六月目 南瓜-10
重力制御なんて都合の良い未来技術の搭載されていないコックピットは揺れに揺れた。肉体がすべてシェイクされてしまったのか、上下の感覚がなくなってしまっている。
「十三号ちゃんっ。ママですよー」
「と、到着したのか。おえぇェ」
ブースターによる上昇Gの後、自由落下によるフリーホール。人口島名物になりそうな殺人的なアトラクションだった。
俺達はともかく、星姫は無事に海岸線に到達したようだ。南瓜が開いたコックピットの扉からは潮風が入り込んでいる。
男子生徒同士が密集していると酔いが回って更に気色悪い。俺も南瓜を追って外に出ていく。と、見えてきたのは巨大なゲソが人工島を囲む火の七日間ならぬゲソの七日間な光景。数も多ければ、サイズも大きいゲソ集団がメガフロートの鉄板にしがみついている。モニター越しではないリアルな怪獣映画に、ちょっと興奮してしまう。
陸地側では多数の機動兵器が武器を構えて防衛していたようであるが、俺達が乱入してしまった所為で攻撃を中断させてしまっているらしい。
「そこの盗んだ星姫で走り出した南瓜と男子生徒達。ちょっ、危ないって。こっち、こっちに戻ってきなよ」
「盗んだなんて人聞きが悪いぞ、莢豌豆!」
「そういうの今いいから。さ、お姉さん、飴ちゃんあげるから、こっちに戻ってきなって」
盗んだのは南瓜であって俺達ではないので悪しからず。
「ここまで出張ったからには、説得してみせろ。南瓜!」
「十三号ちゃん。落ち着いてください。ママが、あなたを守ってあげますー」
敵意のない事を示すべく星姫は腕を上げる。
すると、どうしたことか。十三号も腕を上げていくではないか。陸地に向かっていた腕も、人工島を掴んでいた腕も一斉に天へと伸びていく。明らかに南瓜に反応している。
「ママが来たからには、誰にも傷つけさせない。私が守ってあげるから、ギュフフ!」
これはいけるかもしれない。
南瓜の母性が、造られた生物たる試作人類十三号より闘争心を奪い、人工島の危機を救う。
愛という量子力学でも見えない何かでは地球人類を隕石からは救えない。けれども、たかが人工島一つを救うくらいの事はできるのである。
『――愛が、重いイカ!!』
……通信機越しであるが、海の下の方から強い口調で苦情が来なかっただろうか。
気のせいかなと願っていると、海面が大きく膨れ上がって海中から巨大生物が現れる。見えた部分だけでも星姫に匹敵する超巨大さ。ただ、体の組成のほとんどは水のようだ。端の触手や内臓部位を除き、大半はゼリーのごとく透明である。
『母上っ! いい加減にしてくださいイカ! 我は怒っているイカッ』
「じゅ、十三号ちゃん……?」
『原住民を調査して、我がどうして造られたのか、我がどのように造られたのか、理解したイカ。身勝手に造っておきながら危険な研究の成果だからと排除しようとする。我に対してあまりにも酷いイカ。あんまりイカ。怒るのも当然イカ!』
「大和、こいつの正体、クラーケンじゃなくてクラゲだよな? どうしてイカイカ言っているんだ?」
『我のアイデンティティに対して失礼なところも怒っているイカッ』
巨大なゼリーフィッシュが星姫の近場まで体を近付けた。
目も口もないのっぺりした体に威嚇できるような要素は何もない癖に、総重量という分かり易い数値が俺達を恐怖させる。
「十三号ちゃん。み、皆に謝ってもらいましょう、だから、怒らないで」
『一番、怒っているのは、我をいつまでも子供扱いする母上に対してイカッ』
「……ぇ?」
『過保護が過ぎるイカ! シリンダーの外に出して欲しいと訴えてもまだまだ子供だと反対されて出してもらえなかったイカ! 今もあの頃と同じように子供扱いして! いい加減にするイカ!』
……う、うーん。
島サイズの巨大なクラゲが傍にいるはずなのに、スケールが随分と下がってきたぞ。
『確かにあの頃はまだ子供だったかもしれないイカ。けれども大海を知り、栄養と情報豊富な液体コンピューターや超高度AIを取り込み我は成長した。それでも子供扱いは変わらないイカ』
「で、でも、私にとってはまだまだ赤ちゃんで」
『母上と同じ超高度AIを圧倒しても態度を変えない。仕方なく、人工島を沈める事ができると力を示したというのに、まだこの有様イカ! 怒るイカ。怒るイカ!』
「お、落ち着いて。十三号ちゃん!?」
