは言い得て妙だ」と呟く。
「襷に長し、密室に超能力。こんな密室でもなんでもない事件に超能力は不要さ」
「……いや、莢豌豆が密室盗難事件って言いだしたはず」
「お姉さんは『密室盗難事件、だろうか』と言っただけさ。断定なんてしていない」
どういう事かを訊こうとする俺を制して、莢豌豆は再度、倉庫のドアの電子錠を開け閉めしてみせる。何かを伝えようとする仕草を見ていて、ようやく気付く。
「あっ、開け閉めしている」
「超能力なしでも開くドアなんだ。密室窃盗事件になるだろうか?」
まさか、合成食材を盗んだのは超高度AIだというのか。食事可能な実体を有するとはいえ、食材を盗む超高度AIがいるなんて盲点だ。
「食材を盗む超高度AIなんていないさ」
「……おいっ」
梯子を外された俺はパイプハミハミ女に詰め寄った。
「飴のように詰めの甘い話さ、ワトソン君。これは密室窃盗事件ではなく横領事件」
「横領事件??」
「星姫計画は必ず成功するのだから南極に人類が避難してくる事はない。ならば誰もシェルターにやって来ないし調べられる事もない。そういうロジックで合成食材カートリッジを搬入した事にして予算を横領した。倉庫は最初から空っぽだっただけさ」
「――御用ですよ。シリアルナンバー014、生姜! 横領の罪で逮捕します」
「どうせ腐らせるだけの食材を買わなかっただけですわ! わたくしは悪くありません!」
「超高度AIならば、もっとまともな言い訳を用意しておいてくださいっ」
横領罪でしょっ引かれていったのは貴族姫こと生姜だった。人工島の予算関係を一手に引き受けている女が横領していたとは闇深い。余罪は多そうだ。
ただ、今晩の夕飯を食べずに済んだのは大変助かる。獄中の生姜には脱獄用のスプーンを送っておこう。
「莢豌豆助かった。お陰で冤罪事件で逮捕されずに済んだ」
「お姉さんは推理しただけだけど、ワトソン君のお役に立てたのであれば上々だね」
探偵姫の活躍を見れたのも幸いだった。夕飯前の暇潰しでしかなかったが、思わぬ収穫である。噂に違わぬ推理力であった。
潰せた時間もそれなりだ。謎の食材を使った夕飯は出てこないので、心置きなく宴会場へ向かえる。
「合成食材カートリッジの輸送が間に合ったわー。弾道飛行で輸送してもらっただけはあるわー」
……よし、薩摩を呼びに行くか。
見た目も味も豪華な海産物ではない海産物を結局食べる羽目になった。なまじ美味だった分、納得がいかない。明日は合成食材カートリッジの現物を皆に見せて同じ気持ちを味わわせてやる。
夕食後は体をさっぱりさせるために大浴場へと向かう事にする。
夕飯の時点で既に何人かは浴衣に着替えていた。湯加減の感想を聞いたところ、地下施設のため当然ながら露天風呂ではないそうだ。人工島の男子寮の風呂の方が広いとまで言われておりやや残念である。
廊下を突き当りまで進んだ先で、男湯、女湯という目立つ暖簾がかけられた大浴場を発見する。左側が男湯だったので、普通に左側を選んだ。
脱いだ服をロッカーに預ける。木製の鍵なんて初めてみた。
裸となって奥に進む。結露した不透明ガラスの引き戸を開放すると、出迎えてくれたのは浴場だ。タイル張りされた床と並んだ蛇口。最奥の湯舟。湯舟の更に奥側の壁にはエベレストを超える標高がありそうな南極横断山脈の絵が大きく書かれている。
「古風な銭湯施設みたいだな」
各家庭で風呂を楽しむのではなく大衆浴場を活用するのが一般的だった時代。そんな過去からタイムワープで取り寄せたかのごとき銭湯が目の前に広がっている。
