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大和が犯人の名を呼ぶがごとく萵苣の名を呼んだ。そして、その切っ掛けを待っていた男子生徒が部屋の外から次々と踏み込んでくる。
萵苣を逃さないためというのは明らかだ。
「チョコをくれぇぇ」
「チョコぉぉぉ」
「お前等、真面目な話をしているから、後にしろ」
ギブミーチョコレートを連呼する役立たず共であっても肉壁としては機能する。逃走ルートを塞いでいるだけでも十分だ。
「大和さんっ、誤解だとしてもやり過ぎです。チームBLBの絆はどうしたのですか!」
「いや、レタス千切って食ったくらいで絆なんて生まれないだろ」
「急に冷めた事を言わないでくださいよ?!」
萵苣は犯人らしからぬ動揺を見せる。頑張り屋で真面目な総務委員としては当然の反応であり、それだけ見ていると疑わしさは皆無だ。
しかし、大和は確固たる証拠を掴んだからこそ萵苣を問い詰めている。上辺の感情表現に騙されはしない。
「犯行計画は完璧だったが、薩摩の件で焦ったな。まさか、人工島の外にカカオを瞬間移動で買いに行く馬鹿がいるとは思ってもいなかったらしい」
「薩摩さんを襲った犯人については分かっていないです。監視カメラも霧の所為で何も記録していませんでしたよね」
「物的証拠はない。ただ、事件直前まで教室にいた女子生徒は馬鈴薯と人参、それに萵苣の三人だけだからな」
「だとしても、容疑者は三人になるはず」
「いや、馬鈴薯と人参は互いに牽制し合っていたから、互いに白だと証明できる。具体的には、休憩時間に武蔵にチョコを手渡すタイミングを見計らっていた」
「死ね、武蔵ッ」
「鬼ごっこしようぜ!」
「お前ばかりチョコを! 何故だッ」
「ば、止めろ。俺は違ッ。ぐふぁ」
男子一同に暴行を受ける武蔵を無視して、大和は萵苣と対峙する。
「出席していなかった女子生徒が犯人だった可能性はあるはずです」
「人工島は臨戦態勢中だ。持ち場は決まっていて、自由に動ける状態にない」
「超高度AIであれば位置偽装が可能です。この程度では状況証拠にもなりません。確かに怪しさで言えば私になりますが、物的証拠がないのに疑われるのはあんまりです!」
萵苣は私を信じてください。生徒会役員として必ず真犯人を見つけてみせます。こう訴えた。
二人の言い分を聞いている限り、大和の方が確証もないのに言いがかりをつけているようだった。実際、大和には証拠が不足している。萵苣は犯人ではなかったのだろう。
「物的証拠か……時間稼ぎしたから、そろそろ到着す――」
証拠もない癖に、大和が妙に自信を持って萵苣を犯人扱いした理由はただ一つだ。
物的証拠が到着する事を知っていたからである。
部屋の窓が外から破られる。
散らばるガラス片と黒タイツ。窓を外から蹴り破り、そのまま着地して大和と萵苣の間に割り込んだ物的証拠の紅色の髪が舞い踊る。
「――はんっ。よくも私を強制停止してくれたわね!!」
言い逃れできない物的証拠、行方不明となっていたシリアルナンバー010、大蒜の声だ。
しかし、声は大蒜でも背丈が違う。目算十代前半、中学生程度の身長しか有していない。
「シリアルナンバー010ッ! 馬鹿な、どうやって発見を!」
「強制停止コード注入! 今度は失敗しないッ」
小さい背丈で萵苣の間合いに踏み込んだ大蒜。首を掴んだ直接接触で電子戦を実施し、萵苣の体の停止を目論む。
「……くっ、はは! 超高度AIが一度失敗しておいて分からないの? 何もかもこっちが上だって!」
口調と表情を変貌させた萵苣が、同じ失敗を繰り返す大蒜を嘲った。
「技術格差に浮かれて笑っていなさい。自分の霧で窓から侵入してくる私に気付けなかったくらいだから、頭のデキは悪そうね。直接接触で注入してやってんのはアンタの霧だから。首から下の制御、効かなくなってんのに気付かない?」
「はっ……?」
低身長の大蒜に首を掴まれた萵苣は、手足が動かせない事に遅まきながら気付く。気付いた時にはもう体を倒されており、マウントポジションを取った大蒜に完全制圧されていた。
「武蔵のアポーツは成功したんだな、大蒜」
「アポーツ、引き寄せの超能力だと?! 隠した大蒜をアポーツで引き寄せたというのか。い、いや、大蒜の実体の体重は一五三キロ――」
「一五二.五キロッ!!」
「――のはず。対して武蔵の体重は普段の食事が足りない所為で高校生男子平均未満の五七キロ。武蔵のアポーツは自分の体重以上のものを引き寄せできないはずだ!」
不条理に対して、喉のスピーカーだけで怒号を発する萵苣。
大蒜は超高度AIにしては頭の回転が悪い萵苣に種明かしだ。
「頭蓋に格納されている量子脳と背骨、補助バッテリー、冷却装置だけなら約六五キロで済むのよ」
「それでも五七キロ以上だ! 八キロも違う!!」
八キロは誤差としては大き過ぎる。
人工島の時空隔絶によりXX年とXY年が同居。XX年には使えないアポーツがXY年には使用可能になっている。超能力を使った反則技による解決を萵苣は警戒していたからこそ、八キロの差分に安心していた。だというのに、アポーツで一五三キロ――一五二キロッ――の物体を引き寄せたという。データと一致しない。
どのようなトリックを使ったかは、大和がネタバレする。
「強制的に太ったんだ。大蒜をアポーツできる体重まで」
いや、ネタバレになっていない。体重が五七キロの武蔵ならボコられて室内に倒れてい……ない。倒れているのは、変身が解けた筋肉男、加賀である。
新年の野球でも武蔵に化けていたので、新しい隠し芸ではない。
「影武者だと!?」
「萵苣を騙すために用意した」
「いや、それでもおかしい! 影武者が五七キロの武蔵に変身していたのであれば、変身時には武蔵は五七キロだったと言える!!」
「俺達の超能力をよく調べたな。その通り、間違っていない。昼休憩時の武蔵の体重は五七キロを下回っていた」
「だったらッ?!」
「今日はバレンタインデーだからな。あいつは、食ったんだよ」
バレンタインデーに食べる食品など、チョコ以外にありえない。
「八キロなんだぞ。致死量だ?!」
「それでも食ったんだ。XY年であれば、馬鈴薯も人参も竜髭菜も、チョコを用意していた。他にも複数人から」
「馬鹿げている?!」
萵苣の言う通り、武蔵は馬鹿な暴食により現状動けないでいるが、八キロ分のチョコレートを完食すると共にアポーツで大蒜を救出したのである。
大蒜が中学生になっているのも、ダウンサイズの試作品に救出された量子脳を詰め込んだからである。
凍結状態になっていた量子脳が救出された事により、大蒜はこうして復活を遂げた。彼女の証言により萵苣が犯人だと全女子生徒に伝わっている。
犯人確保により事件は解決だ。
「馬鹿な言動ばかりだと、男子生徒を過小評価してしまったというのか。人類ごときに、私は負けたというのかッ」




