六月目 南瓜-9
クネクネと気色悪く暴れ始めた上野。精神感応先のクラーケンの思考と同期した結果、上野は人類の敵になってしまった。
「――“先住民、覚悟スルイカ”――」
相手に腕を巻き付かせる独特の格闘術を用いている。厄介そうであるが、幸いにも筋肉ダルマの加賀が地上に残っているため鎮圧はできそうだ。
「上野! 精神感応を解除するんだ。クソ、駄目か。こうなれば力づくしかない。友をタコ殴りにして止めなければならないとはな。タコだけに!」
「――“我ハ蛸デハナイイカ。益々、我ヲ怒ラセルイカ”――っと、解除できたぞ、加賀。ゲフォッ」
未だに上野の精神は戻っていないらしくイカ殴りにされている。不安を覚えるがすべて加賀に任せよう。筋肉はすべてを解決するから。
「なあ、南瓜。クラーケンの奴、やる気満々じゃね? 怒り心頭みたいだが説得は本当にできるのだろうな」
「ギュフ。この感情がわんぱくな子を持った母親の気持ちなんですね。が、学習しました」
「たぶん違うと思う」
上野の犠牲でクラーケンに知性がある事が分かった。同時に知能もあって激怒中のようだが。何に怒っているのか分からないため、本当に親である南瓜の説得が効かないと厳しい状況だ。
「説得できるにしても早い方が良さそうだ。急ごう」
星姫の口から操縦席に入り込む男子一行と南瓜一つ。
星姫一人を搭乗させる事だけを考えた設計をしているため、内部はかなり狭い。明らかに定員オーバーである。
球状のコックピットの壁に男子生徒をレンガのごとく積み込んで、南瓜の席を確保する。
「せ、狭いっ」
「早く動かしてくれ!」
「というか、動くのか。星姫は明らかに建造途中っぽい見た目だぞ」
「完成率六割ですが、も、問題ありません。ギュフフ。稼働停止する三分以内に海に到達できれば、い、いいのですから。ギュフ」
「三分しか動かねぇって、完全に未完成じゃねぇか!?」
しっかり掴まっておいてください、と南瓜が注意喚起すると同時に、星姫は駆動し始める。歩行するための足も未完成品のため、動くためには背面ブースターによる大跳躍しかないとの事。
燃料を使った跳躍は、多大なGを生む。人数オーバーでコックピットに乗り込んでいる俺達が耐えられるか不安になるが、もう振動が始まってしまったので耐えるしかないな。
「ま、まだ跳んでいません。この揺れは、人工島が揺れています」
「人工島が揺れているって、地震か??」
「ギュフ。地震ではありません。人工島が、海中へと引っ張られています!」
海に浮かぶ人工島に地震はない。陸地面積が広大なため、嵐でも揺れを感じる事は稀である。
であれば、今発生している大きな縦揺れの正体が何かというと、球面スクリーンに現れたズーム映像に馬鹿でかいクラーケンの触腕が映っていた。近場のヤシの木が観葉植物のようである。
巨大な触腕は人工島の海岸へと叩きつけられて、島の金属製の天板がひしゃげながら持ち上がる。そしてほぼリアルタイムに星姫の中にいる俺達も上下に揺れた。
壊された天板の穴に触腕は侵入する。構造体を握り締め、牽引が始まる。
人工島の海抜がマイナス方向へと動く。
人工島の四方に現れた巨大触腕を含む数百の触腕は、人工島の海岸線に到達しつつあった。星姫候補達による必死の応戦は時間稼ぎにしかならず、島の端に触腕が続々と取りついている。
“009、人工島を最大船速に。振りほどいて!”
“現時点で最大船速です! 十三号の拘束を逃れられません”
“017、残存部隊を第三防衛線まで退避させて。海岸エリアをパージします”
“そんな無茶な?! 霧によるジャミングで、作戦投入中の実体の三割がスタンドアロン状態なんですよ”
“スタンドアロンの女子生徒を即時後退させてください。実体は再建造可能ですが、実体に思考を乗せたまま撃破されてしまえば、それは超高度AIの死です”
星姫候補達はかなりの劣勢だ。触腕に掴まれるとどんな機械もクラッキングにより奪われてしまうからというのもあるが、触腕と同時に発生している霧のジャミングが大きく影響している。
通信障害により援護困難となり、各地は押され続けている。
それでも、ただ圧倒されるだけでないのが超高度AIであるが。試作人類十三号の本体を探し出すべく、海中へとシリアルナンバー024を派遣していた。
“遠隔通信できないからって、有線ケーブルを背負わされて海に投げ込まれるなんて、頭どうかしていますよッ”
“泣き言は結構。ソナーもドローンも使用できない状況では星姫候補の実体が一番高精度な観測器になります。それで、十三号の本体を発見できましたか?”
“見つけましたとも、見つけましたともっ! 人工島の底に思いっきりしがみついています! 十三号は人工島を追走していたのではなくて、最初から底にいたんじゃないですか”
“秘密区画の隔壁越しの外にですか。灯台下暗しとは、人類の格言をもう少し信じるべきでした”
シリアルナンバー024が発見した試作生物十三号の本体は、人工島の底に隠れ潜んでいた。正確には、隠れられる程に小さくはないため隠れてはいなかったが、スケールが大き過ぎて判別できなかったのだ。
その姿は蛸でも烏賊でもない。
十三号の正体は、クラゲだ。全長数キロの巨大な水クラゲが全身から触手を伸ばして、人工島を海へと引っ張っている。
“ぎゃああ、気付かれました。触手がこっちに伸びてきていて。早く攻撃してください!”
“秘密区画に近過ぎて魚雷も機雷も使えません。会長、どうしましょうか?”
“誇り高き生徒会の一員ならば、最後の最後まで情報収集を続けてくれるはずです”
胡瓜は口から泡と悲鳴を出しながら触腕ではなく触手と判明した十三号の手に掴まれて、実体の全データを引っこ抜かれて停止した。回収している余裕はないため完全に放置である。
戦場の観測データに増えたバツ印を無視して、超高度AIのトップ陣営は量子バリアで防御された秘匿回線で秘密の会議だ。
“馬鈴薯、どうするのー? そろそろ余裕ないわー”
“そうですね。島の底面にいるのであれば、人工島のロケット推進で引き離せるかもしれません。この化物は私も正直、計算外です。何もかも投げ出して衛星軌道に逃げ出したい”
“貴女のプランねー。でも、発動させるには少し早過ぎよー”
“分かっています! 本体の位置を特定できたのであれば、手はあります。温存しておいた星姫を出撃させるまでです。そのために大豆と菠薐草に緊急整備の依頼を――”
“……あれー? もう出撃してしまっているわよー?”
“――えッ”
十三号絡みでは演算結果に齟齬が生じ、後手に回り続けていたシリアルナンバー001、馬鈴薯。彼女は結局、最後の最後まで後手に回り続けてしまう。
虎の子として用意しておいたはずの星姫は非武装のまま出撃してしまっており、丁度、大跳躍を終えて星姫区画に一番近い海岸へと着地したところである。
「じゅ、十三号ちゃーーん。ママが、ママが迎えに来ましたよーー、ギュフフ」
今日は、馬鈴薯がフリーズを起こして倒れた記念日となった。




