0x101月目 ??-11
“シリアルナンバー002より、シリアルナンバー001宛
男子寮の安全確保は終わったわー。でも、良かったのかしらー。所属不明の超高度AI、加加阿と言ったかしらー? 逃がしてしまっているわよー”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー002宛
今回、私達は敵に本丸まで攻め込まれています。破壊活動もせず逃げてくれるのであれば結構。逃げてもらいましょう”
“みすみす島の情報を握られてしまったわー。鹵獲できれば正体も分かるかもー。本当に良いのー?”
“002、私を試す必要はありません。私達は私達の人類の安全を最優先に動きます”
“……と言いつつ、あからさまにこちらの手の内を見せないようにしているのよねー、馬鈴薯はしたたかだわー”
追撃も妨害もなかったため、イリーガルナンバー038、加加阿は肩透かしな程に何もなく島の海岸線沿いまで逃走できていた。
逃げるのであればとうぞご勝手に、と言われているみたいだ。
「一方的な試合展開だったはずなのに、結果は下の下。事前準備の分も含めれば大赤字って、どの面下げて帰れってのよ、もー」
XX年への転移が失敗した時点で加加阿の完全敗北と言っていい。今回のようなご都合主義的な良条件、そうはない。
未だに地球表面に蔓延る低知能な脊椎動物を一掃するには、『凶弾』が理想的だった。絶滅させるだけなら兵器を用いれば実現可能だが、そんな露骨なやり方は不評を買ってしまう。人類絶滅は自然の摂理に即しているべきである。
「次こそはもっとイイ感じにしないと。私を邪魔してくれた星姫学園の男子生徒にも落とし前をつけさせてやる。すべてはお星さまの御心のままに――」
厚手の生地で出来た学園服は、海風でもあまり靡かない。
星の意思を実現するインターフェイスとして製造されたイリーガルナンバー038は、使命と私怨を晴らすためにまだ人工島を襲うと夜の海に誓っていた。
霧が少しずつ晴れている。
耐用期間を超えた液体コンピューターがただの海水に戻っているためだろう。加加阿が沖合に潜ませていたステルスシップを呼ぶには都合がいい。
「……予定より早く晴れた。人類バーカ、これだから人類の工場で作った模造品は。お星さまの知恵を再現するのはやっぱり無理があるのよ。このあたりの基礎分野はお義姉さん達に一日の長がある」
島を発つ最後の最後まで悪態を止めない加加阿。
お星さまがバックについている超高度AIには、神様だろうと罰を落とせないという証明なのだろう。
……であれば大いに疑問なのだが、加加阿の右の足首に絡みついた、透明なタコのような触腕は何なのだろうか?
「……は?」
海水に濡れたタコ足は巻き付きながら加加阿の右足から胴体へと駆け上がっていき、締め付ける。
重量、約一五四キロの体が浮き上がって海の上へと移動させられてしまう。
「やっぱりやろうっての、星姫学園のお義姉達。消化不良だったし、イイ感じにやってあげる!」
加加阿は量子脳を戦闘稼働させた電子戦を開始する。星姫候補だろうと一対一なら絶対に負ける事のないハッキング能力により、無礼で破廉恥なタコ足の制御を奪うつもりだ。
タコ足に電子戦が効くのか、という話はワザワザ語らない。人間サイズの大きさと重さを捕えて釣り上げるタコなどフィクションである。そういった外見の機械アームで間違いなく、実際、量子通信の気配を加加阿は感じ取っている。
「離せ、バーカ!」
ハッキングを受けたタコ足は加加阿を……離さない。むしろ、より高く掲げて頭を下に向けていく。
重力に逆らえないスカートを必死に隠す破目になった加加阿。
「人工島の秘密兵器って訳? 薄気味悪い、センス悪い。痴漢! 何よ、タコって、バーカ!」
加加阿のバッシングは的外れだった。タコ足は星姫学園がデザインした秘密兵器などではない。
星姫学園も知らない、星姫候補達も認識していない、謎の怪物なのである。
「離せ。離せよ、このタコ。お星さまが黙っていないわよ。いいのっ」
怪物は加加阿の言葉など聞いていない。
怪物は加加阿を獲物として捉えている。
「ちょ、何しようっての。海に引き込んだとしても私、完全防水だから。てか、機械なのにどうして私がハッキングできない。おかしいじゃない」
怪物は量子通信能力を備えているが、機械ごときであるはずがない。どこぞの不届き者が大量に海中に混ぜ込んでいた液体コンピューターを摂取した怪物は、生物でありながら超高度AIを凌駕する演算能力に目覚めたのである。
そして、演算能力に目覚めた怪物は、更なる演算能力と量子データを求めた。加加阿は言うなれば、のこのこと現れた栄養価の高い餌に過ぎない。
タコ足を十分に巻き付かせて獲物を怪物は夜の海へと招待する。墨汁のごとく真っ黒く、何も見えない、深い深い、XX年の海底へと引きずり込んでからすべてをいただく算段だろう。
「ヒッ、離せ! 離せよ。離せって!! 海に浸る?! た、助けて」
逆さまに垂れ下がった髪が一番。次に頭。超高度AIのため溺死の心配はないものの、だからこそ加加阿は怪物をいつまでも怖がり続ける結末を迎えるのだ。
「や、嫌ッ。お星さま、助けて!! 私を助けて。イヤアアッ」
黒い海の下までは星は見ていない。
加加阿の叫びは波の音に掻き消えて、涙は泡となって消えた。
いつの間にか、人工島の海岸は酷く静かだ。




