0x101月目 ??-8
授業中も島を襲う謎の敵の正体についてあれこれ考えていたものの、超高度AI未満の頭脳で答えが出るはずもなく、結局は放課後だ。
カカオ豆が手に入らないなら、あんこの原材料たる小豆からチョコレートを錬成できないかと相談し合っている男子共が席を立っている。
俺も席を立ち上がって教室を出て行く。
「武蔵さん、調査ならチームBLBの私もご一緒に」
「あー、すまん。手洗いに行ってくるだけだ。教室に戻ってくるから、その後から調査にしよう」
萵苣もチームの一員としての自覚が出てきている。待たせるのも申し訳ないため、急ぎネイチャー・コールを済ませるとしよう。
トイレから教室に戻って来た武蔵は、彼を待っていた大和と萵苣の二人に出迎えられる。
「悪い、待たせたようだ。つい、追加でスクワットを三セットしていた所為だな」
「お前はトイレで何をしているんだ」
人工島の危機を救うべく、チームBLBは今日も自主捜査だ。
しかし、デジャブ多発、年の行方不明、霧による通信障害、と難解事件ばかり多発している。未だ糸口さえつかめていない。
「あの、事件ならもう一つ。少しだけでも校舎裏で襲われた薩摩さんの事を思い出してください」
「惜しい瞬間移動の能力者を失った。筋量が足りなかった所為だ」
「草葉の陰から見守っていろ。必ず仇を討ってやる」
「その、死んではいないかと」
友の死を踏みつけてチームBLBは凶悪な犯人を捕まえるために学園を往く。
何も分かっていないに等しい状態だという割には武蔵の足取りはしっかりとしている。具体的な目的地があるらしい。
「どこに向かっているのでしょうか」
「一連の事件について考えた結果、すべてが一つの線で繋がっている事が分かったんだ」
「本当ですか?!」
「ああ。得られた情報をそのまま咀嚼するのではなく、柔軟な上腕二頭筋のように考えた。まだ犯人までは分かっていないが、推理が正しければ自ずと判明するはず。萵苣には推理が正しいかを聞いて欲しい」
「超高度AIもまだ演算できていないのに、すごい。流石は会長が最重要指定した人物です」
いつもの食堂では機密を保てないと考えた三名は、男子寮へと向かっている。
「……星姫区画が一番機密確保に向いています。場所をご用意しますが」
「いや、内部の人間が招かない限り、権限のない女子生徒が侵入できない男子寮が一番安全だ」
吸血鬼のような性質の女子生徒に対しては、確かに男子寮は聖域である。
萵苣を男子寮の自室まで案内する武蔵と大和。濃霧の所為で夕方か夜か判断できない曖昧な時。年が分からない所為で今という定義が失われている。
時計を無くしたからといって時が移ろうはずはないが、そんな常識さえも霧の白さに漂白されていく気分だろう。
夕日の見えない窓の外を、武蔵は睨むように眺めていた。
「あの、それで、何が分かったのでしょうか?」
焦らされていると感じたのか、萵苣が前のめりに訊ねる。
「すまない。窓の外の霧みたいに白いプロテインを今用意するから、飲みながら話そう」
「いえ、いりません」
「遠慮するな。今日のために用意したチョコ味もある。すまないが俺の部屋から取ってきてくれ、大和」
大和に突然、後頭部を叩かれた武蔵が窓と接吻している。
ごほん、と意図的に咳き込んだ大和が武蔵に代わって一連の事件について推理を披露し始めた。
「俺と武蔵はデジャヴを見たから異常に気付いた。だから、デジャヴが最初の異変のように勘違いしていたが、違う。犯人の最終目的はデジャヴだったんだ。正確には、男子生徒の意識から年の認識が薄れた事により、人工島の内部を時空的に隔絶する事が狙いだろうが」
人工島が時空的に隔絶している、と大和は超常現象のような事を語った。
にわかには信じ難い話であるが、大和は豪運という超常現象を引き起こす超能力者である。話を遮るのは難しい。
「どういう事ですか?」
