0x101月目 ??-5
「おい、武蔵と大和の間にいるのは?」
「真ん中の美人は、萵苣だぞ。なんて羨ましい」
「三人揃って歩いている。BLBだ! BLBだぞ!」
放課後の廊下を歩く大和、萵苣、俺に向けて、まだ学園校舎に居残っていた男子生徒共より羨望の声が上がる。
それはそうだ。せっかくの共学だというのに女子生徒と手も繋いだ事のない悲しき生き物、それが男子生徒という生き物だ。美人揃いの女子生徒に臆して声をかける事すらためらっているようなシャイ共が、萵苣という名のアイドルと歩く俺達を羨ましく思わないはずがない。
「BLBだ。男子、萵苣、武蔵! ボーイ・レタス・バーカだ!」
「BLB!」
「おーい、鬼ごっこしようぜ」
「BLB!」
「黙れ野郎共!! いくら羨ましいからって、大和を馬鹿呼ばわりするのは許さねぇぞ」
「馬鹿はお前の事だろ、馬鹿」
「ええっと。皆さん、お静かに。私共はバーガーの具材ではありません」
ええい、やかましい男子共だ。
お前等は容疑者にならない程に馬鹿なのだ。野郎に用事はないのだから、散れ散れ。
「女子生徒を探さないといけないというのに、邪魔しやがって」
「女子生徒を訪ねるのであれば、公開情報より居場所を特定できますが」
「いや、デジャヴを起こしている犯人を捜しているのだから、ただ会いに行くつもりはない。……おい、大和。出番だ」
「よしきた」
大和を最初に仲間にしたのは男手欲しさだけではない。超常識手段により、容疑者を割り出すためである。
豪運、それが大和の超能力。見える形としては何一つ現れないが、大和がガチャを回せば毎回虹色に光る。統計学を葬り去る迷惑な男なのだ。
デジャヴ容疑者を特定するための材料はこちら。大和と、どこの教室にもある学園の地図とダーツでございます。
「どうしてこのようなものが家庭科室に?」
「で、学園地図に向けて大和がダーツを投げる」
立ち眩みでクラっとしている萵苣をよそに大和が綺麗なフォームでダーツを投擲する。
針先が刺さったのは……家庭科室を出てすぐの廊下。
つまりここだ。ここにいる女子生徒は萵苣一人だけ。
「まさかっ。萵苣、お前も胡瓜と同じく残念な裏切り者か!?」
「キュウリはウリ科、レタスはキク科で同じではありません。断じて裏切るなどとっ」
「残念だよ、生徒会。いや、萵苣」
「む、無実です! 何故ダーツが刺さっただけで疑われているのか分かりませんが、きっと何かの間違いです」
まあ、俺達もダーツ一本で決めつけようとは思わない。大和の豪運もガチャのレア排出率くらいの確率で外しはする。
大和に二本目のダーツを手渡して、二本目を投擲。
お、ダブルブルか。
「騙して悪いが?」
「騙していませんわ?!」
「敵は生徒会にあり?」
「生徒会は敵ではありません!」
萵苣の泣きの一回でダーツの矢が大和の手に。ほぼ決まったようなものだが、ダーツのルールには従おう。
「〇ジェロ! 〇ジェロ!」
ぽいっと雑に投げられた矢は、吸い込まれるがごとく家庭科室の廊下に。
「トリプルブルだな」
「し、信じてくださいっ。お願いします。私に二心はありません」
「毛利さんいわく、三本の矢は折れない」
「どうしてこのような窮地に?! 会長のタスクを果たすはずがぁっ。どうしてぇぇええ」
目尻に大粒の涙を浮かべていて可哀そうであるが、レタスからは白いポリフェノールが流れ落ちるものである。
とりあえず、署に……いや、食堂に萵苣を連行するとしよう。
超高度AIらしくもなく、涙目となった萵苣を長椅子に座らせた。
「まあ、温かい白湯でも飲んで少しは落ち着けよ」
「すみません。すみません」
「ほら、今日の日替わりは丁度、牛丼だって。大和が奢るからさ」
「いや、武蔵が泣かしたのだから奢ってやれよ」
こんなに涙脆い超高度AIだったとは、容疑者とはいえ悪い事をした。
というか、俺も大和もただのダーツで萵苣を犯人と決めつけた訳ではない。ただ、家庭科室の廊下にデジャヴの重要参考人がいたに過ぎない。