「冷気が入ってくるぞ」
「さみぃ」
「寒いから早く閉めろよ」
「あー、悪い」
先に髪を泡立てていた野郎一列からクレームが入ったので引き戸を閉めた。
かぽん、と小気味良い擬音が反響する空間は独特だ。リラックス効果を高める感じの周波数が発生している。
俺も野郎の列に加わって髪を洗う。
「泡立ちが悪いな、ここのシャンプー」
「因幡は防寒着を脱げよ」
体まで洗い終わった後、野郎が列になって一斉に湯舟に浸かる。
「ふぅぅぅ」
少し熱めの温度が心地良い。天然温泉ほどの風情はないが気持ちが安らぐ。いちおう、お湯は南極の地下から湧き出した低温の水を温めて使っているので温泉ではあるらしいが。
ペンギンが見れなかったり冤罪を疑われたり、初日から散々な林間学校であるのに銭湯に入るだけで疲れが流れ落ちていく。
地上の天候は更に悪化しているため明日からの予定も崩壊状態らしいのだが、明日の事なんて明日考えればいいか。
湯舟に顎まで浸かって癒えている俺。肩を回して腕を広げる。
……一列になって浸かっていたはずなのに、どうして広々しているのだろうか。
「お前等、そっちの壁に引っ付いて何しているんだよ」
「しっ、雑音を響かせるな。向こう側が聞こえない」
結露して冷たいはずの壁に半身をくっつけている男子数名。明らかに不審者だ。
幸いなのは入浴中の全男子生徒が壁に密着していない事か。透視能力の因幡に、念聴能力の出雲の二人は静かにお湯の中だ。
「見苦しい奴等だ」
「まったく、男として恥ずかしい。ダンディーな俺達のごとくどっしりと落ち着いていられないのか」
対照的な二人だ。壁の男共とも対照的でありつつも、二人の間でも対照的である。
因幡はまっすぐに壁の方角を見ており、一方の出雲は目を閉じて耳を壁に向けている。
俺が責任を持って二人とも湯の藻屑にしておいた。後で、里芋に頼んで食材へと加工しておいてもらおう。
「壁の向こう側は女湯かよ」
「しっ、今入ってきたのは玉蜀黍、大蒜、胡瓜の三人……クソッ。SSR一人とハズレ二人か」
ハズレ二人にタレ込むぞ。
趣味の悪い男子共だ。女湯の音を聴いて何が楽しいのか。
壁は完全に天井まで届いておらず、天井付近は開いている。無理をして壁に密着しなくても、こもった声が聞こえるくらいだ。
『――本当にかいちょーベースの第一ロットなんですか、このプロポーションは姉妹とは思えない。うぉ、柔らかい』
『――第二ロットとも違うのよね。違法チューンぎりぎりじゃない、これ。弾力あるわねぇ』
『――や、やめてよ、二人とも。私は新技術の試作筐体でもあったから色々試していただけで。ただ大きいだけで機能美に欠けるっていうか、洗練されていった第二、第三ロットの細い体の方が』
壁のゴミ共が埋め込まれるレベルで密着していく。奴等の需要を満たす会話が女湯で繰り広げられたためだろう。
『E,いや、P? もしかしてもっと?』
「ご、ごくり」
『そう、Z』
「ゼ、〇ット戦士だとっ」
「いや、〇ットンだ。水着姫には光の戦士でも勝てないのか」
『ゼタバイト保存脳。フラクタル構造採用の疑似無限体積型保存素子。見てみる?』
『すごいですねー。脊髄も綺麗です』
『実体に搭載している記憶素子としてはなかなかの性能ね。人間の場合は脳みそのシワは知能に影響しないけど、超高度AIは記憶容量が変わるのよね』
「……風呂場で何やってんだ、女子共は??」
兵共が夢の跡。
人の形をした結露跡のみが男湯に残されたのであった。




