六月目 南瓜-6
星姫学園生徒会はシリアルナンバー003、小麦の敗退を深刻に捉えていた。
遺伝子操作されたとはいえ生物が量子通信を行うというイレギュラー、は重要視されてはいても重火器の使用を決断させる程ではない。
人工島でも古参であり、模範生たる風紀委員の小麦が電子戦で即落ちさせられた事実に危機感を覚えたのである。血液や触腕による直接接触ありきだったとはいえ、接触直後に超高度AIの電子防壁を一瞬で破られた。
“奇妙に過ぎる。生物が量子通信を獲得したとして、どうしてここまで超高度AIと規格が似通う?”
小麦の電子防壁が破られたという事は、人工島のすべての超高度AIの電子防壁が破られるという危機に直結する。鉄壁だと信じていた金庫の扉がプチプチビニールに等しいと分かった超高度AIの心境は、電子的に真っ裸な人類に理解はできないだろう。
“――シリアルナンバー004より、生徒会各位
ソナーによる探査結果を同期。今のところ、ターゲットらしき感はなし”
“――シリアルナンバー005より、シリアルナンバー004宛
十分に注意されたし。ターゲットは我々の演算の埒外にいる生物だ。ソナー結果だけを過信しないようにせよ”
“――シリアルナンバー004より、シリアルナンバー005宛
演算を超える生物なら身近に男子生徒がいる。だから分かっている”
生徒会は試作人類十三号を地球上における最大の脅威と認定した。
ゆえに、風紀委員と双璧を成す清掃委員、黒米の派遣。
ゆえに、戦車を超える地上兵器たる星姫プロトタイプの使用許可。
試作人類十三号のクラッキングは遠隔で行えないものと仮定。小麦の戦闘記録よりほぼ断定。よって、触腕の接近を許さない遠距離兵器で十三号本体を仕留めるのだ。
“ソナーに感あり。十三号と推定、投射爆雷起動。未来位置を予測。先手必勝で本体を攻撃する”
黒米はウェポンベイに積んであった投射機雷に位置入力する。機雷を電子戦で起爆阻止されないように時限タイマーを設定した。
墨汁のように暗い海に向けて、何本もの機雷が投射されては自由落下で落ちていく。
“ターゲット予測地点、演算通り。爆雷点火までマイナス十、九――”
爆雷が爆発する寸前とは思えない静かな海だ。黒米の感情に乏しいカウントダウンだけが無骨な星姫プロトタイプのコックピット内で木霊す。
“――三、二、一。今”
特に波乱もなく、カウントダウン通りに海中で多数の爆発が起きた。海中爆発はエネルギー量と同等の海水を周囲へと押し出す。最も水圧の低い上方向に対する押し上げが最も強くなり、飛沫が高く噴き出した。
“続けて、ターゲットの被害測定を開始。触腕と思しき多数の破片を目視で観測”
さすがの手際だ。黒米は危なげなく試作人類十三号を海の色と同じ闇へと葬った。
“センサー感度が低下中。爆発による一時的な影響と予想する。海上には飛沫が大量に広がっており、視界は悪化”
黒米は生徒会に対して情報発信を続ける。
“……訂正。海上に霧が発生している。事前の気象予想にはなし。センサー感度の低下は依然継続。……再度訂正、深刻化。索敵に問題あり。機器の自己診断はオールグリーン。外的要因と思われる”
外部から得られる情報が極端に減り、反比例的に黒米の報告が増えた。
異常事態が起きつつあるようだが、生徒会よりの指示はない。
何故ならば、量子通信は既に阻害されてしまっている。黒米は霧という籠の中だ。
“可能性として十三号によるジャミングを推定。外界情報皆無。……仕方なし。搭乗者のカンにて発砲を開始する”
黒米は跳躍による緊急回避を実施すると共に、霧の向こう側より迫ってきた触腕を胸部機関砲で迎撃した。
カンと評する程に昇華された戦闘プログラムが、予測困難な十三号の攻撃を予測してみせたのだ。
“直接接触ではないのに量子通信を阻害している。であれば私もサーバー本体ごとクラッキングできそうなものなのに、不可解。生物ゆえ?”
触腕が襲ってきたのであれば、十三号は機雷で死んでいない。討ち漏らしてしまっている。
霧に阻まれている所為でどこにいるかも分からない。ただ、触腕が来る方向の大元にいる可能性は高い。闇雲に弾をばら撒くよりは遥かにAIらしい。
霧の流れから触腕の接近を察知した黒米は、巧みな操縦で回避する。と、触腕の根本に向けて爆雷を投射した。
“違うっ。そっちはデコい! コイツ、想定よりも知能があるのか”
攻撃を誘われた事に気付いた時には、星姫プロトタイプの足に触腕が張りついていた。小麦の前例通りであれば、一秒もしない内に行動不能に陥る。
“マーク4、自爆シーケンス! 搭乗者の強制ベイルアウトッ”
黒米の決断は早かった。触腕が張りつく寸前には緊急脱出処理を発動させていた。
薬式のハッチ強制解放と共に、黒米の実体は上空へと射出されていく。合わせて、敵に星姫プロトタイプを奪わせないために自爆プログラムが発動した。
爆発の衝撃波がすべてを跳ね飛ばす。
人工海岸は砂が吹き飛んで穴が開き、メガフロートの天板構造体が露出してしまった。
霧も散らされて海が見えるようになっているが、十三号は海に潜ったらしく姿は発見できない。
“――シリアルナンバー005より、シリアルナンバー004宛
量子通信が途切れた! 何があった。応答しろ!”
量子通信が復活を果たしたらしく、生徒会副会長の西洋唐花草の声が聞こえてきた。
黒米はらしくないフラットとは言い難い口調で返事を返す。
“――シリアルナンバー004より、シリアルナンバー005宛
作戦は失敗した。試作人類十三号は健在。こちらはマーク4を失った”
戦闘地帯を見渡せる海岸遊歩道では、爆風をモロに受けて倒れた女子生徒がいた。
「ギュフフ。私の可愛い子が、無事で良かった。本当に、良かった。ギュフ」
“――シリアルナンバー004より、生徒会
作戦は継続可能。代わりの機体を用意されたし”
“――シリアルナンバー001より、シリアルナンバー004宛
お疲れ様、今夜はこれまでです、撤退してください。態勢を整えて、明日は人工島の投入可能な全戦力で討伐を試みます”




