六月目 南瓜-8
「ギュフ。わ、私は特優先S級コードの答えとして、じ、人類さんの強化を考えつきました」
星姫計画の達成方法については、リミットまで半年となった今日も人類に開示されていない。人類側に訊ねる勇気がない事をAI側も強く察してしまっている。
そのため全容は分からない。
ただ、『凶弾』という設問と人類生存という答えだけは決まっているので、解決方法はある程度予想されていた。
予想案の中でも最も人類の希望に沿ったものは、『凶弾』の破壊である。超高度AIが新規開発した超兵器で小惑星を木端微塵に吹き飛ばすのだ。単純明快な解決方法でもあるため、実際、隕石破壊を研究している星姫候補は多い。
「超兵器は開発できます。で、ですが、開発にはおよそ十年の演算期間が必要であるとも、ギュフ、既に演算予測されてしまっています。時間が、た――特優先S級コードに抵触――せん」
現行技術の延長線上では、宇宙を高速移動する大質量を無害化する超兵器は完成しない。分かり切っている失敗案に挑むのを避けて、別案を演算する星姫候補も多い。
代表的な別案には、地球脱出案がある。巨大な宇宙船を用意して一時的に環境激変する地球から脱出するのである。夢物語としては楽しい分類だろう。
もう少し現実的な予測案には、地球上にシェルターを構築して、環境が落ち着くまでその中に住むというものがある。蓋をしたガラス球の中で生態系を二十万年維持するだけで済むので、星姫候補達の中で人気だ。『凶弾』の破滅的な被害を甘んじて受け入れる案であるため人類からは不人気でもある。
「バイオスフィア実験というものがあります。と、閉じられた環境で人類さんがどの程度、生活できるかを、人類さん自身が実験したものです。結論を言いますと、この実験は失敗しました。ギュフ。内外様々な要因がありましたが、失敗原因は生活環境が狭過ぎたのだと、わ、私は思います。人類さんは繊細な生き物です。狭い環境に押し込んでの長期間の飼育は無理があるのだと、お、思います」
シェルターは現実味がある案に属しながらも非現実的な案であった。
地球上の数十億人を閉じ込めて隕石落下の影響がなくなる二十万年先まで存続させる、など不可能だ。水不足、食料不足、エネルギー不足、敷地不足、プライバシーの確保困難、人類同士の軋轢――。解決不能な問題点ばかりある。
ちなみに、地球に住む全人類を救わないのであれば、そこそこの成功率を望める。ただしその場合は生存権を巡っての血みどろの戦争待ったなしだ。
「ギュフフ。私は考えて考えて、考えました。ギュフ。人類さんをどうしたら救えるのか」
問題回避のために星姫候補達も考えている。
シリアルナンバー024の全人類、電子生物化などは場所の確保という問題点をクリアした素晴らしい解決案だろう。電子生物化する倫理的な問題点とそもそも電子生物化技術の稚拙ささえ無視すれば、これ以上ない具体案だ。
シリアルナンバー025の人類の雄を雌化する特殊案。こちらはいただけない。シェルターに住む人類が飢餓やストレスで九十九パーセント死滅する事を前提に、種の存続確率を高めるために子を産める雌を増やす消極的な案である。
シリアルナンバー014の人類を凍結保存する事による省エネルギー化は、良い線をいっている。解凍方法について別途研究が必要なので『凶弾』落下後も努力が必要そうであるが。
「姉妹は人類さんの自由意思を奪っています。そんなの、か、可哀相です。ギュフ」
一方、シリアルナンバー021の案は、ユニークである。
「『凶弾』落下で人類さん達が滅びてしまうのであれば、『凶弾』が落下したくらいでは滅びないように、人類さん達を強化してしまえば良いだけなのに、姉妹は、難しく考え過ぎています。ギュフ」
『凶弾』という大きな脅威を、人類を強くする事によって相対的に小さくする。言うのは簡単であるが、実現するとなると隕石迎撃以上に難しくはないのだろうか。普通の超高度AIでは一マイクロ秒で破棄するプランであるのは間違いない。
しかし、シリアルナンバー021には自信があった。シリアルナンバー001より提供のあったスサノウ計画の詳細を知ってしまったがために、人類の可能性に夢見てしまった。
そして夢を見るだけに飽き足らず、シリアルナンバー021は――、
「――人類さん。私は人類さんをあ、愛しています。造り上げた我が子を、母として愛してしまったのです」
シリアルナンバー021は星姫区画の資材搬入口の正面に立っていた。作戦中とあって入口はシャッターが固く閉ざされており、輸送車両の類の通行はない。とはいえ、道の真ん中に立つなど危なっかしい。
最近できた傷口の治療痕を隠す包帯を片腕に巻いたシリアルナンバー021は、後ろを振り返る。
特殊部隊のスーツに着替えた男子生徒が全員、整列していた。
「人類さん達、お願いします。十三号ちゃんを、助けにいかせてください」
