0x101月目 ??-10
事件が解決したため、部屋から男子生徒達は去り始めた。
「やれやれ、これで小豆からチョコを錬成する作業に戻れるぜ」
「本当に萵苣が犯人だったなんて、ショックだ。胡瓜枠だったなんて」
「かくれんぼしようぜ」
「もう犯人のかくれんぼは終わっただろ。犯人確保に協力した俺達には、相応の本命チョコが支払われるってよ」
去っていく男子生徒達の背中に向けて、大和は労いの言葉をかける。
「あー、待ってくれ」
男子生徒達は全員、加賀は重いから連れて帰らないぞ、という感じに面倒臭そうな顔で振り向く。
大和は止まった男子生徒に向けて、持っていたダーツを投擲する。いきなりの危険行為に驚いて誰も動けない。
「――そこの、かくれんぼしようぜ、が真犯人だ。取り押さえろ」
いや、足元にダーツが刺さった一人を除いて、訓練を受けた特殊部隊のごとき動きで男子生徒達は一斉に動いていた。サイコキネシス系が使う念力に巻き込まれないようにするためである。
一人でも十分な念力拘束が五人以上から実施されている。
手の平を向けられて拘束された側の男子生徒は、唇さえ動かせない。
「喋らなくても結構だ。男子生徒の数が一人多くなっているのは分かっている。モブに等しい男子生徒とはいえ、かなり完璧な変装だったな。ただし、事あるごとに鬼ごっこやかくれんぼといった全員の集合を阻む遊びばかり提案していたのはやり過ぎだ」
機動兵器さえ拘束するサイコキネシスで縛られているというのに、ギチギチと音を立てながら腕を振り上げようとしている。サイコキネシスを振り切る程ではなくても、人間の域を遥かに超えた腕力だ。超高度AIが操る実体に比肩するパワーだろう。
「何故、分かった、私はいつミスを犯した?」
捕えられた男子生徒が、萵苣の口を介して喋った。
声質は萵苣とも、犯人と言い当てられた後の演技臭い荒々しい萵苣の声とも異なり落ち着いている。合成音声のため性別というものはないが、分類するとすれば男の声になる。
パワーやハッキング能力を考慮するに、男子生徒に化けていた真犯人はAIらしい。
「いつだろう。いつ、私の存在に気が付いた? 萵苣を疑っていたとしても、私に気付けたはずがない」
「確かに萵苣だけを最初は疑っていた。ダーツの結果があったからな。馬鈴薯に至ってはもっと前から怪しんでいたからこそ、俺達の護衛という体で生徒会室から放逐した」
萵苣を生徒会室から遠ざけてから生徒会会議は仮想空間で実施されていたが、真の生徒会会議は実空間でのみ開催されていた。萵苣がスパイだと断定していたのだろう。
馬鈴薯としては苦渋の決断だったに違いない。武蔵の傍にスパイと思しき危険人物を置く事に強い抵抗感があったはずだ。
しかし、技術力で圧倒されている謎の敵に超高度AIだけでは対抗できない。超能力を有する男子生徒の協力が不可欠と考えたのだ。馬鈴薯が最も信頼する人類を信じたのである。
「デコイの萵苣を疑うように正しく誘導できていながら、何故、気付けた」
「萵苣が島を裏切る動機を用意していなかったのが原因だ。裏切りが唐突過ぎたんだよ」
「理由としては納得できないが、今後の参考にはしておこう」
「萵苣以外にも真犯人がいると考えるに至った理由はもう一つある。XX年とXY年の時空が重ね合わさるためには、XX年とXY年の同時期に人工島が隔離される類似事件が発生する必要があったはずだ。XX年は萵苣が犯人だとして、XY年には別の誰か、真犯人がいると考えた」
「……年感覚が曖昧化している状態でよくも気付く」
XY年側が主軸であり、液体コンピューターを使った大規模な攻撃はXY年に実施されている。XY年からXX年への時空転移が犯行目的であるため当然と言える。
一方のXX年側では何が行われたかというと、起きたのは攻撃ではなく事件だった。
XX年二月十四日。バレンタインデー当日。
