七月目 莢豌豆-2
「林間学校を開催しましょう」
我等が星姫学園生徒会長にして、栄えあるシリアルナンバー001が黒板の前に立つと唐突に宣言した。
機械仕掛けの神様が言い出す事である。人類には計り知れない深淵なる思惑があるに違いないが、ちょっと深淵過ぎて読み取れない。南極で林間学校? 林の間と書いて林間学校のはずであるが、南極に林とかあっただろうか。
もしかすると臨海の聞き間違えかもしれない。人工島に住んでいる男子生徒に臨海学習など今更であるが。いや、ついに氷の海に男子生徒を放流して人類からの独立を図るつもりか。
「最近、色々ありました。心労の溜まっているであろう学園生のリフレッシュのため、南極にいる間は学園外で楽しんでいただこうと思います」
色々あったっけ。女子生徒が心を失ったり、濃霧のバレンタインだったり、新生物に人工島が襲撃を受けたりしただけで、特段大変な体験はなかったような。月一回の行事が行われていただけのはず。
「月一でも超高度AIの機械学習には負荷が高過ぎるのです」
「あ、はい……」
「丁度、人工島のオーバーホールもありますので、島民全員に一時離島してもらいます。星姫学園の生徒達には特別施設での林間学校を行ってもらいます」
まあ、南極旅行に林間学校という名がついただけだ。気を利かせてくれた馬鈴薯がプランを考えてくれたのだろう。
で、具体的には何があるのか。
「ペンギン観察や温泉がありますよ」
おおー、と男子生徒が声を上げる。マッドな施設育ちの俺達は水族館も温泉も知らない。『凶弾』落下を目前に体験できるとは望外の喜びである。
「混浴だ!」
「混浴だな!」
「ペンギンと混浴か!」
一部、特殊な奴もいるが、温泉での入浴に希望を見出している男子生徒共。お前等は超高度AIとも鳥類とも同じ湯に入る事はないぞ。
訂正するのも面倒なのか楽しみにしている男子生徒共は放置され、下船時の注意事項について説明が開始された。防寒着は明朝、寮へと宅配されるらしい。
ニュージーランド・インバーカーギルを超えて南氷洋を進む。
南極周辺は世界で最も荒れた海域である。地球で最も科学の進んだ人工島でも揺れを感じるのは仕方がない。
天気予報通りに体感温度も下がっているため、部屋の前に届けられていた防寒着をさっそく着込んだ。
「思ったよりも動きを阻害されない。蒸れもない」
「この服、宇宙でも活動できる服らしいぞ」
「宇宙? どうして真空空間での活動が想定されているんだ??」
宇宙服は素材を厳選しているためかなりの高額だ。星姫計画の潤沢な予算から言えばはした金とはいえ、男子生徒全員分の宇宙服を林間学校のためだけに用意するのは無駄遣いが過ぎる。
大和の噂話はただの噂話でしかない。校章の入った暖かい防寒着にはフードではなくヘルメットが付いており未来的。エアー用のチューブは完全密閉式ゆえだろう。
島民を船酔いでダウンさせながらも人工島は順調に航行。
氷山をレーザーで切断しながら進み、南極大陸に近い諸島のどこかに到達した。
するとどうだろう。巧妙に偽装されていた隔壁が開かれて人工島を丸ごと飲み込んでいく。かなりの大きさであるはずの人工島をすっぽり格納してしまうとは、これが秘密港サウスポートか。
ドームの中なので外の光は入って来ない。夜のように真っ暗だ。
「まさに秘密施設、技術と予算の結晶だ。超高度AIが人類を圧倒しているというのが実感できる」
「おーい、武蔵。星姫学園の生徒は西港だってさ」
「時間厳守です。遅れないでください」
シリアルナンバー017、分葱が小さな旗を振って男子生徒を誘導している。
第二ロット女子生徒に珍しく人間相手に当たりが強くなく、要領の良さから姉妹からも頼られる事の多い分葱。ぞろぞろと集まる二十人弱をうまくあしらっている。
「枕は置いていってくださいね」
「俺は枕が変わると眠れなくて」
「眠れない時は麻酔弾を撃ってあげるので安心してください」
加賀がしぶしぶと枕を寮に置いていく。
「先生、バナナはおやつに入りますか?」
「先生ではありません。バナナは凍って釘が打ててしまうので持って行っても食べられません」
播磨がその場でバナナを食べ終えるのを待って、移動を開始だ。校庭に来ていたリムジンバスに乗り込んでから西港への移動。港からは潜水艇へ乗り継ぎ。冷たい南極海を進んで地下港へと入っていき、そこから更にエレベーターに乗り継ぎ。
「キャビンアテンダントさん。他の女子生徒は?」
「キャビンアテンダントではありません。女子生徒は後から宿泊先で合流します」
エレベーターに乗り込んでからも時間は長かった。けれども、分葱が南極についての小話を披露してくれたので退屈ではなかった。
「南極は最も寒冷な大陸です。大陸の上には三千万年もかけて積もった千メートル以上の氷の層が堆積しています。このエレベーターはその氷の層を昇っているんですよ。歴史を感じてください。超高度AIよりもフィーリング面で人類は優れているはずです」
千メートルも昇っているなら時間がかかって当然か。
超高度AIの実体も寒さで悪影響を受けないようにするため、分葱はチャックを上までしっかり閉めている。男子生徒にも透明ヘルメットの装着を推奨していた。
「南極の冬はこれからが本番です。場所にもよりますが、最低気温はマイナス三十五℃に下がる事もあります。遭難したら大変ですよ。具体的には馬鈴薯が暴れます」
ようやく上昇が停止して、チン、と到着音が鳴る。
「林間学校の開始です。ようこそ、南極へ!」
両開きの扉が開かれていき、目の前には白き大陸の全様が……いや、白くて何も見えない。肌が凍り付く冷気が強く吹き込んでくる。外界はダイアモンドダストにより一メートル先も窺えない。
「えーと。例年であればもう少し気象条件は良いはずなんですが、今年は寒波によりこの通りです」
ただただ白く染められた光景を身震いしながら呆然と眺める。
「本当なら今日はペンギン観察をしてもらう予定でした。いちおう、この猛吹雪の中にもペンギンはいるんですよ。ほら、私が指差している方向に集団で固まっています。丁度、今の男子生徒達みたいに」
寒くて身を寄せ合う男子生徒をペンギンと同列に扱ってもらえるなんて、俺達の株も上がったものである。
目を開けるのも厳しい吹雪だ。俺の目ではペンギンを視認できない。
透視系ならば見えるかもしれないが、お前等どうよ?
「因幡、ペンギンは見えるか?」
「あっちの方に全身が白い人間みたいなのが見える」
つまりペンギンは見えていないらしい。因幡の伊達眼鏡に雪が張り付いてしまっていたので期待していなかった。
林間学校一日目から前途多難である。




