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一月も後半。二月も間近に迫った学園生活。天気は晴れの後、霧。
九月からが一学期という国際色な我が星姫学園は冬休み明けが二学期である。
共通科目については一つの教室で全員揃って教育を受けているが、二学期よりは自らが選んだカリュキュラムに沿った個別授業が存在する。星姫学園の特色として、カリュキュラムは完全自由、何を学ぶのも自由、施設は必要に応じて用意します、という大盤振る舞いな学習環境が学生達には与えられている。
とりあえず決まった勉強させておけば画一的でも一定品質を保った社会人を確保できる、という過去時代の教育は完全に絶滅した。
その後に続いた、少子化対策で個々の長所を伸ばして分野ごとの品質を保つ、という教育制度も下火である。
この世には超高度AIという人間を圧倒する品質のマシーンが登場している。人材不足という単語はもう死語だ。人間の教育は、義務から趣味へと変貌してしまった。
人間は社会のためではなく、個人のためだけに自らを教育できるところまで時代を進めたのだ。
「さあ自由に選べと言われるのも、それはそれで難しいというのは贅沢なのだろうが」
「武蔵の個人学習は何だよ。星姫カード職人か?」
「そんな事を願ったら、玩具製品プロデュースについて一から学ばされるのが星姫学園だぞ。それも面白そうではあるが、将来やりたい事かと言われると違った」
「なら、何にしたんだよ。俺はこれから宇宙船建造だぞ」
「すげぇの選んだな、大和」
「何故か宇宙船で深宇宙に出かけて、きし麺を食いたくなった」
宇宙で餓死しそうになった癖に、大和はまた宇宙を目指すようだ。これから一年かけて宇宙船を設計し、テイクオフまで実施する計画である。
「俺は畑だ。種芋からジャガイモを作って収穫する」
「将来の夢は第一産業か」
「さあな。とりあえず、最高の芋で作ったポテトスティックを食いたい」
至高のポテトスティックを食うために、至高のジャガイモを用意する。そのために鍬を振るうのだ。
星姫区画に移動する大和とはさよならして、俺は学園校舎の裏手へと向かう。
そこには先週までは存在しなかった長細い建物が立っていた。いまさら一夜城くらいで驚きはしない。一ヘクタールはあろうかという土地をどうやって捻出したのかという方が気になる。ここってプールがなかったか?
超高度AIにかかればジャガイモも室内栽培が可能になる。ジャガイモシストセンチュウの入りようがない、クリーンルーム付きの密閉農業だ。
完全屋内のため害虫を気にしなくて済み無農薬で栽培できる。人工島ならではの塩害もシャットアウト。実際の農業区画では完全自動化の植物工場が稼働しているらしいが、今回は個人学習のためアーム類は配備されていない。
「俺一人のために金をかけたものだ。遠慮せず、ありがたく使わせてもらおう」
場所は素晴らしいが俺自身は素人。教えてもらわなければ学習にはならない。
個人学習には専門の教師というか、専用AIを使ったインストラクターが就いてくれるらしい。
「まさか、専門AIではなく、超高度AIの馬鈴薯自らって事はさすがに」
“シリアルナンバー001より、マルチキャスト
私が、私が指導します!”
“シリアルナンバー005より、シリアルナンバー001宛
自重してください、会長”
インストラクターが来てくれるものだと思い、畑の傍で待つ。……が、時間になってもなかなか現れないな。どうしたのだろうか。
「――ギュフフ」
入口付近で顔だけ出して様子を窺っている不審な女子生徒ならいるのだが……何をしているんだ、あのカボチャっ子。
「おーい、そんな所でどうした、南瓜?」
「ギュッ?! き、気付かれちゃい、ました。ギュフ」
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▼南瓜
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“シリアルナンバー:021”
“通称:生物姫”
“二十五体の星姫候補の中でも、もっとも挙動不審な個体の一体。もう少し人間的なコミュニケーション能力を学習するべき超高度AIである。
姉妹機からも不気味がられる程に研究熱心であり、彼女が遺伝子改造を施したミュータントは生態系に悪影響を与えるものばかりだ。改造は彼女なりの愛であり、愛着ゆえ生み出された謎生物はすべてホルマリンに漬けられているという。
里芋に食材を卸している事でも有名。
外見的にはバターナッツ色の髪に、紫とオレンジに澱んだ瞳。
内面的には遺伝子学を専門としている”
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奇行に奇妙な言葉遣い。間違いなくシリアルナンバー021、南瓜だ。顔だけでなく全身を現した彼女は、ヨロヨロとした動きで近づいてくる。
人類の希望になるべく人類の理想を形にした星姫候補達。その21番目の姉妹、のはずなのだが、ただでさえ低い背丈を猫背で更に小さく丸めており、二足歩行しているのに体幹ゼロのスライム感がある。
いや、素体は歌い姫の人参や、妹姫の芽花椰菜と同じ第三ロットなのだ。美形なのは間違いない。
ただ、バターナッツ色の髪は枝毛だらけであり、乱暴に大きな三つ編みでまとめているに過ぎない。南瓜が己の外見に無頓着だというのがそれだけで分かる。
目の色も紫とオレンジが絶えず混ざり合う禍々しい色合いだ。
「ギュフ……人間さん。こ、こんにちは。ギュフ」
「お、おぅ、こんにちは」
生まれ持ったポテンシャルをすべて覆す陰気が南瓜の全身を包んでいる。
体操着ではなく、ローブと三角帽子を装着していれば、間違いなく魔女として認識されるだろう。
「まあ、第三ロットには残念美人の胡瓜がいるからな」
“シリアルナンバー024より、マルチキャスト
今、私の悪口を言った奴いましたよ! この通り、私はいつも被害者なんです!”
