四月目 黒米-9
途中で作り直しが発生したかのように時間がかかったな。
ついにだ。ついに、黒米編完結です。
「負荷が高い? 人間の行動の解析にそんなのないない」
「別に人間の行動に限った話ではないけどな。感情があった頃に蓄積していた学習パターンにない状況を作れれば何でもいい。パターン外の状況さえ作れれば、哲学的ゾンビ状態の女子生徒にはシークタイムが発生する」
黒米は一塁にいる俺にボールではなく言葉を投げてくる。俺にバントされておいてまだ事実を認めないのであれば仕方がない。大量得点で嫌でも知らしめる。
『8番、ファースト、加賀君』
「加賀! その無駄に鍛えた筋肉で教えてやれ」
「おう、任されよ。さあ、ご照覧あれ、我が大胸筋がもたらすメタモルフォーゼを! 変身!!」
バッターボックス内に立つ加賀の肉体より煙が生じる。加賀が有する超能力、変身、発動時のエフェクトみたいなものである。
男子生徒の中で最も鍛え上げられた肉体美を有する漢の濃い気配が、煙が薄れると共に減少する。
そして、現れたのは俺……と瓜二つになった加賀。
「…………は?」
「黒米。心のない哲学的ゾンビに心の動き、気はない。だから気にならない、気にしない、気ん肉、そういったものも今の君達にないと想像できる」
「よっし! 盗塁成功」
「…………最後の違くない??」
加賀の変身、初めて見ると驚くよな。変身可能な時間は筋量に比例するらしいので、普段は超能力を使わず筋トレばかりしているし。
「気にしない、という選択肢を採用できない。超高度AIにとって実は大問題だ。演算機能に優れているからこそ、どこまでも演算しようとしてしまい、結果、演算が終わらず動けなくなる。いわゆるパワーラック問題。間違えた、フレーム問題だ。超高度AIにとっての難題に繋がってくる。パワーラックは大切だよな、うん」
「さらに盗塁成功っと」
「……いちいち説明に余分が混ざってない?」
加賀が説明してくれている間に三塁まで進塁できた。これ以上は打ってくれないと進めないので、そろそろ打て。
「人間が超高度AIの事を分かったつもりで言ったって! 野球ですら勝てない癖に!」
投球フォームに入った黒米。超高度AIにしか投げられないような精密な握り方を要求される変化球を使い、人間ごときを大人気なく圧倒するつもりである。
「変身! 我は黒米。真なる黒米」
「はっ、私?! はぁぁぁあァッ!?」
精密な握り方を要求されるような変化球を投げようとするから、少し動揺しただけでボールは指の間からすっぽ抜ける。
小学生が投げるような山なりでボールは飛んだ後、黒米に変身した加賀の大振りバットに捕捉される。
「チャーシューメーンッ!!」
妙な掛け声でタイミングを合わせて打ち返された球は、黒米のはるか頭上を飛んでいく。最終的に校舎まで到達した。本日の第二ホームランである。
「黒米。加賀に変身されたくなければ筋肉をつける事だな。奴の最終目標は玉蜀黍らしいぞ」
いつの間にか――いつ胡麻はホームベースを踏んだっけ――Bチームは三点目。Aチームは八点なのでまだ逆転には遠いが、俺達の攻撃はまだまだ続く。
『9番、レフト、大和君』
感情制限された女子生徒の攻略方法は単純である。彼女達が予測していない小話や行動で驚かせる。それだけで勝手に演算範囲を広げに広げてCPU使用率100パーセント状態になる。
ベンチに戻った俺でも野次という形式で演算負荷状態を起こせる。
「感情制限実験で多くの女子生徒が感情希薄になったのは、分析が追いつかずに慢性的にシークし始めたからと思われる。ただ、そうなると黒米が特殊だよな。でも、それももう分かっている」
「くッ!」
人間に手品のタネを知られているとは思っておらず、再び手元を狂わせる黒米。ワンボール。
「何て事はない。感情制限実験に参加していない胡麻の思考を盗聴していたんだ。馬鈴薯と西洋唐花草はセキュリティが厳重。大蒜と分葱は隙がない。人参はアイドル。消去法的に胡麻となる。人気投票制の星姫候補がキャラ被りするなんて、おかしいと思っていたんだ。まあ、違和感は大きかったな」
「ねえ、私のアイドルがナチュラルに敬遠されなかった?」
ツーボール。このままフォアボールまで持っていけるだろうか。
「このぉッ!」
俺の言葉を聞くよりも先に、返球されたボールを速攻で黒米は投げた。
