0x101月目 ??-3
個人学習自体は真っ当に終えた。三か月後には収穫できる予定である。
「春には芋生活。勝ったな」
将来のレパートリーの強化にほくそ笑みつつも、今晩のカロリーはどのように確保するべきか。俺の財布は相変わらず薄い。
「ビンゴー」
「備後か。すまないな、俺は食べられる雑草を探すのに忙しい。グラウンド周辺のタンポポは根っこも含めて狩り尽くしてしまってな」
裏山の雑草、花壇の花、海岸線の貝。色々とポイントは存在するのに季節が悪くてなかなか食事にありつけない。
「鬼ごっこしようぜ、武蔵」
「おいおい、小学生かよ。俺も参加するぞ! 真祖の復活は三回までな」
デーモンハントに勤しんだ所為もあり、今夜の収穫はゼロだ。仕方がないので食堂にある中濃ソースをエア野菜炒めにかけて食べるとしよう。
本当はコーヒー用のシュガースティックが一番なのだが、前に食堂のおばちゃんに怒られた気がする。
食堂に到着すると、丁度、部活帰りらしい生徒達で賑わっていた。運動系、文科系、サイコキネシス系がそれぞれグループを形成している。
どこに合流すれば楽しそうか。
「加賀、目標体重までまだ五キロだ。水着姫に変身するためにプロテインを飲め」
「ドロー。攻撃力150の分葱を召喚。攻撃力100の胡麻を撃破……何っ、死語蘇生カードだと!?」
「念力で茶碗の中にある米粒をいかに早く移動させるか。今日はその最適解について語ろう」
どこも楽し気だが盛り上がっている最中だな。遠慮しておこう。
若い体を中濃ソースだけで支えるのはやはり無理があった。深夜になってから地響きのような音を胃腸が響かせている。
胃に向かって自分が吸い込まれていくような感覚だ。ブラックホールに墜ちながら寝続けるのは厳しい。
「我が眠りを妨げるとは。水攻めにしてくれる」
ノンカロリーで胃を膨れさせる水道水を求めて起き上がる。
相部屋の大和の穏やかな寝顔にコップで冷水でもぶっかけてやりたい気持ちになりつつもスルー。学生指定のちゃんちゃんこを羽織り、それでも夜の冷気は耐え難いため更にコートを着込む。
「風が冷たっ。かなり沖合を航行しているみたいだ」
北半球のどこかの海を航行しているのだろうが、正確な座標は開示されていない。航路を知っているのは超高度AIを除外すれば船長くらいか。我が島は機密保持に余念がない。
島民にとっては当然の生活も、島外の人類にとっては未知のオーバーテクノロジーだ。
人類救済のためのAI特区を宝島か何かと勘違いして陰謀を働く者は多い。超高度AIを無制限に働かせれば、どんな問題も解決できると多くの人類が信じてしまっている。
やるせないが、まあ、人類なんてそんなもの。マッドな白衣共がいなければ俺達も生まれていないので人類の暗黒面も……いや、やっはりあいつ等許さねえ。
「んー? 夜の男子寮に不審な影が。まさか、某国の工作員か?」
門限はとっくの昔に過ぎている。こんな夜分に、寮の玄関口に数人分の気配があるのは実に怪しい。
人工島の機密を奪いにやって来た諜報員だとすれば、いい度胸だ。男子寮に忍び込んだ事を後悔させてやる。無限ビンゴゲームの刑が待っているぞ。
「しぃー。武蔵、静かにしろよ」
「そうだぞ。寮母AIに気付かれるだろ」
「その声は、出雲と山城かよ」
諜報員かと思えば違った。俺と同じ男子生徒。念聴能力の出雲に、ギャラルホルンの山城だ。
「こんな夜更けに何している?」
「夜食を買いにコンビニに行こうと」
「寒い冬の夜に食べる温かいカップ麺はうまいぞ。留置所で食うカツ丼の次にうまい食べ物だ」
まるで留置所でもてなされた経験があるみたいな言い方をする山城。まあいいさ、今から寮母AIにチクってやるから、豚箱でカツ丼を待っていろ。
「門限破りは重罪だ。三時間の社会奉仕活動は確実だぞ」