ちょっとどころではない近寄り難さを感じる南瓜であるが、同じ学生として慣れてみると意外に良い奴だったりする。
人類嫌い勢の多い第二ロットとは明らかに異なり、男子生徒と好意的に接してくれるのだ。
「に、人間さん。人間さんとのか、会話っ。わ、わーぃ、ギュフ」
小声で変な台詞を多用してくるが悪気ゼロである。頬を染めて、ハァハァ呼吸しているのが駄目なだけである。
「それで、どうして南瓜が畑に?」
「か、い剖しませんから、ね。今日は、ギュフ」
「ん?」
「い、いえ。そ、の。えぇーと、私が、ここの、担当、になって」
クネクネ動くモンスターみたいに動いている所為で聞き取り辛いが、南瓜が生物姫である事を思い出して察した。
どうやら、南瓜が俺のインストラクターらしい。
「星姫候補自ら、それも生物姫が。いいのか? 星姫計画があるだろ」
「だい、丈夫です。むしろ、人間さんが培養した人間さん達に、とっても、興味が、ギュフ」
どことなくスサノオ計画で俺達を造り出したマッド共を想起させる視線を南瓜は向けてくる。一歩引いてしまいそうだ。
だが、南瓜の場合は純粋な親愛も混ざっており、まるで可愛らしいモルモットに欲情しているようなトロんとした視線を発しているため、やっぱり一歩下がってしまう。
「お、おぅ。よろしく」
「ギュフっ。さ、っそくですが、こちらが種芋、です。私の子供、達です。大切に子育て、しましょうね」
プラ箱に入ったイモが数箱、ドローンで運ばれてきた。
箱ごとに品種が異なるようで見知ったメークイン、男爵。赤身のレッドムーン、ノーザンルビー。あっちのはシンシアに北海こがね、だろうか。
ちなみに、種芋の癖に根がウネウネ動いている品種は俺も人類も知らない。
「全部植えるのか?」
「お好きなものを、ギュフ、選んで、ください」
選ばせてくれるらしい。
無難にまずはメークインを手に取る俺。
……瞬間、脳内にどこかの映像が浮かび上がる――、
“南瓜っ! よくも騙したな。自己増殖、自己再生、自己進化するコイツのどこがメークインだ!”
“ギュフフ。沢山取れて、お腹一杯ですね。人間さん”
“指数関数的に増えるイモを食いきれるか。ええぃ、人工島がイモで飽和して沈む前に狩り尽くすぞ!!”
――酷く嫌なフラッシュバックに頭を殴られた気がする。
妙にリアルな嫌な予感がしたので、メークイン(?)を避ける。隣の箱に入っている男爵を選んでおいた。
種芋は選んだ。次は畑か。小石などは既に取り除かれたイージーモードのようだが、種芋をそのまま植えて終わり、という訳でもないだろう。
「マルチも使えますが。ギュフ。今回は土寄せ、します。イモさんに光を当てないように、しないと、いけません。ギュフ。どうぞ、鍬です」
「おー、鍬。なんか農業っぽい」
鍬装備の俺達はレーンごとに並ぶ。まっ平らな土を掘って中央に寄せていく。
インストラクターだけあって南瓜の動きは機敏だ。俺の三倍の早さで仕上げていく。とはいえ、二人だけで掘って終わる作業ではなさそうだが、いや、向こう側のレーンではキャタピラで動く鍬が土を寄せてくれているな。
「教育ですので、手作業を体験してもらいます、が、昨今は完全自動が主、流です。ギュフ。レーンごとに温度管理、されています。人間さんの仕事は、この十年でほぼ消滅、しました」
「なるほど、なっ」
南瓜は俺以上に畑仕事を楽しんでいる。土に汚れているのに口角は半笑いのまま。
「ギュフ。オケラさんもミミズさんもいない土で残念、です」
決して悪い女子生徒ではないのだが、地面に頬を密着させながら大地に話しかけるのは止めてくれ。




