0x101月目 ??-4
次の自分の行動を幻視する。
いわゆる既視感やデジャヴと呼ばれているこの事象が最近多い。二月になってからはより顕著になっている。複数を例示できるくらいに多いのだ。
たとえば、学園の小テストの内容が始まる寸前に見えた――そんな寸前に見えてもチンプンカンプン。
たとえば、食堂の日替わりメニューが朝目覚めた瞬間に分かった――俺は日替わりメニューを買わない主義のためスルー。
たとえば、星姫カードのレアリティがすべてコモンだと袋を破る前に察知した――いい加減、当たれ。
「どう思う、大和?」
「全部、武蔵の気のせいだろ。無意識下に記憶した情報が偶然その場の状況と一致した時に、未来を予知していたのだと脳が錯覚を起こしているだけだ」
「超能力者が、夢もロマンもない現実的な考察を言う」
「武蔵の超能力はアポーツのはずだ。未来予知が発現する余地はない」
いやまぁ、スサノウ計画でも複数能力の発現は確認されていなかったが。複数の超能力を扱うには人間の脳の性能が不足するからではないかという仮説はある。
俺も今更、新しい超能力を欲しいと思っている訳ではない。ただ、こうも一日に何度もデジャヴを見てしまうと何かあるのではないかと疑ってしまう。
「そこまで多くはないが……言われれば確かに、俺もデジャヴを見ているな」
「もしかして、大和も?」
「ああ。マンションのベランダから落ちてくる鉢植えを幻視してキャッチしたり、車道に倒れ込む姿を幻視しておじいさんを助けたり、株価の下落を幻視して損切りしたり、サイコロステーキトラップを幻視して回避したり、星姫区画に隕石が落ちてくるのを幻視したり、そんな些細なデジャヴだ。デジャヴというのもおこがましい」
「それが些細って、どんな人生なんだよ」
主人公ムーブな大和が気にしていないのに、俺が気にするのはどうなのか。気にし過ぎなのではないかと考え直してしまう。
いや、惑わされるな。この大和は特殊な訓練を受けているだけだろう。
「何かが起きている、ような気がしないか?」
「デジャヴを引き起こす異変って、どんな異変だ」
「それは分からないが……とりあえず、第一容疑者を当たろう。大和も手伝え」
「仕方がない」
大和を連れて真っすぐに向かった先は、生徒会室。学園で最も清廉潔白――白々しい伏魔殿――な場所であるが、残念ながらそこに容疑者は在籍しているのだ。
放課後になったばかりで容疑者がいるか不安だったが、どうも会議に招集されていたらしい。無事に発見する事ができた。
「頼もう! 御用改めだ」
「胡瓜、御用だ!」
男子生徒二人で踏み込んだ平凡な空き教室を利用した生徒会室には、役員の四人がコの字に並べた勉強机に座っている。
「はぁ? 突然現れて、何を言ってんの」
四人の中で真っ先に俺達を非難してきた女こそが、最重要容疑者だ。
「胡瓜。今、自白するなら罪が軽く済んで一夜漬けで済む。糠の香りも一か月で抜けるぞ」
「胡瓜。お前に黙秘権があるように、武蔵にはお前に漬物権がある。早めの自供を勧める」
「訳の分からない。もう、この男子共は何を言っているのでしょうーね、かいちょ―。早く神聖な生徒会から排除しましょう」
生徒会役員でありながら第一容疑者として挙げられたのはシリアルナンバー024、胡瓜。人工島で人知を超えたよく分からない出来事を起こせる存在は二十五体に絞られる。その中でも性格に問題があり、前科もある奴を疑うのは必然である。なお、動機についてはこれから確認する。
しらばっくれているのか、今は同じ生徒会役員の会長、副会長、総務の三名にぶりっ子を振りまいている。見た目だけは美少女な超高度AIが計算された猫なで声を発している様子に、人類代表として盛大に肩をすくめてやる。
「もう少し機械学習で精度を高めてから笑顔を作れよ、胡瓜」
「うっさいわっ!」
「……はぁ、胡瓜、罪を告白しなさい」
「かいちょーっ?! 私は冤罪ですよ」
生徒会長のシリアルナンバー001、馬鈴薯が長い溜息と共に書記の胡瓜を問い詰めた。胡瓜女に対する姉妹機の信用度も俺と変わらない。
「デジャヴ頻発の犯人はお前だろう、胡瓜」
「デジャヴって何の事?」
「どうせ、俺が見ている光景は仮想現実ってオチだろ。また俺を捕まえて変な機械にでも繋いだか」
「いや、本当に何の事よ??」
「言い訳は署で聞く。大和、連行するぞ」
上野を代表とするテレパシー系のもとへと連行して尋問すれば一発である。普段は女子生徒のプライバシーを覗かない紳士達であるが、胡瓜女に対しては容赦しないだろう。
