0x101月目 ??-1
明けましておめでとうございます。
新年特番スペシャルでございます。
一月の冷気が毛布越しに突き刺さり、厳しい野球監督の檄のごとく覚醒を誘う。
それでもまだ重い瞼は閉じたまま、俺は相部屋の相方に向けて声をかける。
「……おい、大和。エアコンが切れていないか?」
「昨日、星姫区画で大規模実験があったからな。電磁パルスでも発生していたんだろ」
大規模実験なんてあっただろうか。まだ寝ぼけた脳みそは稼働率が悪く思い出せない。
というか、今更あそこで何を実験しているというのか。
「エアコンが止まっているとはいえ、今日は一段と寒いな」
「確かに寒い。深宇宙で遭難した時を思い出して身震いする」
大和の奴も寝ぼけているらしい。昨日は殺人鬼役を見つけ出して追放する宇宙船人狼ゲームをやっていたが、それを実体験だと勘違いしているらしい。
寒くて二度寝はできそうにない。腹時計によるといつもの起床時間よりも二十分は早いが、起きるしかなさそうだ。
布団を蹴り上げるように剥ぎ取った。睡眠欲と共に布団はパージされ、むくりと上半身を起こす。
「…………あれ?」
暮らし慣れた男子寮の一室だというのに、何故だろうか。瞼を開いて視認した朝一番の光景に違和感を覚えてしまう。具体的にどこがと言われると分からない。就寝前に見た間違い探しの絵のどこが間違っているのかと問われても、答えに窮するような感じである。
寝ぼけているのだろう。
エアコンが止まっている所為で寒く、睡眠が浅かっただけなのだろう。
あまり納得できないまま、俺は身支度を開始した。
吐いた息を白くしながら食堂を目指す。
冬はつとめて、と昔の人は詠ったらしいが、AI全盛期の現代人の俺にも共感できる言葉だ。冬はつとめて早く、朝食でカロリーを補給しなければ生命にかかわる。食料事情に不安のあった過去の人々も大変だったのだ。寒さでかじかむ体は夏よりも多くのカロリーを消費してしまう。一分一秒でも早く無料配布されるC定食の味噌汁――具なし――で体を温めたい。
「俺しか頼まないC定食のために、AとBと違う具なしの味噌汁をワザワザ用意する方が手間でコストもかからないのだろうか。不思議だ」
「星姫学園七不思議の一つの汁を、無料だからと飲み続ける武蔵の言葉は重い」
大和を連れ立って食堂に到着する。おばちゃんにいつも通りの注文を行いトレーを貰う。
「C定食ください!」
「こっちはB定食で」
「あいよ。……はてねぇ、今日のB定食はカレーだった気がするけどねぇ?」
半月も前に正月は過ぎ去ったというのに、食堂のおばちゃんの休みボケはまだ続いているようだ。洋上生活で曜日感覚を失わないための金曜日カレー。人工島ではあまり意味を成さないと思われる習慣であるが、学食のメニューを考えるのも大変なので本学園では採用されている。俺には縁遠いが。
受け取ったトレーを持って席へと移動する。一番乗りだったのでどこも座り放題だ。
大和もB定食を持ってきて、隣に座る。そうしている間にも続々と学生が現れ始める。男子生徒に加え、最近は女子生徒の参加率も高い。
「おはよう、武蔵君」
「おう、おはよう。人参」
「今日も寒いね。関節駆動の調子が悪くなっちゃう」
南極だろうと宇宙だろうと平然と動く体で冗談を言いつつ、人参は正面の席までやってくる。
人間と同じ定食を経口摂取しながら消化、電力だか量子だかに変換する高性能胃袋を有する人参が、鯖焼きを召し上がった。
「その鯖も、有機生命以外に食われるとは想像もしていなかっただろうな」
「この子がどう考えていた、ね。そうねぇ……鯖にしてみれば、調理後の姿が塩焼きか、味噌煮か、それとも、鯖缶なのか。どんな姿を想像していたと思う?」
「いや、何も考えていなかったと思うが」
「だったら、調理の後工程たる人に食べられるかAIに食べられるかも考えていなかった。想像していなかったのは当然ね」
アイドルをやっていてもAIだけあって知的な会話だ。いや、アイドルだから知的じゃないと言いたい訳ではない。ただ鯖を食べているだけなのに、なんて無意味に広がった論議なのだろう。
「また、C定食。そんなんじゃ、走るスタミナ付かないから。ほらっ」
人参と鯖の生涯について議論していると、ぽいっとベーコン巻きのアスパラガスが皿に乗せられた。
「神かっ?!」
「私が神なら、デウス・エクス・マキナで決まりね」
俺に食事を恵んでくれたのは『凶弾』なんてものをよこしてくる神ではなく、霊験あらたかな我等が星姫候補、竜髭菜であった。
竜髭菜も昔は学食に来ない派だったのだが、最近は朝のランニングの後に寄るようになっている。冬用のハイネックなランニングウェアとタオルを首にかけているので今日も島を一周し終わったのだろう。
「A定食の顔とも言うべきベーコン巻きをくれるなんて、俺から返せるのは具のない味噌汁くらいしか」
「いや、いらないわよ。そんな馬鈴薯特製の高栄養スープの偽味噌し――具なし味噌汁なんて」
今日の朝食はこの四人組らしい。メンバーは日と気分と何となくで常に入れ替わるが、本日は男子二人、女子二人のバランスメンバーだ。昨日は野郎だけの大所帯で野球の筋肉痛が続いているやらと雑談していたので、本当に日によってまちまちである。
「……あれ? 加賀の野郎がプロテインを風呂に混入させやがった話で盛り上がったのは、昨日だよな」
「何やってんのよ男子」
いや、経口摂取だけだとタンパク質が不足するとか意味不明な事を加賀が言い出して、男子寮の風呂に入浴剤みたいにプロテインを一袋投入しやがったのだ。皮膚呼吸があるなら皮膚摂取もある、コラーゲンを塗り込むようなものだ、とか供述していた。
脳神経まで筋繊維になっている奴の理屈は訳が分からない。
「……うーん」
ベーコンの旨味成分が巻き付いたアスパラガスを摂取でき、とても満足な朝食だ。が、それはそれとして、妙な違和感を覚える。
「朝食を前に唸っているなんて。どうしたの、武蔵君?」
「俺と大和、人参と竜髭菜が揃っている」
「いつもではないけど、時々こうして食べているメンバーじゃない」
「最近、野球をしたばかり。うーん、この違和感は、何だろうか」
B定食を食ってもいないのに、鯖の小骨が喉にでも刺さったみたいだ。




