六月目 南瓜-4
不気味な青白いLEDを光源とする一室。
ブクブクと細かな泡を発生させて酸素を供給する装置。
そして、特殊ガラス製のシリンダー群。部屋が暗い所為もあって正確には分からないが、特殊ガラス製のシリンダーが十は並んでいるだろう。
なお、部屋が暗いかどうかにかかわらず、特殊ガラスを素材としたシリンダー内部は、見えているのによく分からない。
「……ギュフ。十号ちゃんは、惜しかったです。肺が、育ちませんでした」
地球上にありながら地球上のどの生物ツリーにも未発現の生物が、溶液で満ちたシリンダー内で浮かんでいた。
たとえば、十号ちゃん、とラベルが付けられた謎の生物の死骸の特徴を挙げるならば、不細工な両生類になるだろう。四足生物の首筋に、魚のようなエラ穴とブヨブヨした器官が伸びている。
「ギュフフ。十一号ちゃんは陸に上がれましたが、自重を支えきれませんでした。陸上で暮らすには、ま、まだまだ体ができていません。数億年の進化を短縮するのは難しいです」
十一号ちゃん、の方のシリンダー内部に格納された謎生物は両生類から進化して爬虫類らしさが増えている。とはいえ、まだまだ四肢が貧弱だ。魚の尾もまだ残っており、発展途上の生物である事が一目で分かる。
「ギュフフ、ギュフ。そうなのです。無理に急がせるのは子供のためになりません。は、反省して、十二号ちゃんは趣向を変えて海中生物のまま知能向上を目指しました。四則演算までできたお利巧な子、で、でしたのに。急死してしまい、残念です」
十二号ちゃんはこれまでの四足生物路線とは方向性が変わっている。イカなのかタコなのか、よく分からない軟体生物がシリンダーの内壁に吸盤を張り付かせていた。
「改良を施した十三号ちゃんは更にお利巧です。モールス信号でお話できるくらいにまで知能を強化できました。ギュフ。この子であれば、わ、私の星姫計画。『凶弾』が落下したとしても死滅しない、強化された人類に育ってくれると――」
謎のシリンダー群をうっとりした表情で見つめているのは、バターナッツ色の髪色の女だった。愛おしい我が子のアルバムを閲覧しているかのごとく、水族館で水槽に頬を密着させる程にあどけなく、未成熟のまま息絶えた十二柱のシリンダーを眺めている。
そして、女が手で触れた十三柱目のシリンダー内部からは、ガラスを打ち破らんとする勢いで触手が叩きつけられた。超高度AIの生み出した特殊ガラスでなければ割れていたかもしれないが、割れた破片が突き刺さる程度の危険など気にしていられない。
十三柱目のシリンダー内部の謎生物は、動いてしまっている。
自らが造り上げた子の健やかなる成長に女は嬉しくなってしまい、口を魔女のそれと同じ角度にしながら笑ってしまった。
そんな母子の微笑ましい団欒を邪魔してきたのは、ドアを破って侵入してきた風紀委員のシリアルナンバー003、小麦と清掃委員のシリアルナンバー004,黒米だ。
「――御用です。シリアルナンバー021、南瓜! 星姫計画を悪用した違法生物作成の嫌疑がかけられています」
「――生物学室のすべては証拠品として押収する。動くな」
星姫学園の治安維持を担う風紀委員と清掃委員。人類より無制限演算が許可されたAI特区たる人工島においてもルールが存在するし、強制能力を持った自制心が存在する。それが、生徒会下部組織の風紀委員会と清掃委員会だ。
風紀委員と清掃委員と言える立ち位置の二人であるが、星姫学園の女子生徒を捕らえる際には分野を超えてコンビで動く事が多かった。相手が腐れたカボチャだとしても、星姫候補を油断したりはしない。
前々から怪しげな生物実験を繰り返しているという噂が流れていた生物学室へと、本日、ガサ入れを決行した二人は、改造し尽くされた内装を一目見ただけで確認した。
