七月目 莢豌豆-3
猛吹雪の中、キャタピラのお化けみたいな車両に乗り込んだ俺達は足早に宿泊地へと向かっていた。
「……白一色だ」
吹雪が続いている所為で何も見えない。最新の予報では嵐は更に強くなり、一週間は続くとの事だ。
つまり林間学校中はずっとこの調子だ。南極旅行を楽しみにしていた分、落胆は激しい。
猛吹雪も南極の風物詩なのだろう。旅先の風流を楽しむべきなのだろう。とはいえ、白い景色を笑顔のまま楽しみ続ける方が精神を疑われないだろうか。それならば、貴重な窓の外の光景などに目をくれず、友人とカードゲームに興じる方が正しい。
「分葱。宿泊地ってテント泊って訳じゃないよな?」
「もちろんです。立派な建物ですよ。もうすぐ到着します」
ペンギンで前科のある分葱の言葉。はたして、どこまで信じられたものか。
それに吹雪は強まる一方だ。まるで、俺達にここに来るなと訴えているかのように。
「ほら、見えてきましたよ」
「暗くなってきた所為で白くも見えない。黒一色だ」
「なら見えていますね」
見えているとは、どういう事か。
答えは車両のライトを全開にして窓の外を照らした事で判明する。
相変わらず外の様子は不透明なのだが、車両の足元から少し離れた先が崖のごとく黒くなっている事が分かる。その黒い領域が遠く彼方まで続いている事もなんとなく分かる。
「崖というよりは大穴……ッ、もしかしてアガルタかっ!」
「地下世界へ通じるという意味ではアガルタと同じですが、こちらは人工……いえ、AI工のものです」
林間学校の宿泊先として俺達に用意されたのは、星姫計画で建造された南極の巨大シェルター施設。
「アンタクティカ・ジオフロントです」
南極に地下世界の入り口は残念ながら存在しなかった。
代わりではないが、『凶弾』被害が最も少ないと演算されている南極大陸には巨大シェルターが建造されている。都市伝説以上、ネット掲示板のゴシップ以下、程度の確度で噂されていた地下シェルターであるが、どうやら実在したらしい。
星姫計画での巨大隕石迎撃を望みながらも保険の意味でシェルターは世界各地で建造されている。南極も例外ではないというだけの話だ。隕石落下にどれだけシェルターが役立たないかは分かっていても、穴があったら逃げ込みたいのが人類なのである。
「遠路はるばるアンタクティカ亭にようこそお越しくださいました。若女将の人参です」
「……いや、人参何してんの?」
「若女将の人参です」
よく分からないが人気アイドル、兼、同級生が宿泊先の旅館で俺達を待っていた。和服を着込んで髪を束ねている。
「歌い姫の仕事のストレスに耐えかねて、地方の宿に身分を隠して雇われたのか。世知辛いな」
「ちがーうっ。従業員AIが足りないからお手伝いしているだけ」
林間学校。急に決まっただけあって色々と粗が出ているようだ。従業員すら用意できず女子生徒が兼任している。人工島の整備がある中、更に若女将までこなすのだから頭が上がらない。
「あらためまして。ようこそ、アンタクティカ亭へ」
南極の大穴を下って隔壁を開放した先にあったのは、和風な装いの旅館だった。駅地下に旅館の入り口が面しているようなイメージか。地下施設ゆえ解放感はなく天井は低いものの照明は十分。気温も外と比べれば快適だ。
広い玄関の暖簾を潜り抜けた先で待っていたのが、人参扮する若女将。
若女将以外は超高度AIが遠隔操作する仲居ロボットだ。工業用の輸送無人機に着物を巻いたものを俺はよく仲居と判別できた。
「今回、クオリティが低いな」
「馬鈴薯に言ってください。時間がない中、これでも準備した方です。はい、濡れた防寒着も預けてくださいね」
旅館も男子寮と同じ部屋割りだった。仲居ロボットに案内されるままに、大和と一緒に板張りの廊下を歩く。
