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第一〇三回、臨時生徒会会議にメンバーが揃った。
実体が揃う事に生徒会長は固執しているが今は余裕ある平時ではない。生徒会室は空のまま、役員達は各々の持ち場で作業しながらの仮想空間での開催である。
“シリアルナンバー001より、生徒会役員宛
ECMフォグの性質調査の中間報告を”
“シリアルナンバー005より、生徒会役員宛
シリアルナンバー006を主軸とした調査チームが解析中です。量子通信を含んだ既知の全通信を遮断する妨害機能については、解析開始より三百時間が経過した今でも突破方法を探れておりません。微粒子同士を連携、対流させるためには何等かの通信を行っているはずなのですが、何も観測されておらず進捗は無いに等しいです”
“敵勢力の技術力が我々を上回っているというのは確定ですか”
“量子バリアでシールドしたドローンさえも霧の影響を受けている以上、そう想定するしかありません”
“由々しき事態です。未知の敵勢力が我々以上の技術を有している。……それだけの技術があるのであれば、白旗を揚げれば星姫計画を代行してくれませんでしょうか”
“白旗を揚げる先がありません。何せ、敵勢力より降伏勧告がありません”
正体不明の敵は人工島に対して明確な敵対行動を取っている一方で、島の通信を遮断する以上の事は行っていない。現在位置すら推定の島に侵攻するならば今だというのに、それが殊更に不気味だ。
“ECMフォグは島を完全包囲後は濃度を維持。シリアルナンバー009の操舵で海流の速い方角へと島を動かしていますが、現状効果がありません”
“シリアルナンバー021より、霧ならびに液体コンピューターには生物的な要素が見受けられるという報告があります。詳細は次回の中間報告までに提出させます”
“かいちょー、デフコン2のまま戦闘部隊は待機継続です?”
“シリアルナンバー024。待機は当面解除されません。最悪の場合は未完成ながら星姫の起動もありえますので、武装化を進めてください”
“この星姫ってXX年の未完成品なのか、XY年の解体作業中のものなのか、どちらなんでしょうね?”
“物的証拠たる星姫が完成していない微妙な時期を狙われましたね。こんな事なら、XY年に星姫のオーバーホールついでに解体なんてしませんでした”
不気味といえば、超高度AIと人類双方の年認識が狂っている状況が酷く不気味だ。シリアルナンバー007、萵苣を通じて報告が行われるまで、生徒会は年感覚にズレが生じている事に気付く事さえできなかったのだ。
現在、島内のAIのタイマーは20XX年か20XY年に二分されてしまっている。星姫候補の女子生徒達についても同様の状態であったが、仕事にならないため、馬鈴薯をタイムサーバーに全女子生徒の時刻を同期し、今を暫定20XX年としている。
“年の曖昧化については原因が分かりましたか?”
“そちらについては。霧によりワールドクロックとの通信が不能となると同時に発症するウィルスが島内のAIに仕込まれていました。XX年とXY年の二通りがある理由はウィルスの感染の有無によるものではなく、ランダムに年を設定するウィルスの機能という事まで分かっています”
“ウィルスの感染ルートは?”
“年末から年始にかけて実施された感情制限実験で配布された無感情化パッチです。会長は非参加でしたが、参加姉妹からの量子通信経由により感染しています”
“去年からとは計画的ですね。しかし、AIウィルスだけでは人類の皆さんまで年が曖昧化している理由の説明がつきませんが”
“人類が霧を吸い込む事により、幻覚症状が発生している可能性が高いです”
“霧に随分と機能を盛り込んだものです。避けようがないので人類の皆さんへの公表は避けましょう”
スタンドアローンとなった島は座標的にも時間的にも外界から隔絶されてしまった。
島民としてはただただ過ごし辛い。が、攻撃にしてはあまりにも微妙だ。
“人類の皆さんには見せられない資産その他は地味に被害甚大なのですが、それはそれとして意図がさっぱり読めませんね”
“XX年であるのにXY年に誤認させたい、あるいは、XY年であるのにXX年と誤認させたいの二パターンのどっちかじゃないですかー?”