「事件を順番に話そう。まず、犯人は最終目標の男子生徒を狙う前に超高度AIを世界から情報的に遮断した。液体コンピューターと、液体コンピューターを気化させた霧によって人工島が外部と通信できない状態を作り上げる事に専念したんだ」
霧については女子生徒達の方が詳しいだろうと、大和は霧についての機能的な説明を省略する。ただ、どうして犯人が霧を使って人工島の通信を遮断しなければならなかったかについては説明した。
「男子生徒の年に関する認識を狂わせるためには、まず、生活圏に存在する年に関する情報を狂わせる必要があったからだ。男子生徒だけをどうにかしても、超高度AIという名の高度な時計により認識を補正されては犯行は成立しない」
現実問題として、男子生徒を最高級のセキュリティシステムで警護する超高度AIを先んじて攻略する必要があった。おまけとはいえ、億リットル以上の液体コンピューターやウィルスまで使って超高度AIの年認識まで狂わせるのは犯行計画の必須作業である。
「超高度AIの年認識を狂わせた後は、男子生徒の年認識を狂わせる。頭の緩い奴等ばかりだから超高度AIほどには手間はかからない。薬でも使ったのだろう」
「……男子生徒の年認識が狂う事と、人工島が時空的に隔絶される事の関連性を教えてください」
「男子生徒、スサノウ計画ESP連隊の三分の一はテレパシー系になる。マインドハックや精神感応による伝播によって、人工島の全島民の年認識は超常識的にも狂う。寝ている間や瞑想している間、テスト勉強の合間の部屋掃除の時に発生する深層意識的な部分でのテレパシーはなかなか制限できないからな」
タイムサーバーから誤った日時が配信されてシステム全体の日時が狂うように、テレパシー系の年感覚を狂わされる事により、周囲の人間の年感覚も同調して狂う。
いや、狂うのではなく、真実に置き換わる。
テレパシーによる意識の一体化は形而上の集合意識にさえ影響を及ぼし、現実へと反映される。
もちろん、こんな超常現象はそうそう起きるものではない。けれども、ただでさえ外界から距離を離している人工島が霧という壁で閉鎖されているのだ。スタンドアロン化した島は一つの世界として疑似的に完結してしまった。島民の認識こそが世界なのである。
「結果、島内限定とはいえ、年が曖昧化、時空の壁も曖昧化してしまった」
「超能力自体は色々と証拠が提示されているため疑いません。しかし、さすがに信じ切れないです」
萵苣の困惑はもっともである。『凶弾』ごときで滅びるか弱い人類の認識が現実にまで影響する。ありえない。
「そうか? 二重スリット実験では片方のスリットに入れと祈ると、干渉縞の形が変化するって話だぞ」
「条件の不備に、結果の曲解。人類の解に誤りがある事は演算済みです」
「人類の採点を超高度AIはしてくれるが、超高度AIの採点は誰がしてくれる。超能力を解明できていない以上、超能力者の俺の解を否定する事はできない」
大和がいくら力説しても信じられないものは信じられない。が、人工島では実際に年が曖昧だ。XX年とXY年が重ね合わさった量子的な事態が起きている。
なお、大和達が気付いたデジャヴの多発については、犯行計画が最終段階に入ったために起きた副次効果だった。
XY年の武蔵や大和が、XX年の出来事を思い出している。
または、XX年の武蔵や大和が、重ね合わさったXY年の武蔵や大和の記憶から、XX年の出来事を思い出している。それがデジャヴの正体である。
「犯人は超能力まで悪用して人工島の時空を隔絶した。その目的は……時間の巻き戻し。XY年からXX年への時空移動というのが俺達の推測だ。違うだろうか」
犯行の最終目標まで推理してみせた大和は萵苣に解を求める。
「萵苣、俺達の推理は正しいだろうか?」
「話があまりにも超常的で、私では判断が――」
「おいおい、萵苣。……ここは騙して悪いが、の台詞を言うには絶好の機会だぞ?」




