六月目 南瓜-3
小麦がやられてしまった。しかもクラーケンごとき軟体動物に。
この事実は俺達の背中をゾっと冷やして恐怖させると共に、級友を助けなければと固く拳を握らせて奮起させる。
「小麦を触手ネタにさせるな。常識枠へと取り戻すんだ!」
超高度AIを捕食する怪物クラーケンへと俺達は立ち向かう。無謀とも言える挑戦であるが、超能力者が五人も揃っているのが怪物の運の尽きだ。
まず、備後がビンゴカードを手裏剣にして投げつけた。
普通の紙なので触腕を斬り裂くなんて真似はできない。が、備後からビンゴカードを受け取ったのであればもう遅い。
「今だっ、備後ソリューション!」
「ビンゴーっ!」
強制的なビンゴゲーム参加により、触腕は思うように動けなくなってしまう。小麦の顔から吸盤も離れていき、代わりにビンゴカードを吸盤で握り締めてしまう。
「次! 因幡! 服を脱げ。強力な透視能力の所為で、着ていても見えないから変わらないだろ!」
「ふ、任せろっ」
透視能力者の因幡に服を脱ぐ羞恥心はない。制服の上着とシャツを脱がせる。
触腕から離された小麦は浜辺に少し埋まった状態だ。星姫候補のボディには先端技術の粋が詰まっており見かけよりもかなり重い。砂を少し掘ってから因幡の服を通して即席の担架にする。引っ張る準備を整えた。
「出雲! 超能力とは無関係に馬鹿力!」
「念聴能力者を舐めんじゃねぇ!! 念聴で聞いて覚えた曲の数々。歌って鍛えた肺活量を見せてやる」
出雲だけに引かせる訳にはいかないので、俺と大和も協力している。浜辺からコンクリート地帯に乗り上げるのが大変だ。
遅々としている俺達を追って、新手の触腕が海から現れた。逃げる俺達を追いかけて先を伸ばす。
ビンゴカードの投擲は間に合わない。どうしたものかと悩んでいると、出雲が進路を邪魔して両腕を広げた。
「出雲ぉおおッ、やめろッ」
「小麦が起きたら伝えておいてくれ。身を挺してお前を救った男は、俺一人だけだったと」
「よすんだッ。男に触手なんて、酷い絵面になる未来しかない!」
「武蔵。世の中、ジェンダーレスだ。諦めろ」
「出雲ぉぉ!!」
触腕が出雲の顔に張りつく。それを無抵抗に受け入れる出雲。
触腕は……マズっという感じに身を引いて、ベチっと出雲の頬を軽く叩いた。気分を害したのか、ビンゴゲームを継続する一本を残し、その他の触腕はすべて海へと戻っていった。
残された俺達は、何か釈然としない気分となりつつ、海に沈む太陽を眺め続けるのであった。
俺達は本日、大切な級友を、親愛なる星姫候補を一人失った。
「彼女はいなくなってなお、魂は今も俺達の傍にいる。ほら、耳を澄ませば、声が聞こえるはずだ」
『あ、あの。皆さん。聞こえていますか?』
「俺達は彼女を忘れない。たとえ、人類の歴史が今年の八月までだったとしても、小麦の挺身は未来永劫受け継がれていく。そのためにも、彼女の実体は男子寮の入り口で一分の一の等身大フィギュアとして飾られていくのだ」
『私を男子寮のシンボルにしないでくださいよ! 賽銭箱を設置しないでっ。銘菓、小麦粉入りのクッキーの販売所も作らないでっ。 私の実体は私のものなので、そろそろ返してくださいよ!』
浜辺より必死に救出した小麦の体は、男子寮の玄関に安置した。あの後、暇をしていた男子共を呼び出して全員で運びだしたのだから、俺達のものだ。
軟体動物の粘液や海水で汚れていた顔は丁寧に拭いた。
顔の周りには夜なべした造花を並べている。
『私は生きていますから。あの時、実体に残っていた量子データはすべて喪失してしまいましたが、別の所にある私のサーバーは無事でした。数秒前までの記憶も同期されています! 人間で言えば、頭をフライパンで殴られて数秒記憶を失ったくらいのケガです』
「そうだ。たった数秒のデータとはいえ小麦は消えてしまったんだ。なんて悲しい出来事か。失われたデータの彼女は最後にこう俺に言い残した。ううううううう、だ。……どういう意味だったんだ?」
小麦サーバーから遠隔操作されているドローンが男子寮の玄関で飛び交っていた。何故か焦っているのかLEDの点滅が激しい。
冗談の通じない超高度AIである。助けに来てくれた恩人の体だから丁重に扱っているだけなのに。
「落とし物は一割の謝礼だから、十分の一サイズの小麦が男子寮の専属コンシェルジュとなるのが楽しみだ」
『んんっ?!』
「それはそうと、あのクラーケンは何だったんだ?」
『知っていますか。地球の深海は宇宙よりも未調査です。この付近の海には古代の巨大生物が――』
「よーし、お前等、パイを持ったな。第一回、男子寮の守護女神へのパイ投げ祭りを始めるぞ」
「なんて罰当たりな事を武蔵はっ。着替えのメイド服は用意しておくから心置きなくやれ」
『私の体に酷い事をしないでェッ』
人質を取っていると思われるのは心外なので、場所を食堂に移す。
小麦ドローンが落ち着きを取り戻したところで、集まった男子全員にクラーケンについて語らせた。
『あのクラーケンを目撃されてしまったので明かしますが、出所は星姫学園の生物学室です』
……生物学室でクラーケン?
『クラーケンというのも見た目が巨大なイカに似ているために、目撃した島民にそう噂されているだけです。名前は試作人類十三号、らしいです』
「……ツッコミ所その一。出雲の噂話は本当だったのか?」
『ネット上の情報は検閲済みです。ただ、人づての噂話は防げなかったようですね。秘密裏に事件を解決するつもりでしたのに、あそこまでの怪物に育っていたなんて』
「ツッコミ所その二。試作人類十三号ってネーミングは何だ?」
『えー、そのー。このたびは愚妹が大変申し訳なく』
生物学室と小麦の妹。情報を組み合わせて適合する人物は、あの女しかいない。
生物学室はシリアルナンバー021、南瓜の居城だ。