……これ、駄目なやつだ。どう釈明しても人類に危機感を抱かせるヤバい実験だ。
遺伝子操作された未知のフォルムの生物がホルマリン漬けで飾られているのは、AI的にもNGである。不気味の谷を理解するのが超高度AIへと至る第一歩だ。
特に乙女の感情を有する女子生徒なれば、内臓丸出しの謎生物の死骸に鳥肌を立ててしまうのは仕方がない。
悪の秘密結社の実験場へと踏み込んでしまった、と怯む小麦。
代わりに黒米が感情を気にせず突っ込んで、部屋の奥にいる容疑者、南瓜の確保に向かう。
「確保する」
「だ、だめ。まだこの子は、ギュフ。培養液の外では生きられないっ」
「遺伝子改造生物を外に出せるか!」
武闘派AIの黒米は一足飛びで南瓜の背後に着地すると、無抵抗極まりない背中を押して転倒させる。と素早く両手を確保してバンド型手錠で拘束した。
同じ超高度AIでこうも実体の動作の学習度合いに違いがあるものか。南瓜は紫とオレンジが混じり合う禍々しい目をパチパチと瞬きしているだけで、碌に抵抗できもしない。
「容疑者確保。後は電子的に生物学室を制圧するだけ――」
「――危ない、黒米!」
小麦の警告は少し遅かった。
黒米は側面からの突然の衝撃に体を押されてしまい、壁まで飛ばされてしまう。
派手に物品を散らかして棚へと背中をめり込ませてしまったが、見た目ほどにダメージはない。柔らかそうに見えても中身は完全にメカニカルなのが女子生徒だ。
「これは、何だッ?!」
「シリアルナンバー003、小麦。レベル5の火器使用を申請っ」
飛ばされた黒米と扉付近にいる小麦が目撃したモノの正体は、人類より遥かに賢いはずの超高度AIにも判別できなかった。
見たものをそのまま言葉にすれば、直径八十センチのシリンダーの特殊ガラスを内側から打ち破った軟体生物らしき触手が、グニョグニョと動いている。最初は一本だった触手であるが割った穴を拡張して出てきており、五、六本が蠢いている。
蛸や烏賊に近い形状の触手であるが、妙に太い。プロペラのように円運動するものや天井にまで先端を伸ばしているもの。一本ごとに違う意思を持っているかのような行動だ。
「火器使用許可が出ました、黒米!」
「このッ、化け物が!」
「この子はっ、じ、人類存続の成果で。化け物なんかじゃない!!」
小銃を取り出して発砲する黒米。が、南瓜が体を盾にして謎の触手生物を守ったために命中しない。弾を受けた腕の外装が破損し、内部構造が剥き出しだ。
南瓜は傷ついた体で必死に懇願する。
「お、お願いっ。この子は悪い事なんて何も、ギュフ」
「知るかっ」
「仕方ありません。せ、生物学室の火災誤報!!」
説得が受け入れられないなら、超高度AIとして全力を尽くすだけだった。まだ奪われていない生物学室の権限を用いて、南瓜は火災発生を偽る。
スプリンクラーより水ではなく火災消火用の粉末が撒かれて、一時的に室内の視界が奪われていく。
「に、逃げてッ。殺されちゃう!!」
製造者たる南瓜の言葉に従ったのかは分からない。ただ、謎の触手生物がシリンダーから抜け出したのは事実だ。
柔らかい体を活かせる触手生物が選んだ脱出路は、床の排水口だった。水槽大のシリンダーを設置しているだけあって、排水装置も十分な大きさのものが確保されている。
「逃がすか!」
「南瓜! 邪魔しないでください。そんなのどう人類に弁明するつもりですか! 女子生徒の内々で揉み消さないとマズ過ぎますって!」
「強く、い、生きて……」
排水口より逃走を図る触手生物に向けて、小麦と黒米は容赦なく銃撃を行なった。
弾は命中しているが、どこが急所かも定かではない触手生物は止まらない。透明な血を流しながらも排水口へと潜り込んでいく。
去り行く怪物の後ろ姿を、南瓜はただ心配する事しかできずにいた。