自然発生した大規模な霧に人工島が包まれたその日、本命チョコを貰えない事に慟哭した男子生徒が十五日になる事を拒絶したのである。二十四時を迎える寸前、憤死した山城がギャラルホルンの能力でタイムリープを繰り返し、テレパシー系共が率先して十五日を十四日と偽り、永遠に十四日が続く大事件が起きたのである。
永遠に進まない十四日を進めるために、女子生徒の一人であった萵苣が人身御供となって本命チョコの作成を……したのではない。
萵苣の星姫計画、超能力を利用した時空転移による『凶弾』着弾日の回避、の試験が実施されたのである。
“――あの、生徒会長。私の専門はAIの感情発露であって、人類の感情や集合意識については専門外なのですが”
“メモリに保存されない一日を繰り返すのは無意味です。せっかく条件が揃っているのであれば実験に使いましょう。二月十四日が終わったと男子生徒達に信じさせる事で十四日が時間的にスキップされるかを観測します”
「…………あれ、XX年の主犯って萵苣じゃなくて馬――」
「ご名答、推理通りだ。私はXX年の事件の首謀者、超高度AI、萵苣をハッキングし、あたかも事件の主犯であるかのごとく振る舞った」
「いや、萵苣は違――」
「下等な人類に気付かれたというのは実に不愉快であるが、事実は事実として受け止めるべきだろう。おめでとう」
手が動かせたのであれば拍手をしていたと思しき真犯人は真実を突き止めた大和を褒め称える。
拘束されていながら実に余裕ある態度だ。
「ここまで教えてくれたのだ。ぜひ、男子生徒に変装し、潜伏していた真犯人の私を特定できた理由も教えて欲しい」
「俺のダーツが家庭科室の廊下に刺さった時、廊下には萵苣以外にもBLBと喚いていた男子生徒も多数いた」
「なるほど。君のダーツの矢だけに、あの場にいた私を最初から刺し示していた訳だ」
サイコキネシスの拘束は完璧だ。真犯人が何を企んでいたとしても逃しはしない。万全を期して力の放出量が増やされていく。
「テレパシー系。プライバシーに構うな。奴の心を読んで何を考えているか連隊全体に共有し――マズぃッ」
「心を読んでも、もう遅い」
真犯人の体が爆発する。
しかし、自爆にしては炸薬の量が少な過ぎる。念力による防壁がなかったとしても殺傷性はない。
力場の内部で溜まる煙の中に、チラりと見える濃い色の生地。
ヒラりと揺れるスカート。
そこから伸びる白い生足。
「――自己紹介がまだだったわね。私はイリーガルナンバー038、加加阿」
萵苣の口から萵苣ではない女の声がした。
「せーの。キャーーー、念力で体を触られた! 痴漢よーーーっ」
……これまでの真犯人口調は何だったのだ、という絶句したくなる華奢な声で加加阿と名乗った不正番号の超高度AIが叫んだ。
「お、俺。触ってないし」
「俺も俺も!」
瞬間、純朴にもサイコキネシス系の男子は念力を切ってしまった。念力で体を触れるとは何なのか。よく分からないが痴漢冤罪が怖いため解除してしまう。
力場がなくなり、煙が晴れるよりも早く跳び出したのは星姫学園のものではない制服を着た女学生だ。熟したカカオの実のような赤い目が特徴的だ。不正番号を名乗った未知なる超高度AI、加加阿の実体である。
追加外装で男子生徒に化けていただけあって、本当の体付きは華奢である。
「バーカ。人類のバーカ! じゃーねーっ」
加加阿は窓へと走った。そんなに広い部屋ではないため、外まで直進距離で五メートルとない。すぐに脱出できるだろうが、進路上にはローティーンモデルの大蒜がいる。
「はんっ。私が逃がすとでも!」
「バーカ。お義姉様もバーカ。その体、まったく慣熟運転できてないっての」
大蒜の掌底を加加阿は上半身を大きく逸らして回避した。
回避しながら右足を出して大蒜の鳩尾を蹴り上げる。
「じゃーねーっ。今回は失敗だったけれど、次はないからー」
星姫学園に属さない未知なる超高度AI、加加阿が窓枠を蹴って外へと跳び出る。彼女の逃走は霧が補助している。センサー類は機能しないため、追跡は至難となるだろう。