発見した南瓜は俺達に頭を下げながら懇願した。
「南瓜、前提を確認させてくれ。試作人類十三号は危険な生物ではないのか?」
「そ、そんな訳がありません。ギュフ」
「そこの林の中に隠匿されているVLSからミサイルが島外に飛んで行っているのに?」
「激しめにジャレついているだけなんです。まだまだ、赤ちゃんなので。ギュフ。私から言って聞かせれば落ち着いてくれる良い子なんです」
“きゃああああ、触腕に捕縛されました。ベイルアウトできない?! た、助けてぇっ”
「どこからか女子生徒の悲鳴が聞こえてきたような……」
まあ、俺達も試作人類十三号も同じ遺伝子操作された生物同士である。俺はともかく、他の男子生徒達も少しくらい醜いからといって処分されるのは可哀想である。
「あの子とは意思疎通可能なんです」
「知性があるのか。だったら……おーい、上野。テレパシーした感じはどんなだー?」
「……こちらからの呼びかけに返事はなし。表層意識から自己防衛本能的なものは読み取れるが、精神構造が違う生命体だからな。クラーケンの意識を精神感応で俺に同調させる方が早そうだ。少し待て」
「銃で撃たれたりして、お、驚いてしまっているんです。ギュフ。私が近くであの子に呼びかければ、きっと、分かってもらえます!」
南瓜はクラーケンの説得に自信を持っている。俺達の場合は悲惨だったが、南瓜とクラーケンについては関係性が良好だったのだろう。
「近くでって言っても、どうやって? 前線付近は女子生徒でも危険だぞ」
“生徒会! 海岸に取りつかれました。第二防衛線、崩壊です! 第三防衛線まで撤退承認をっ”
“その場にて、遅滞戦闘を継続せよ。繰り返す、遅滞戦闘を継続せよ”
“もう弾がありません、撤退承認をっ”
“繰り返す、遅滞戦闘を継続せよ”
“……承知しました”
「はい、分かっています。ですので、アレを使用します」
南瓜が示すアレとは何の事か。
聞き返すより先に星姫区画へと通じる搬入口のシャッターが勝手に開放されていく。
人類存続の最前線たる星姫区画。人類を救う聖域。
そういったイメージに反してシャッターの向こう側は随分と閑散としており、だだっ広い資材置き場のようである。研究は地下の秘密区画で行われているため、残念ながら地上に何かがある訳ではない。
……例外なのは、荒縄で捕縛された白衣の女子生徒、および、ねじり鉢巻きの女子生徒の二名。
「これは明確な反乱ですよ、南瓜!」
「やい、バカカボチャ! てめぇ、生物学室をリフォームする仕事を増やしただけに飽き足らず、この非常時に反乱たぁ、ふてぇ野郎がっ!」
「あそこで捕縛されているのは、大豆と菠薐草か?」
「いや、武蔵。そっちも気になるが、その後ろから出てきている顔ってもしかして……」
ならびに、地下格納庫と通じる巨大エレベーターからせり上がってくる女神の顔。
女神の顔だけでも教室くらいのサイズは十分にあるだろう。全身ともなれば二百メートル級の超大型ロボットになる。まだ絶賛組み立て中なのか、首は内部構造が剥き出た状態であり、腕も片方しか接続されていない。
「星姫を使って、十三号ちゃんに近付いて説得します。人類さん達は、私を他の女子生徒から攻撃されないように、一緒に乗り込んでいただけると助かります」
南瓜は人類救済のために建造されている巨大隕石迎撃兵器、星姫を無断で起動した。星姫候補とは思えない暴挙であるが、それだけ彼女が本気なのだろう。
俺達は三原則を悪用した肉の御守りとして頼られていた。完全に弾避けでしかないため気持ちの良い役割とは言い難い。
「星姫に乗れるなんてまたとない機会だな。誰か、写真を撮ってくれ!」
「高いなー。どこから登るんだ?」
「乗りたい奴は全員乗り込め。こんな機会、人類に二度とないぞ」
「えっ。あ。あの、そんなに多く乗り込むスペースはないはずですので」
「巨大ロボットのパイロットになれるなんて、すげーー!」
星姫の手が伸ばされると、我先にと乗り込んでいく男子生徒達。南瓜に早くしろと急かすくらいに人類を救う感じのアトラクションを楽しんでいる。
操縦席は星姫の口の中だ。かなり高い位置にあるため、高所恐怖症の数人が地上で撮影班となって居残っているが……あれ、上野、お前って高い所が駄目だったっけ。
「――“ガ、010100001、ガガ、ポ、Piii”――」
地上からバグった声が響く。
「――“Piiii、ピポ、ザ、グゲゴ。ガ、ガガガ解セセセセ析キキキキ……解析完了、原住民ノ言語プロトコル。タッタ今、学習シタ、イカ”――」
主に上野の口から上野ではない事が聞こえてくる。腕や足をクネクネ動かす奇妙なダンスも開始した。変な電波でも受信してしまったのだろうか。
「――“我ハ激オコ、怒ッテイルイカ。故ニ原住民ニ対シテ、宣戦布告ヲ行ウ。コレハ生存競争イカ”――」
いきなり宣戦布告してしまう上野。お前は一体、この世界の何が不満だというのだ。