胡瓜とテロリストとは交渉しない。有無を言わさず、俺と大和で左右から胡瓜の腕を掴み、連行を開始する。
……いや、一人の女子生徒の声が俺達を呼び止める。
「お待ちください。胡瓜は確かに愚かな妹ですが、今のところは何もしておりません。今のところは」
生徒会役員の一人、シリアルナンバー007、萵苣が待ったをかけた。
長い髪は表と裏で色が違う。外側の黒に対するライトグリーンのインナーカラーだ。
真面目系というカテゴリーでは隣にいる副会長の西洋唐花草と同じであるが、萵苣の場合は、真面目に頑張っている系、とやや趣が異なる。超高度AIである時点で人類を超越するくらいに頭が良いというのに、本人は姉妹機のみならず人類に対しても謙虚な態度だ。精進が足りないとばかりに学園の授業でさえ熱心に聞いている。
「あの事件を起こして以来、胡瓜は私が専任で監視しています」
「えっ、そうむちょー。私、それ聞いていない、けど」
「胡瓜に不審な点はなく無罪です。私が保証します」
「なるほど、萵苣が言うなら信じられる」
「私の言葉は完全に無視していた癖に! これでも私、星姫候補の一体だっての」
胡瓜を解放するが、これで第一容疑者にして最大の容疑者が白になってしまった。真犯人を探し出す必要があるが、弱ったぞ。同じ学園の仲間に対して証拠もなく強硬手段は取れない――ただし、胡瓜女を除く。
「――何かにお困りであれば、生徒会が協力しましょうか。生徒のための生徒会ですもの。遠慮はいりません」
ふと、馬鈴薯が助け船を出してきた。
俺のデジャヴが続くという非論理的な困り事に生徒会が協力を申し出るとは。このジャガイモ女、正気か。
「私と副会長は忙しいので難しいですが、胡瓜か萵苣であれば、すぐにでも貸し出せます。本当は小麦か黒米を任命したいところですが、彼女達はすでに別任務で動いているので」
「ドラフト一位指名、萵苣で」
「私も選択肢に入っているのに即答すんな!!」
生徒会役員の萵苣の協力は頼もしい。容疑者の女子生徒を相手にする部分で同性の協力は必要になるし、生徒会役員の権限があれば島の全AIを臨検できる。
強権という意味では馬鈴薯や西洋唐花草の方が強いのだろうが、隠しきれない腹黒さもある。中庸な萵苣はそういった意味でも適任だった。
「では、くれぐれも頼みますね。萵苣」
「はっ、会長のご命令は必ず達成します!」
「馬鈴薯。ちょっと萵苣を借りるからな」
「はい、お役立てくださいね」
萵苣を新たなパーティーメンバーに加えて生徒会室を出発する。
人員が三人に減った生徒会室では、量子通信を使った静かな会議が再開される。
“シリアルナンバー001より、生徒会役員宛
男子生徒も現状の違和感に気付き始めたようですね。デジャヴを感じる、というのが気になります。人工島の現状との何かしらの因果関係があるのかもしれません”
“生徒会長、関係性があると考えるのは早計かと。我々にはデジャヴは感じ取れませんし”
“いえ、行方不明になったシリアルナンバー010がワールドクロックの異常について報告を残していました。島外との通信が完全に遮断されている現状では報告の真偽について確認のしようがありませんが”
いつもであれば、量子通信しながらも世間話的に口でもうわべの会議を実施する生徒会であるが、現状、彼女達にその余裕はない。
“かいちょー。沖合のECMフォグ、濃度を増しつつ人工島を包囲中です。発生源は島を包み込む海水そのものでほぼ確定しています”
“島全体を包む海水が巨大な液体コンピューターですか。これが人類の手腕によるものであればお見事、で済む話なのですが”
“衛星通信も不通。島の観測機についても電子的な破壊工作により復旧中。復旧のめぼしはついていますが、その頃には霧がより濃くなっていて使い物になりません”
“人工島を情報的に封じ込める敵勢力の狙いは何でしょうか”
“星姫計画の一時中断を餌に、全星姫候補に対して演算させていますよー”
“急いでください。敵の狙いが分からない間は、男子生徒の警護レベルを引き上げます”
生徒会長の馬鈴薯は、稀有にも焦りを見せている。彼女の演算にこのような事態は存在しない。
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー007宛
最重要人物の護衛任務。確実にお願いしますよ”
“最上位権限者よりの直接命令であれば何を押しても達成してみせます。まずは、円滑な関係を構築し、自然な形で護衛任務を実施予定です”
“期待していますよ”
“はっ”




