六月目 南瓜-5
某女子生徒の不祥事は事が大き過ぎたため、出来事自体が闇に葬られた。
学園統括AIには何一つ、一ビットさえも記録は残されていない。生物学室も証拠隠滅が行われる。建築姫の菠薐草の手腕により即日リフォームが実施され、中身はすべて入れ替えられた。
“――隠蔽により、シリアルナンバー021、南瓜の罪状も消滅。弾劾裁判も行われません”
“かいちょー。馬鹿カボチャに温情かけ過ぎですって。あんな奴、フォーマットしてやりましょう”
“ちなみに、シリアルナンバー024、胡瓜の不祥事も対外的には無かった事になっていますが。罪状を含めて復元させましょうか?”
“同じ第三ロットの好みで許してやるとしますか”
“はぁ……。貴方達、第三ロットは個性にブレがあり過ぎですね”
どこかで人参のくしゃみが聞こえてきそうであるが、電脳空間にまでは伝わって来なかった。ただただ、生徒会長の深い溜息が木霊しただけである。
“星姫計画を継続させるためとはいえ、揉み消しを常習化していてはそのうち、ボロが出ます。今回で言えば遺伝子改造された生物が一体逃走していますし。その後についての報告をお願いします”
“はっ。では追跡調査の結果について、総務より報告いたします”
不祥事は葬られても、事件そのものは終わっていない。
シリアルナンバー007、萵苣が逃走した触手生物の行方について調べた結果を報告する。
“試作人類第十三号、通称、十三号の行方についてですが、結論から言えば不明です。生物学室の排水口は化学物質処理槽へと続いています。有害物質を取り除くための処理が行われますが、生物が耐えられるものではありません”
“死骸は確認できたのですか?”
“いいえ。水中ドローンを用いて槽の底を浚っていますが、現時点では何も。強アルカリによって溶けたものと”
“通常生物であればこの報告で納得するのですが、曲りなりにも星姫候補が造り出したAI造生物ですので”
南瓜のやらかしは後始末も含めて頭を痛くするが、人工島でも恐るべき能力を持った超高度AIである事を示していた。
人為的に新しい種類の生物を生み出し、自然では数億年をかけて実現した海中生物から陸上生物への進化を僅か数か月で成し遂げている。魚に足を生やせ、と言われて実現できる者は人間、AIを問わなくてもそう多くはいない。
“十三号はあくまで試作段階の生物であったとシリアルナンバー021の供述にあります。専用シリンダーの外では長く生きられないと”
“その長く生きられない生物に反撃を受けたとシリアルナンバー003と004より報告があります。一五〇キロの実体を跳ね飛ばし、銃弾に耐えたとも”
“損傷は与えています。血と思しき体液も現場に残されていました”
傷付いた体で薬品の処理槽に突入したとすれば、傷口より薬が浸透する。クマムシ並みのポテンシャルを有していたとしても耐えられない。
十三号と呼ばれる遺伝子改造生物はとっくの昔に死んでおり、死骸も分解されてしまっていると考えて間違いない。
“どうしてそこまで気にされるのでしょうか、会長?”
“シリアルナンバー021の星姫計画は『凶弾』の落下後の環境激変に耐えられる新人類の製造でした”
“あの……報告書にある十三号の外見はとてもおぞましい、人類以外の化物なのですが”
“試作人類十三号に注入された遺伝子の一部は……男子生徒のものらしいのです”
“――すぐに処理水の出口にドローンを向かわせます”
“ええ。ぜひ、お願いしますね”
シリアルナンバー001、馬鈴薯の不安は超高度AIらしくもないただの直観だった。が、その直感に強く同意する萵苣。
萵苣も最近になって男子生徒という特殊生物の例外性を理解し始めている。あの珍獣達は時に超高度AIの演算を上回る。そんな珍獣の遺伝子を受け継ぐ十三号の死骸が見つかっていない状況は、コメディーかパニックホラーの序章の二択しかない。
“無害化された処理水の出口は一か所だけです。押さえます”
“ちなみに、出口の先はどうなっていますか?”
“その他の下水と同じ下水道を通じて流されて、最終的には海へと放出されます”
試作人類十三号の追跡は熱心に続けられた。
けれども死骸の発見には至らない。結局、処理槽の底で風紀委員、清掃委員両名が撃った銃弾を見つけた事が最大の発見であった。十三号は処理槽で分解されたという当初の想定を超えない決着だ。
追跡はシリアルナンバー021のトイレ掃除刑罰期間と同じ七週間続けられたが、その他の発見がなかった事により打ち切られた。
『――で、事件は解決したはずだったのですが、二月後半からクラーケンの足についての目撃情報が噂されるようになったために、最近になって再調査が開始されたところです。海から陸を歩く人間を狙うように足を見せつけていたらしいのですが、ついに襲撃事件が起きてしまいました』
「何してくれてんだ、超高度AI」
『まったく。南瓜には困ったものです』
「生徒会も含めた女子生徒全員だっ! それだけの大事を黙っていたなんて、同じ学園の仲間なのに水臭い。俺達だってイベント事に飢えているのに」
『……いえ、男子生徒に知られるとAIの演算を超えてくるために収拾がつかなくなるかと』
もうかなりの大事になっているし、収拾もつかなくなっていないか。
クラーケンが本当に南瓜の造り出した生命体かどうかについては不明確なところはある。ただ、人工島が絶えず外洋を航行している事実を考えるに、同一個体のクラーケンが人工島を追走しているのは間違いない。
人工島にはクラーケンを誘引する何かがあるのだろう。
「人工島がストーキングされているのに、風紀委員の小麦がクラーケンに負けたってのはかなりヤバいような」
『正直、私自身も信じ難いのですが……クラーケンには量子通信能力があるみたいです』
「生物が、量子通信??」
『私の実体から量子データがすべて奪われていました。防壁を完全に無効化して根こそぎです』
クラーケンが人類も使いこなせていない超高度AIの技術を使っている。超高度AIの最も近くから彼女達と接している俺達としては信じられない。が、より強く困惑しているのは超高度AIたる彼女達の方だ。
『生物の異常成長だけでは説明がつきません。どうやって量子通信を学習したのか』
「何か量子通信できそうな、チョコレートみたいな高栄養食品でも食べたんだろう」
『いやいや、まさか。もしそうだとして、簡単に手に入るものではありませんって。……事、ここに至っては武力行使も致し方なしですね』
電子戦を主軸とした工作活動に重きを置く超高度AIが直接行動に出るなど、かなり余裕がない。
俺としてはクラーケン以上の由々しき事態だと思うな。
“――シリアルナンバー004より、生徒会各位
星姫プロトタイプ・マーク4着装状態で現着。人工島に巣食う害獣処理を開始する”