「……あの場に容疑者Xがいたのは間違いないだろうが。食堂まで付いてきている奴はいないな。萵苣もどうだ?」
「食堂を盗聴している人物はいないかと。量子バリアのない施設なので完全とは言えませんが」
「いや、下手に警戒し過ぎると容疑者Xに感づかれる。俺達は馬鹿をしているフリをして、容疑者Xを油断させるんだ」
「な、なるほど。これまでの馬鹿な言動はすべて馬鹿なフリだったと。超高度AIの頭脳でも判別できない程に精巧な演技だったとは。さすがは会長が最重要警護対象としている人物だけあって、策士です。尊敬に値します」
「よせやい。同じ学生だろ」
俺達はチームBLBだ。
顔を寄せ合って内緒話を開始する。
「デジャヴについて、生徒会は何か情報はないのか?」
「いえ、特にそのような事は。超高度AIに既視感というものはありませんので、理解できていないだけかもしれませんが」
女子生徒よりデジャヴについての報告はないらしい。となれば、人類だけが何かの影響を受けているのだろうか。いや、決めつけるのはまだ早い。
例えば、女子生徒は高性能ゆえにデジャヴに気付けないと仮定した場合はどうだろう。己の高精度な論理演算と、非論理的なイメージに過ぎないデジャブを混同したまま生活しているのではないだろうか。デジャブを演算結果と信じて、デジャブを見せる第三者の誘導を受けている危険がある。
「無理のある仮定に思われます。超高度AIの演算に割り込むという事は、超高度AIをクラッキングするという事です。何重にも存在するセキュリティ防壁を突破する必要があります」
「超高度AIならクラッキングは可能ではないのか?」
「可能かもしれませんが容易ではありません。管理者権限を有しているならばともかく、不正手段で超高度AIのセキュリティを突破して、しかも、セキュリティを突破された事さえも気付かせないというのは」
萵苣は否定的だ。世界で最も賢い二十五姉妹としての自信があるのか。
「……まあ、上野ならできるだろうが」
「何か?」
「いや、独り言だ」
超能力に対するセキュリティは確立されていない。知性がある超高度AIだからこそマインドハックされると思われる。
ただ、上野の名誉のために言うと、アイツは許可なくマインドハックする事はない。常識改変で爛れた学園、などという同人誌的な欲望を持たない鉄の意思を有するからこそ、上野にマインドハックは発現したのである。
なお、上野がモテ始めたなら、男子一同は責任を持って奴を処分すると固く誓っている。
「危険を覚える程に武蔵さん大和さんが見ているデジャヴは現実感があって精度も高いのでしょうか?」
「現実感も精度も高いよな」
「ああ、更には頻度も高い。一瞬時間が戻ったか、と思うくらいに」
食堂の壁にある時計を見上げながら喋っていたら……瞬間的に時計の針の秒針が戻った。
「――一瞬時間が戻ったか、と思うくらいに」
「お、大和が喋っている間にもデジャヴが起きたぞ」
「ものすごい頻度ですね」
どこかのボスと対峙した時のごとく、常に時計を見ながら話をしていないといけないだろうか。パーソナル端末を開いて時計を開いておくか。
「……あれ、年が間違っているな。壊れたのかな。萵苣、今は何時だ?」
超高度AIに時を訊ねる程に贅沢な質問はあるだろうか。
年が狂っていたパーソナル端末の代わりに、萵苣が誠実に日時を答えてくれる。
「――二〇XX年の二月七日、十七時二十三分ジャストです」
澱みない答えだった。超高度AIの言う事なので間違いなどありえない。
「ちなみに『凶弾』到来はいつだっけ?」
「『凶弾』は二〇XX年の八月襲来です。間違えようがないと思いますが、どうかされましたでしょうか?」
いや、俺の認識でも『凶弾』は二〇XX年に来た事になっているので間違いはない。
ただ、俺の認識では、今年は二〇XY年のはずなのだが……違ったっけ?
「……去年の内に『凶弾』ってもう迎撃しなかったか? いや、まだだっけ、大和?」
「……深宇宙で俺達が遭難したのは去年だったはずだ、が? でも、『凶弾』は今年やってくる。おや?」




