0x101月目 ??-6
チームBLBは一週間かけて島内各所で追試を行った。
結果を報告すると……今年がいつなのか誰も知らない。人類も知らなければ超高度AIさえも知らないという徹底ぶりで年が行方不明になっている。
「二〇XX年か二〇XY年か。そのどちらかなのは間違いなさそうだが、どっちなんだ」
「一年違うだけでも大きく違うぞ。『凶弾』が襲来した年なのか、その翌年なのか」
「私も聞き取り可能な姉妹全員に調査しましたが、回答が安定しません。超高度AIらしからぬ事態です」
情報的、記憶的な改ざんが行われているのは確かだろう。
星姫学園の生徒はもちろん、食堂のおばちゃん、病院の医師、コンビニ店長、商店街の店主、ゴミ出し中の奥様に至るまで。全員の答えがバラバラだ。
世界最高峰の頭脳たる女子生徒達でさえ回答が定まらない。XX年とXY年の割合は丁度、半々だ。
それだけでも問題と言えば問題であるが、同じ人物に対して訊ねても日によって、下手をすると数分で回答が変わるのである。
「……昨日まで二〇XY年かも、って曖昧に答えていた食堂のおばちゃん。今日は、二〇XX年と答えていた。武蔵はどうだ?」
「俺も今日は二〇XX年の気分だ」
「電子的なデータとしてはどちらも存在します。物的な年号情報は確認中ですが、カレンダーや手帳やおみくじに至るまで、人工島はほぼすべてが電子化されています。有望な証拠は得られないでしょう」
超能力だとすれば進行性の精神支配か、あるいは精神感応か。
いや、超能力を用いない強力な催眠術かもしれない。AI否定派の陰謀論のようであるが、人工島全体でサブリミナルか何かで年を誤認させる刷り込みを長期的に行っていたのだとすれば、島民全体の認識を操れる。
いちおう、男子生徒のテレパシー系にも意見を聞いてみたが、アイツ等はもう完全に洗脳済みの所為で「BLBのBが何か言ってら」という態度だ。役立たず共の口には未成熟の動くジャガイモを詰めてやった。
「日に日に濃くなる霧も気分を陰鬱にさせてくれるな」
食堂の窓を見ると、一メートル先も見えない霧で真っ白だ。
暖流の影響と発表されているが、霧が何日も続くため島の生活に影響が出始めている。
「……で、萵苣。本当のところは? デジャヴと年不明以外にも、何か深刻な事態が現在進行形なんだろ」
「い、言えません」
「おいおい、冷たいな。チームBLBの絆はないのか?」
「だ、駄目です。生徒会長に言わないようにって釘を刺されていて」
生徒会に帰属し、チームの絆を守ろうとしないとは。これでは人工島を襲う未知の脅威とは戦えない。チームがチームであるためには禊が必要だ。
大和に対して顎で指示した。
頷いた大和が台所から持ってきたのは……レタス一玉。二人の割り勘であらかじめ購入していた。
「ごほん。えー、古今東西。レタスを使った料理。ただし、サラダとBLBは除く」
「突然、何でしょう」
「チャーハン」
「レタスロール」
大和と俺、それぞれが回答後にレタスを一枚千切って食べる。
「ほら、萵苣の番」
「え、えーと。冷しゃぶはサラダに入りますか?」
「豚肉と一緒に食べると美味いからセーフだ」
萵苣に一枚千切って手渡す。餌付けされた超高度AIはムシャムシャと食べるが、レタスはまだまだ残っている。
「次は武蔵の番だぞ」
「レタス料理。レタス料理。う、うーん。レタスって固有名詞が付く料理がそもそも少ないよなぁ」
「待ってください。まだ二巡目ですが」
「武蔵、がんばれ。チームBLBに真の絆があれば一玉すべてを完食可能だ。もし違うというのであれば……チームはここで解散だ」
「そんなに重かったのですか、この行為?! こんな事でチーム解散しては会長の勅命がぁ」
苦しくも険しい禊が始まった。サラダを封じたのを後悔するくらいに辛い戦いだ。
「頑張って! ねぇ、私のためにも頑張って!」
「駄目だ。これ以上は、もう無理だ」
「武蔵、諦めるな。諦めたら何の料理に使ったらいいのか分からないレタスが一玉残るだろ」
「そんな事ないから! レタスがどれだけ人類社会に貢献している事か」
「俺の番か。レタスバーガー。はい、次」
「あ、卑怯だぞ、大和。BLBの頭文字Bの癖に、そのBを捨て去るとは。恥ずかしくないのか!」
――という茶番を経て、俺達はチームの絆を見つめなおしたのでしたと。
ただただ苦痛な時間が萵苣の心を折っ……打ったのか、小声で人工島の機密事項を明かす。
「口外しないでくださいね。実は現在、人工島は外部と完全に隔絶されています。位置さえも推定となっており、航行が難しい状況です」
外部に漏れるとパニックが起きるレベルの機密だった。怪しまれるかもしれないが、聞かれないようにするのを第一とする。チームBLBはこそこそと食堂の隅にまで移動して顔を突き合わせた。
「まーたBLBが何かしているぞ」
「おい、かくれんぼしようぜ」
「バーカーに近寄るな。ハッピーセットにされるぞ。行こう行こう」