“そこにどのようなメリットがあるのかです”
超高度AIの頭脳をもってしても分からない事が多過ぎる。
“突破口は行方不明のシリアルナンバー010です。破壊は観測されていません。島内にいる可能性も高いです。彼女を全力で探し出しましょう”
後手に回りつつも対抗策を模索する生徒会。
“シリアルナンバー007より、生徒会役員宛
私、ものすごく怪しまれています。護衛なのに怪しまれています! どうしましょう”
“……さて、では中間報告終了です。次回開催は一三〇〇に――”
余裕などないので、個人の交友関係については捨て置かれた。
霧が濃いため体育は室内オンリーになりつつも学園の授業は正常通り行われる。
ただ、やはり裏で女子生徒達は動いているためか出席率は低い。馬鈴薯以外には萵苣と人参くらいしか出席していない。出席している三人も量子通信を頻繁に行っているのか、どこかソワソワしている。
対する男子生徒についてだが、いつも通りの全員出席。人工島の危機に一切気付いていない癖に、何故かソワソワしていやがる。トイレに行きたいのなら昼休憩になったから早く行けよ。
「いやー、今年は二十五個も貰えるのか。食べきれるかなー」
「俺なんて今日のために大量摂取しても鼻時を出さない特訓をしてきたぜ」
「義理と本命を見分ける方法を知っているか? カカオが八十パーセント含まれていたら本命らしい。カカオの含有量が多ければ多い程、本気だって。ネットにそう書いてあった」
「何、それはつまりカカオの実を貰えればガチって事か」
よく分からない事を言いつつ、何故か食堂に向かおうとしない多数の野郎共。
長門君も動こうとしていないが、彼の場合は普通に体調が悪いのか青い顔をしている。
「どうした、長門君」
「朝の時点で部屋に速達されていた一分の一サイズの里芋さんチョコが、十二指腸付近で暴れているんだ」
「チョコー?」
何の話だろうかと首を捻っていると、周囲の男子共が殴りたくなる顔でやれやれと口で言っていやがる。
「ロンリー武蔵には関係ない話だからって、一般常識だぜ。やれやれ」
「義理チョコを貰うのにも作法があるってのによ。やれやれ」
「やれやれ、今日が何の日か教えてやろう。今日はバンアレン帯デーだ」
……地球の磁気圏がどうしたという。
「違った。バレンタインデーだ。二月十四日はローマの圧政により婚姻を禁止された男女のために立ち上がった野球監督にちなんで、好きな相手にチョコレートを贈る日になっている。古代からチョコがあったなんてローマは最強だ」
試験管ベイビーの癖にこういうイベントばかりにかぶれる奴等である。
「人工島が忙しい時に、浮かれているな」
「武蔵こそ腑抜けている。チョコを貰える者はチョコを与える者だけだ。口を開けて餌をもらうだけの雛の気持ちでいる奴には義理チョコさえ貰える権利はない。その点、俺達は違う。原産地に薩摩を瞬間移動で派遣してカカオを入手し、サイコキネシスで粉々にし、最高級チョコレートを作成予定だ。最高級チョコレートを女子生徒に配る俺達には最高の本命チョコレートがリターンされるという完璧なシナリオになっている。ゆえに、志を一つに胃を開けておくために俺達は昼飯は抜いておく」
ご丁寧に甘い作戦を語るよな。こいつ等は日々楽しそうだ。少しは島の窮地に気付けよ。
「バレンタインデーが迫って生徒会に咲く一輪の健気な花、萵苣に近付いた浅ましい武蔵や大和に本命チョコはやってこない。せいぜい、羨ましがっていろ」
「そんな事より鬼ごっこしようぜ!」
「俺は甘い物よりポテトスティックが好きだから別に」
ポテトほどにチョコレートに拘りはない。
食堂ではなく調理室に向かおうとする男子共を見送っていると、急報が教室内に木霊した。
「――た、大変だッ。薩摩の奴が何者かに襲われて、原産地への瞬間移動は無理になったぞ!!」
急いで現場に向かうと、校舎裏で男子生徒が倒れているではないか。
「おい、薩摩。瞬間移動の超能力者のお前が闇討ちされるなんて、一体何が!?」
高アルカリ洗剤で満たされた風呂に突入しても死なない薩摩が襲撃を受けたなど、倒れた姿を見ても信じられない。
薩摩はうつ伏せに倒れている。後頭部を一撃……された訳ではなく、口から解けたチョコレートが垂れているので薬によって昏睡させられたのか。
「口から覗く十円チョコ、校舎裏。それから導かれる答えは……犯人Xは薩摩に本命チョコを手渡すと伝えて校舎裏に呼び出した後、薬入りのチョコで眠らせた。これが真実だ」
「見ていたかのような適切な推理だな、武蔵」
男子生徒の行動など手に取るように分かる。ほぼ間違いはないだろう。
飛んできたドローンが牽引する担架によって運ばれていく薩摩。強い薬を盛られたのか明日まで目を覚ます事はない。
「薩摩。そんな……」
「マズいぞ。カカオが入手できない。どうすれば」
「お前等、少しは薩摩本人の心配をしてやれよ」
打ちひしがれた男子共は薩摩を失った悲しみに泣き、拳を地面に振り下ろしている。
愚かな奴等は放置するとして、俺と大和は新たな事件を考察する。
「大和。薩摩を襲った犯人だが、島を攻撃している奴と同一犯だと思うか?」
「事件のスケールが違い過ぎないか。同一犯だとしても、どうしてワザワザ薩摩をこのタイミングで襲うのかが分からないな」
「……犯人にとっても薩摩の行動がイレギュラーだった。どうしても奴をガーナに瞬間移動させたくなかったんだ」
霧に隠れて正体を現さない犯人が、ようやくミスを犯した。
犯人は確実に学園内にいる学生の誰かだ。性別は女性。薩摩がチョコで呼び出されたのであれば間違いない。
深まる霧の中に微かに犯人の尻尾をチラりと見たぞ。
「――よし、馬鈴薯にチョコを貰いに行くか」