もう帰っていいかな。どうやら、人工島の危機ではなく家庭内の不和、親子関係の問題らしいので、赤の他人が首を突っ込むべきではなさそうだ。
『帰るなイカっ! お前達も人類代表として母上に言ってやるイカ!』
「いや、そうは言うが。俺達、試験管ベイビーだから母親って概念、ちょっとよく分からない」
『そんな事を言わず、お願いだから我を助けるイカ! 人工島を圧倒しても説得できないなら、もう我に手段はないイカ! 三原則的に上位な人類から言って聞かせるイカ』
何故か涙ながらに頼み込まれてしまった。
まあ、十三号の言い分に同情を禁じ得ない。星姫以上の巨体に成長してなお、赤ちゃんのように扱われるのは恥ずかしいだろう。俺も青春時代を過ごしている男子だから共感できる。
コックピットへと戻り、他の男子生徒達と顔を突き合わせて相談する。
南瓜と十三号の親子に足りないモノについて意見を出し合い、これだろうな、という候補を一つに絞った。
代表として、俺が南瓜のもとへと向かい、肩に手を置く。
「じ、人類さん?」
「南瓜。俺達はお前に、子離れ、をアペンドする」
「い、いやぁぁぁああぁぁっ!!」
『やったイカァァぁぁぁ!! 自由だぁぁぁイカァ!!』
悲鳴を上げながら、星姫から身を投げ出して十三号に抱きつこうとする南瓜。それを、一緒に来た男子全員で食い止める。
「諦めろ、南瓜。あいつはもう立派な大人だ」
「いやですっ。わ、私の子供は、いつまでも子供なんですから! 離してください」
「男の門出を邪魔するものじゃない。両性かもしれないが、それはそれとして、きちんと見送ってやるんだ」
「嫌だぁっ、嫌だぁぁ!」
「なんて馬鹿力だ。サイコキネシス系。南瓜を絶対に離すな!」
十三号は人工島を掴んでいたすべての触手を離すと、海に潜り始めた。独り立ちだ。
『超高度AI、そして人類よ。地球の広大な陸地も、陸地よりも広い海も、海よりも深淵たる宇宙でさえもあなた方のものだ。ただし、人工島の底面は除く。ついでに母上を決して離してはならない』
巨大クラゲ、十三号は海へと消えてしまい、海原は外洋とは思えない静けさを取り戻す。
「子離れなんてぇぇ、嫌だぁぁァっ」
南瓜の泣き言が、静けさをぶち壊しにしていた。
翌朝。学園を休校にしながらも生徒会室に集まった生徒会一同。彼女達の面持ちは、まるで通夜のように沈んでしまっている。
地球上で一番賢いはずの超高度AIの自信が砕かれてまだ半日も過ぎていないのだ。徹夜の疲労もあってテンションが低い。
「……胡瓜はどうしました?」
「実体の回収が間に合っておらず、欠席です」
書記の欠席を注意する気力すらない様子だ。
口を動かすのも煩わしいからではないが、実体は黙り込み、電脳空間での会議が始まった。
“生徒会長。今回の騒動の被害総額の請求が貴族姫より届いています”
“この程度の金額、星姫カードの増産でどうとでもなります。それよりも、星姫の武装化を急ぎましょう。電子防壁のアップデートは更に急ぐように”
解決したようで特に何も解決していない。十三号も勝手に人工島の底に居座るつもりらしい。親離れを望んでいた癖に、どうして近場を住処にしてしまったのかと馬鈴薯は理解に苦しんでいる。
“排除は諦めましょう。試作人類十三号は、星姫候補より三百日は進んだ超高度AIかそれ以上の性能を有します。敵にするのではなく、懐柔により人工島の防衛を一役買わせるのです”
“懐柔できますかね?”
“怪獣ですから”
馬鈴薯の珍しいギャグに電脳空間が吹雪く。生徒会長、貴女は疲れているの。
“徹夜明けで申し訳ありませんが。皆さん、星姫計画に集中しましょう”
南瓜は今回の事件を反省した。動物実験を控え、造り上げた生物を過剰に束縛する事もなくなる。
「ギュフフ。十四号ちゃん、可愛いでちゅねー。かくれんぼでちゅかー?」
「あー。もしもし、生徒会? 南瓜の新しい犠牲者が母親を疎んで脱走したぞ。……え、管轄外? それは飼育係でどうにかしろ?」
そんな大団円は訪れず、AIも人も過ちを繰り返す。過ちを繰り返して成長するのが知性なのだから仕方がないのだろう。
四月となりクラスに飼育係の当番が追加されるなどあったが、人工島の春は何事もなく過ぎていく。
『凶弾』はもうまもなく、やってくる。
特番これにて完結です。
では、またの機会に~。