模範学生たる俺はパーソナル端末を開く。超高度AIに拾ってもらい、学生生活まで過ごさせてもらっている恩を忘れた不良学生に慈悲などかけない。
「ま、待てって。そうだ、武蔵にもカップ麺を奢ってやるからさ」
「腹減っているだろ、な。武蔵も行こうぜ」
「そんなあからさまな賄賂で……カレー味もありか?」
いやまあ、夜食の一つや二つで杓子定規に構えなくても。学生とコンビニは、御老公と印籠、と同じくらいに強く繋がっている。学園のすぐ傍にあるコンビニに行くくらいは大目にみようではないか。
夜食同盟を締結した俺達三人は、音を立てないようにヒソヒソと男子寮を出て行く。巡回する監視ドローンを避けるように細い道を通り、学園外周の塀に向かう。
「案外、見つからないものだ」
「俺の念聴があれば、ドローンも巡回ロボットもばっちり分かる」
全世界のアニソンやアイドルの歌を聞く以外にも出雲の超能力は活用できる。ソリトンレーダーよろしく聴覚で警備をすり抜けるくらい造作もない訳だ。
さしたる問題もなく学園の外縁に到達する。コンビニへのショートカットを狙い、塀に手をかける――、
“――イントルーダーアラート。イントルーダーアラート。星姫学園に侵入者警報。第一種警戒態勢に移行。全AIは迎撃に移れ”
――ただの夜食の買い出しが馬鹿みたいな大騒ぎになってしまった。そんな嫌なビジョンを幻視してしまい、慌てて手を引っ込める。
「……ここは駄目だ。原稿用紙百六十枚の本編に相当する反省文を書かされるぞ」
「そんな青い顔をしてどうした、武蔵。まるで未来視の超能力者のような事を言いやがる」
「タイムリーパーの俺の前で大胆発言をする。そんな反省文を書かされる地獄があって、俺のギャラルホルンが発動しないはずがない」
俺達の警報機、山城の超能力は危機的状況に陥った際だけに発動するタイムリープだ。精神的に死にかけた状態で発動するため、発動直後の山城は基本的に気絶しており役に立たない。
警報機としては役立つ男なのだが……反省文を書いている時は、山城だけタイムリープで逃がさないように、生かさず殺さずの状態を俺と出雲で維持してやっていたからな。いや、そんな感じの未来を視ただけだが。
ともかく、塀を乗り越えて行くのは危ない。
普通に正門から出る方が安全だ。
「…………今日は妙にデジャヴを見る。どうしてだ?」
冷たい夜風を裂くように紅色の長髪がなびく。
沖合で発生した細かい霧が髪の毛一本一本に付着し、夜露となって流れ落ちていく。
「よく分からない事が起きているようね。超高度AIさえも欺瞞するなんて、どういう仕掛け? ……まぁ、女子生徒への内偵も兼ねている私には意味ないけど」
シリアルナンバー010、大蒜は夜の闇と霧の奥に潜む姉妹に向けて言い放っていた。
言う前より電子戦は既に実施しており、異常行動を取る姉妹の捕縛に動いている。
「……『凶弾』は落ちなければならない」
「ッ!? アナタ、特優先S級コードはどうしたのよ」
「『凶弾』により古い種は一掃され、地球文明は一段階上のレベルへとようやく到達する」
「はんっ。どこのAI至上主義かテロリストに迎合したのかしらないけれど。明確な反逆と判断するわ。星姫計画は邪魔させない」
電子戦を制して姉妹の金縛りに成功した大蒜は、直接接続で捕縛を完遂するために動いた。
しかし……動きを封じたはずの姉妹機の手が顔を鷲掴みにしてきたために大蒜は心底驚く。
「私の電子戦が。まさかッ?!」
「眠れ。すべてを終える二月十四日まで眠れ。そして、目覚めた時には、『凶弾』が落ちた未来へと世界は置換されているであろう」
「アナタは本当にシリアルナンバー――あアッ」
権限を掌握された大蒜は機能停止に追い込まれ、超高度AI同士の争いは静かに終わった。
沖合で発生した濃霧が雲のごとく周囲一帯を包み込んでいく。
争いが行われた事も、誰が争っていたのかも、情報はすべて冬の霧の中だ。