まるで俺達を避けるがごとく生徒達が食堂から去っていった。運良く他人がいなくなったので安心して萵苣に問う。
「嘘だろ。世界と敵対したとしても圧勝するって豪語している人工島が、妨害電波ごときで迷子なのか」
「電波ではなく霧。正確には海水に擬態した液体コンピューターに通信全般を邪魔されています。光学観測機を使った観測も霧により、三日前より不能になりました」
「濃霧がっ? テロリストにできる規模の妨害工作ではないだろ。複数国家が関わって人工島を掌握しようとしているのか?」
「人類国家の関与については当然ながら考慮しています。が、生徒会としては別の可能性をより深刻に考えています」
「別の可能性?」
超高度AIに管理された人工島をどうやって航行不能にしたのか。人類ごときが太刀打ちできるはずがないというのにどうやったのか。難解ミステリーみたいであるが、しごく単純な方法を人類国家は有している。
「星姫候補の誰かの陰謀か?」
「島内の姉妹が関わっているのであればまだマシでしょう」
「その言い回し。まるで島の外に無制限学習可能な超高度AIがいるとでも言いたげな」
目には目を歯には歯を。
化物には化物を。
ダイアモンドを削るのにダイアモンドを使うように、どこかの誰かが新たに超高度AIを特注したと仮定すれば、それなりに筋は通る。
「ジェ、ジェネリック星姫候補か……」
萵苣の奴。冗談気味な俺の言葉に対して、困っていますよ的な感じに頷いてしまった。
「いるかもしれません」
「いるのか!」
「いえ、いないはずなのですが。私達を造った製造メーカーなら造れなくはないので。人工島の成果を接収するためだけに義理の姉妹を再生産して、島に攻撃を仕掛けているのかも、という意見もありまして」
知らない姉妹がある日突然、襲い掛かってくるってどんなサスペンスだ。
ただ、義理姉妹の存在を示唆した萵苣自身は可能性はないと考えているようで、存在を否定してくる。
「言っておいて難ですが、以前から危険性だけは私達も議論していたので。各国の資金、資源、そして情報の流れは常に監視しています。これまでのところ義理姉妹が製造された兆候はありません」
「義理姉妹はいない可能性が高いと。だったら、結局、誰が人工島を攻撃している? 液体コンピューターなんてものをどこで作った?」
「星姫候補級の超高度AIが実行犯なのは確かなので、姉妹の誰かが外部勢力に組した可能性を主眼に現在調査中です」
霧が濃くなってきて一週間が経過している。それだけの時間があって未だに星姫候補が「調査中」などという言葉で回答を保留にするなんて、事態はかなり深刻である。
犯人の目星がつかないのであれば、別側面からの推理に頼る。
定番としては動機だろう。
「島の外の人類の思惑についての推測は容易です。人工島の特区権限たる超高度AIによる無制限研究によって生み出された技術群、その接収が目的と推定されています」
「液体コンピューターなんて人類未到達の超技術を造っている奴等が、今更、島の技術を欲しがるのか?」
「星姫計画の独占を望んでいるのではないかと」
そんな実体皆無な計画を独占したところで世界の覇者にもなれないどころか、人類滅亡を知って絶望するだけだというのに、何たる徒労か――いや、XY年だとまた違うだろうか。
島外国家に協力している謎の超高度AIはその徒労を分かっていると思われる。悪女だな。
「実行犯の超高度AIの思惑については調査中です」
「また調査中か」
動機もよく分からないとなると、次は凶器からの推定になる。
ナイフなのか包丁なのか重い鈍器なのか。そういった事実からでも犯人像が分かるというものだ。液体コンピューターなどという高度な手段を用いているのであれば、得られる情報は相応に多い。
「海水に擬態って何百万トン用意したんだよ」
「いえ、何億トンという予想です」
「どんだけ用意したんだ。というか、それだけの量を用意できるものなのか」
「製造方法については不明です。蒸発によって霧化する事により広範囲に通信障害を起こします」
霧の外を観測するべく量子通信ドローンを何機も飛ばしたらしいが、すべて音信不通になっている。GPSもWifiもBluetoothも糸電話さえも、すべて駄目だった。
「通信阻害する霧ねぇ。人工島を霧で覆ったのは、島を航行不能にするためだろうか」
「島の航行を邪魔するだけなら、スクリューを直接狙うだろ。手段が無駄にオーバーテクノロジー過ぎないか?」
大和の言う通りだ。航行不能にしたいだけなら霧という手段は使わない。
「馬鈴薯達の見解は?」
「現在調査中のため、回答は保留状態です」
「三度目の調査中か。……BLBのL、もう一玉いくか?」
「ほ、本当です。信じてくださいっ」
凶器たる霧についてもサンプルを採取して詳細調査中というのが萵苣の談である。
調査中ついでに、デジャヴ多発、年が分からない、という謎現象についても――。
「現在調査中です――」




