六月目 南瓜-2
本当にいました星姫学園七不思議。具なし味噌汁定食があるのだからクラーケンも存在するものだな。
「なっ、本当にいただろ、クラーケン!」
「喜んでもいいのか、この状況」
「ビ、ビンゴぉぉ」
「いいから逃げるぞ!」
イカの足と表現する事があるが、実は腕である。そして、腕の中でも一番細く長い腕を触腕と呼ぶそうだ。今、丁度、俺達に向かっているのがそれだろうね。間違いない。
目がある訳でもないのに、触腕は俺達に向かってきている。超能力者ならば降って湧いたピンチにも対応してみせる、と言いたいところである。が、ここにいる五人は全員後衛でありオフェンスではないのだよな。
「五人バラバラに動こう。最悪でも一人を犠牲に四人は生きられる」
「そ、そうだな。全員がクラーケンの餌食になるよりはマシだ。いっせーの、で別方向に逃げるぞっ」
触腕はすでに直上にあり、太い影の下に俺達がいる構図。
潰しにかかる瞬間を見逃さず、触腕が落ちてくると同時に俺達は走り始める。
「いっせーの……今ッ!」
五人全員、一丸となって大和と同じ方向に走り始める。お陰で触腕は迷う事なく俺達の後方を追いかけてきた。
「どうして同じ方向に逃げるんだ。ついて来るなよ?!」
「同室を見捨てるつもりか!」
「俺達の幸運グッズたる大和にあやかるのは当然ではないか」
「つべこべ言わず走れ」
「ビンゴっ!」
追尾する触腕は速い。
一方の俺達は砂浜を走っている事もあって遅い。そんな俺達の中でも、一人、ビンゴゲーム一式を抱える備後は一番遅く、軟体に追いつかれてしまう。
「ビンゴぉ?!」
「備後ぉっ! ビンゴのボール回転機を捨てるんだ!」
「ビンゴっ!?」
ビンゴは自分の分身とも言えるビンゴマシーンを捨てられなかった。結果、触腕に追いつかれてしまう。
「ビ、ビンゴぉぉお」
哀れな備後だ。まさか、『凶弾』落下前にクラーケンの餌食になるなんて予想外な最後を迎えてしまうなんて。隕石落下と海洋怪物の餌。どちらも比較できないくらいに悲惨な最後だとは思うが。
「――その場に伏せて!!」
何者かの警告が行われると、俺達の頭の上を高速弾の飛翔音が通過していった。
弾は触腕に着弾したらしい。触腕はウネウネと痛そうに自らに巻きつき動きを止めた。
「ビンゴぉぉぉ?!」
「早く安全な場所まで退避を!」
指示されるまでもなく、備後を四人で押して陸方向へと走って逃げる。
逃げながらも確認した備後を銃で助けた者の髪は、小麦色。
「せっかく通行禁止にしたのに貴方達は。しかも、調査対象を一発で引き当てるのはむしろ運が良いというべきでしょうか」
「小麦!」
シリアルナンバー003、小麦が海のクラーケンに向けて小銃を構えていた。学園内でも武闘派で知られる風紀委員の救援に、感謝感激だ。
「栄光のシリアルナンバー一桁!」
「馬鈴薯、里芋という強烈なイモ族の姉を持ちながらも、穀物類の先達として至極真っ当に育った貴重常識枠!」
「よっ、常識姫! いよっ、常識姫!」
「常識姫って呼ばないでくださいっ!」
==========
▼小麦
==========
“シリアルナンバー:003”
“通称:常識ひ……射撃姫”
“二十五体の星姫候補の中では最もまともな一体。AIらしい計算高さとAIらしい博愛精神に富んでいる。計算される最大の利益を求めて、与えられた役割を全うしようするAIの鑑であり、人類も求める隣人の理想像。
有り体に言って有能な良い人なのだが、性能や性格が中央値に寄り過ぎているとも言える。何をやらせてもそこそこ以上の結果を出すが、隕石をどうにかするウルトラCを捻出するには不向き。
本人も公言している通り、射撃技術については他姉妹よりも秀でているのだが、まったく広まっていない。
外見的な特徴は黄色に近い小麦色なセミロングな髪と目。
内面的な特徴は数学解析であるが、数学については他姉妹も強いので全然目立たない”
==========
何でもそつなくこなす小麦が助けにやってきてくれた。これは勝ったな。
「危ないので私の背後にいてくださいね。異常生物を制圧します」
小麦は手に持つハンドガンを触腕に向けて照準した。人類が用いる銃とはフォルムの異なる銃だ。一番の相違はバレルがなく正方形なところか。
これまで星姫学園で事件は色々あったが、小麦が銃を用いるところは初めて見た気がする。もしかして、クラーケンってかなりの大事件なのだろうか。
二度の発射音がした後、触腕にはダイナマイトで吹き飛ばされたかのような穴が二ヵ所生じる。備後を助けた時にはかなり手加減していたと。菓子箱みたいな銃の癖して、威力調整可とはえげつない。
浜辺に倒れた触腕はビクビク動くだけになる。
「ふう、制圧完了。想定以上の大きさでちょっと不安でしたね」
「助かった、小麦。これで今晩は巨大なイカ焼きで腹を満たせる」
「食べるのはお勧めしませんよ、武蔵君。ダイオウイカはマズいらしいですし、この異常生物についてはちょっと倫理的にもダメかと」
隙無く、ポーチから銃弾を取り出して補充している小麦。
「……クラーケンについて何か知っていそうだな、小麦。現れたタイミングも良過ぎた気がする」
「さ、さあ、何の事でしょうか。そんな事よりも学園まで避難を。まだ来るかもしれませんので」
小麦の警戒は正しかった。念聴能力の出雲と透視能力の因幡も独自に察知している。
波立つ海の中から、ひょっこりと指先をのぞかせる新たな触腕。それも一気に五本。
「異議あり! 触腕は一体につき二本までのはず。五本はおかしい」
「イカではないですから」
「やっぱり何か知っているな」
同時に動き始める触腕に対して、小麦も浜辺へと走って近接戦闘を仕掛ける。
一本目、二本目を手早く撃ち落とし、回り込もうとする三本目と正反対から近づく四本目を射撃し、直上方向の五本目は格好良く下を向いたまま射貫く。ヘモグロビンのなさそうな透明な血が少し、小麦の頬に付着する。
小麦の圧勝だ。クラーケンを寄せつけない。
「――嘘ッ、量子接続。電子的攻撃がッ?! 実体の制御を奪われる!」
そう思ったのもつかの間、小麦は見えない触腕に掴まれたかのごとく停止してしまう。
海から新たに現れた触腕が迫っているというのに、格好良いポーズのまま固まっている所為で恰好悪く掴まってしまった。
顔全体をべっちゃりと吸盤に掴まれた小麦は悲鳴も上げられない。
「なんて事だ。小麦が触手の餌食にッ」
「ううううううう|《人聞きが悪すぎませんか》?!」
まるで魂を吸われるかのように小麦の顔から触腕へと発光体が移動していく。
関節部のモーターを弛緩させた小麦は呼吸停止し、瞳孔の動きも止めてしまった。