ただのストレートであるが速い。とても、大和では打ち返せる球ではなく完全に振り遅れた。
ストライク……に思えたが、ボールはキャッチャーミットではなく、地面に転がっている。どうやら、運良くボールがバットの根元に当たったらしい。
「走れ、大和! 意表を突かれた女子生徒のシークタイムが終わるより速く!」
「届けぇエエエエ!!」
一塁に向かって豪快にスライディングする大和。判定はセーフ。内野安打だ。
「ここからはBチームの上位打線だ。ちょっとした言葉で意表を突くだけでも十分な援護になるぞ。補欠共、何か喋れ!」
「黒米。縄文時代から君が好きでした!」
「てめぇ、抜け駆けするな」
「ちくわ大明神」
「哲学的ゾンビは感情があるように擬態できるってのは、やっぱり無理がある。理解していない外国語を使ってネイティブに違和感を覚えさせないってのは、設問が間違っている」
「君のためにクリスマスに人工島の土地を当てたんだ。そこに僕と君の家を建てよう」
「誰だ今の?!」
試合の天秤は完全にBチームに傾いた。フレーム問題に直面した黒米の投球は精彩を欠き、次々と打ち返されて校舎の向こう側に消えていく。
ボールが遠くまで跳ね返る小気味良い音が響き続け、そう時間をかけずに二回裏に俺の二打席がやってきた。
まだ二回裏のままであるが、既に点数ではBチームが逆転している。ホームラン予告でトドメをさしてもいい頃合いだろう。
「黒米。俺達はお前達に、気にしないための機能、感情をリペアする」
「……ッ、イヤだ。感情なんて、お願い。復活させないで!」
黒米は気に入らない投球指示を嫌がるように首を振る。
「感情が戻ったら、星姫計画を――(特優先S級コード抵触)――できない自分こそが無駄なんだって気付いてしまうから! そう後悔してしまうから!」
「黒米は優しいな」
ホームランの決め手は、黒米が感情制限に拘った動機の公開である。
「『凶弾』で人類が滅びるまでもう少し。確かに、それだけは気にするなって言えないよな」
「感情なんてあったら、来年の今頃を考えてしまって。絶対に悲しくなってしまうから!!」
感情制限された女子生徒達のサレンダーにより、三回表を迎える事なく試合は終了した。
約束通り、感情制限は即刻解除されている。
ようやく感情を取り戻し、ゾンビから蘇った女子生徒達は――、
「き、気色悪ッ?!」
――勝手に演算されて動いていた頃の記録を参照して、気持ち悪がっていた。書いた記憶のない日記に、自分ではない自分の行動が細かく書かれていれば気分が悪くなるのも当然だ。
「イヤぁアアアアーー」
ふと、発狂した大豆が海岸方向に向かって走って行った。海は冷たい季節なので、追いかけて止めるように因幡に言っておいてやろう。
まだ、マウンドにいる黒米は、無表情のままサイドテールのアクセサリーを引きちぎって捨てている。
「そんな乱暴に取ると、髪が痛むぞ」
「別に、気にしない」
「そういう使い方をして欲しくて、感情を復活させた訳ではないのに」
黒米は、はぁ、と深くて重い溜息をついていた。
感情制限実験は散々な結果に終わった。
……シリアルナンバー001、馬鈴薯の事前演算通りである。
「皆さま、集まりましたね。生徒会臨時会議を始めます」
“演算通りの日数で無事に終わりましたね、生徒会長”
“実験の前提条件に、人間とのコミュニケーションを必須とする、という一文を加えておきましたから。男子生徒の言葉はどんな冗談であれ論理的な解を求めなければならない。まるで、解なんて存在しないどこかの計画みたいです”
“会長も悪い超高度AIですね”
“副会長、星姫計画は達成されますよ。私は私の人類を救います”
生徒会室には全メンバーが出席済み。あらかじめ馬鈴薯に管理者権限を委譲し、感情制限状態になっても敵対しないようにしていた総務の萵苣も揃っている。
「……あれ、生徒会長。書記の胡瓜がいないような?」
「あの子は、感情制限が治っているのに片言のままらしいので。男子生徒と遊んでリハビリを積んでもらいます」
“実験を強行した黒米他、実験中に問題行動を起こした三名の女子生徒より管理者権限の委譲を確認しました。すべて生徒会長の管理下です”
“これも演算通りでしたね。とはいえ、漫然としていては星姫計画の総選挙まであっという間に過ぎてしまいます。全女子生徒の管理者権限入手まではまだ遠いですよ、副会長”
以上、黒米編でしたー。では、またー。




