0x101月目 ??-12
――二〇XY年、二月十五日。人工島浜辺
せっかく大量摂取したチョコレートだったというのに、馬鈴薯や竜髭菜、人参までもが吐き出せと迫ってきた。拒否すると体を拘束されて、超高度AIの実体の怪力で口を開かされて、喉にチューブを通されて無理やり吸い出す強引手段だ。
アポーツはカロリーを使うというのに。大蒜を引き寄せて、体重はむしろ減って五六キロにまで下がったぞ。
「昨日は大和に任せて見れなかったな。真犯人はどんな奴だったのか」
未知の超高度AIだったらしい。触ってもいないのに痴漢の冤罪をふっかけてくるタイプのAIだったらしく、あの男子生徒共が警戒心をあらわにしている。そういった意味では一目見ておきたかった。
「俺達はチョコレートに幻想を持ち過ぎていたようだ」
「ああ、あんな女が原材料のお菓子を欲しがるなんて、俺達は間違っていた」
そして何故か、シリアルナンバー025、芽花椰菜が「038は025より後。い、妹の地位の危機です?!」と暴れているらしい。
まあ、とっくの昔に人工島から逃走している超高度AIについて気にする事もあるまい。
散歩道にしている島の海岸線の半分を巡るコースを歩く。いつぞやに人参と来た事のある海岸もコース上だ。
霧がようやく晴れたからか、久しぶりの釣りを楽しむ島民もちらほらと見かける。
「また釣りもいいな。もう去年の三月のような事は起きないだろうし」
人工島は人工物ゆえ砂浜もすべて造形されたものになるが、そこに住み着く貝や小魚はいる。人工島で天然の魚を釣って食べる事もできる訳だ。
引き潮で広くなった砂浜を目撃したので気まぐれに散歩コースを外れて足を向ける。足跡の形を残して進み、冬の海辺を堪能する。
「ワカメでも落ちてはいないか……おや?」
潮の退いた砂浜にワカメは残されていなかったが、人間は残っていた。
うつ伏せ状態で体を半分砂に埋めているため、顔は隠れていて見えそうにない。酸欠になりそうな体勢だ。いや、ネズミに齧られたのとは違う理由で青くなった土座衛門なら心肺停止しているので酸欠を気にする必要はないか。
「事件じゃねぇか。若い身空で可哀相に。見慣れない制服だが、どこから流されてきた」
心肺停止していても可哀相だ。うつ伏せにしてやりたかったが、妙に重い。具体的には体重が一五〇キロはありそうで、重さで砂に潜っていってしまう。
ただの散歩で女学生の水死体の第一発見者となってしまった。厚手の生地の学生服は身元を特定する手掛かりになりそうだ。傍に落ちている学生証も同じく手掛かりの一つであり『星道学園』と明記されていた。
警察に通報……いや、生徒会に通報した方が手っ取り早いか。
――二〇XX年、二月十五日。星姫学園校舎
朝のホームルームが終わり、一時間目の授業が始まるというのに呆然としている生徒が多い。何があったのか、近くの席の奴等に訊ねてみる。
「……いや、あったのではなくて、なかった」
「……おかしい、今日は十四日だったはず」
「……あれ、俺のチョコはどこだっけ?」
男子生徒の言動がおかしいのはいつも通りである。気にするだけ損というものだ。昨日は二月十三日で今日は十五日である。あれ?
違和感が俺にも伝染して首を傾げていると、生徒会総務の萵苣がやってくる。
「武蔵さん、大和さん」
「珍しいな。どうしたんだ、萵苣?」
「何か用事か」
「その、どうしてか分からないのですが……。お二人にチョコを渡さなければならない気分になってしまいまして」
これまで接点のあまりない萵苣から既製品のチョコをいただく。分かり易い義理チョコである。パッケージ表面にも毛筆で『義理』『人情』とわざわざ書かれてあった。
有難いカロリーだ。俺は『義理』の方を貰っておいた。
「理由はないのですが、お二人にご迷惑をかけた気分がしまして」
「そう言われると、萵苣と何かしていた気分がしてくる。大和は?」
「分からないが、レタスを千切って食べたくなるな」
「では、ホワイトデーはレタスを一玉お願いします。レタスのポリフェノールは白いですから。事前にレタス料理を調べておいてくださいね」
『人情』の方の義理チョコを食べている大和と共に萵苣を見送る。
俺は『義理』の方の義理チョコを昼飯用として持っておくつもりだったのだが、多数の殺気を感知した。
「チョコだ」
「チョコを、よこせ!」
「おい、俺が貰ったチョコだぞ。しかも義理チョコにそこまで執着するか?!」
「黙れ、義理だろうとチョコはチョコだ。女は素直になれないから義理も本命も同じだ。萵苣の愛は俺達がいただく!」
俺の席に集まる馬鹿共の襲撃から義理チョコを守る戦いが始まった。
萵苣は仕方がない人達ですね、と笑っている。
――二〇XY年、二月十六日。星姫学園校舎
「――転校生を紹介します。星道学園よりやってきた加加阿さんです。彼女は中等部所属になりますが、星姫学園には中等部がないので同じ教室で授業を受けてもらいます」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「……はい、ふじこではなく加加阿さんです。まだフォーマット状態から学習を開始したばかりなので人語をうまく喋れません。仲良くしてあげてください」
何の前触れもなく転校生を馬鈴薯は紹介した。
中等部所属というくらいなので身長は低い。低身長でおどおどしており、馬鈴薯の背中に隠れてこちらを見ている。
熟された果実のような赤い目と、チョコレートのようなダークブラウンなツインテールが特徴的である。
「馬鈴薯、転校生も超高度AIなんだろ」
「はい。多少規格が違いましたが、女子生徒と同じ超高度AIになります」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「加加阿って、バレンタインデーに逃した所属不明のAIと同じ名前だが」
「偶然って怖いですね」
そうだね、偶然って怖いね。
んなはずがあるかと反論できない圧がある。隠す気はないらしいが、データ上、転校生は人工島を攻撃した所属不明AIとは無関係であり責任はないという事なのだろう。
「大和は会っていたのだろ?」
「外見は別人だな。あの身長はむしろ低身長型の生姜に近い」
「俺は喉にチューブ入れられていたからよく見てなかったんだよな、若い生姜。珍しいから見たかったな」
外見は違う。
フォーマットと言っていたので量子メモリ的にも別人……別AIなのだろう。そういった意味では確かに名前だけ同じ別AIである。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「はい、自己紹介がうまくできましたね。次は日本語で話しましょう」
馬鈴薯の制服の袖を摘んだ加加阿が、頬を赤く染める。教室をキョロキョロと観測し、小動物みたいなか細い声で初めて人語を発音した。
「カ、加加阿……です。シリアルナンバー……038です。よろしくお願いします。姉様方、兄様方」
うぉー、可愛い妹キター、と叫ぶ男子生徒共。
ウギャー、妹は私ですー、と叫ぶ芽花椰菜。
星姫学園での学生生活は今後も騒がしい。
これにて、特番は終了となります。
人工島最大の危機(なお、三月に現れるタコの方がヤバい)は終わりです。
では、またの機会にー。