耐『凶弾』シェルターの住居区画を転用した旅館なのだろう。通された“松の五”はビップ用の部屋を転用しているため地下施設にしては広かった。大統領級の部屋とは言えないが野郎二人に3LDKは無用の長物だ。
「冷蔵庫の中にオレンジジュースとブルーカウがあったぞ」
「風呂もついている。大浴場もあるって話だから使う機会はないか」
それぞれ室内を探索して、俺が玄関に近い部屋の領有権を主張する。大和は一つ奥の部屋だ。
箪笥に浴衣が用意されていた。これは風呂に入る時に着替えよう。
林間学校のしおり曰く、午後七時の夕食までは自由時間である。現在時刻が午後四時なので待ち時間は長い。
「夕食は宴会場に全員集合。土地の新鮮な料理が出るって話だが、南極の幸って何だ?」
「これまで黙っていたが、これって林間学校ではなく修学旅行だろ」
林間学校と言えば、宿泊地は山のロッジ。夕食はカレーと飯盒炊爨。最後にキャンプファイヤーでマイムマイム。
一方、俺達の宿泊地は旅館。夕食は海鮮料理。大浴場完備。
超高度AIの学習がおかしいのかと思って検索してみたところ、俺の林間学校のイメージは五十年ほど古いらしい。虫が怖い、キャンプファイヤーでケガをする、教諭も自然に詳しくない、などなどの理由により形骸化しているようだった。
「時間が余っているが、大和は大浴場か?」
「いや、散策する。一緒に来るか?」
「うーん、いや。俺は南極限定の星姫カードを売っていないか売店に行く」
小腹が空いたので、炬燵の上にあった饅頭を頂戴する。大和の分を投げ渡してから部屋を出た。
残念ながら売店に南極限定版は存在しなかった。誰も買いに来ないため需要が低いのが要因か。
記念という事で一パック購入する。仕入れは大変だと思うが値段は学園の購買と変わらない。
「おや、せっかくの林間学校だというのに星姫カードを買うのかい?」
ふと、廊下の向こう側から現れて声をかけてきたのは女子生徒だ。
「お姉さんのお勧めはアンタクティカ亭名物のアンタクティカ饅頭さ」
「名物?」
「そう名物。今回の林間学校に合わせてお姉さんがコンサルしたんだ。アンタクティカ亭飴もおすすめさ。はい、どうぞ」
謎の名物を手渡してくる女子生徒の名前は、シリアルナンバー008、莢豌豆。
一言で言うなら気さくなお姉さんキャラ。腹を空かせた俺に飴を頻繁にくれる緑髪のお姉さん――同級生――だ。サヤエンドウっぽい髪止めをしているのも特徴である。
「饅頭なら部屋にあったのを食べたぞ。まあまあ旨かった」
「料理姫にその道では劣るが、美味しかったのであれば安心したよ。彼女は夕飯担当に立候補したからお姉さんが名物を担当したのさ」
「里芋に夕食をやらせるなッ。事件が起きるぞ」
最重要情報を聞いた。厨房に向かって止めなければなるまい。
「事件? 事件ならばこの探偵姫にお任せさ!」
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▼莢豌豆
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“シリアルナンバー:008”
“通称:探偵姫”
“二十五体の星姫候補の中でも最も世話焼きな一体。シリアルナンバーは八番目で銘打たれているものの、超高度AIとして覚醒したのは早かったためか姉らしく振る舞う。口癖もお姉さん。飴を常備している事で有名。
万能選手であり何でもそつなくこなすAIである。それゆえ裏方に回る事も多いが、一方で得意分野も存在する。
探偵姫。超高度AIの台頭により複雑化する事件を探偵姫が解決してみせようか。
外見的な特徴はウェーブした緑髪と緑目。
内面的な特徴は法学を専門としているが、AIが人間の法律を守るとは言っていない”
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