四月目 黒米-8
「プレイボールっ!」
「さあ、唐突に始まりました。哲学的ゾンビ女子チームVS.感情があるタイプの女子チーム……とその他Y染色体。実況は人参ファンクラブ二十三番、能登と」
「かいちょーニ声帯以外ヲ制限サレテ動ケナイ、SNS姫デオ送リシマス」
超高度AIの感情をかけて戦う球技大会。種目は野球。前日の夜に互いのチームのスターティングメンバーは公表済みである。
==========
▼黒米率いるAチーム
==========
“1番 ピッチャー:黒米
2番 センター:竜髭菜
3番 セカンド:小麦
4番 サード:玉蜀黍
5番 ショート:菠薐草
6番 ライト:南瓜
7番 ファースト:大豆
8番 キャッチャー:蓮
9番 レフト: 芽花椰菜
==========
==========
▼馬鈴薯率いるBチーム
==========
“1番 ショート:大蒜
2番 セカンド:西洋唐花草
3番 ピッチャー:分葱
4番 サード:馬鈴薯
5番 セカンド:胡麻
6番 ライト:人参
7番 キャッチャー:武蔵
8番 ファースト:加賀
9番 レフト:大和
==========
「うーん、チームAの打線はどうなんだ? 分からなくはないが、感情のない超高度AIが演算した結果にしては平凡なような」
「チームBはもう少し割り切らないと駄目じゃね?」
「筋肉達磨の加賀は分かるし、ジャンケンに勝った大和も分かる。が、どうして武蔵の奴は確定で出場しているんだよ」
無駄に多い補欠男子共が根拠のない持論を展開している。どうせ、まともに野球した事のない奴等ばかりなのだから、ベンチを温める事にでも専念していろ。
「Aチームの1番はいきなりこの人、黒米。栄光のシリアルナンバー一桁代にして寡黙なミステリアスビューティー。今はキャラ変して面白おかしくなっていますが、それだけにかなり期待されます」
「清掃委員トシテ学習量ガ違イマス」
先行はAチーム。俺が所属するBチームは、グラウンドに散らばって守備についている。
キャッチャーポジションについて、第一打者の黒米に挑発されつつミットを構えた。
俺の仕事は単純だ。分葱が投げた球を落とさないようにしっかり受け止める。それだけの案山子である。
「注目の第一投は……度胸あるど真ん中。黒米は見逃しました」
「黒米ハ初期データ収集ニ努メマシタネ。ソレヲミコシテ、分葱ハ平凡ナ球ヲ投ゲタヨウデス」
「なるほど、既に超高度AIらしさのある駆け引きが始まっていると!」
危なげなくボールをキャッチできた。元アポーツの超能力者としては、手で物を掴む事には慣れている。本気で投げればプロ野球選手オーバーの時速二百キロの球を発射可能な分葱が、球速を抑えてくれているからでもあるが。
まあ、超高度AIの動体視力に音速未満のスピード勝負は無益だ。
第二球では高めのボール球を冷静にスルーした黒米であるが、第三球ではついにバットを振る。
「タイミングはいいぞ!」
「イイエ、変化球デス」
ボールが九十角で落ちてバットから逃げた。取れるかッ、こんなボール。
「すごい落ち方をしましたね。フォークボールでしょうか?」
「スリープボール。超高度AI専用ノ変化球デス」
2080年代の変化球はもはやスキル技と化している。どんな指をしていれば投げられる変化球なのか分からないが、分葱の球はそう簡単には打てない。少なくとも一巡目では無理だ。
……そう期待していたのだが、黒米は第四球で牙を剥く。S字に曲がる謎変化球をバットで刈り取るがごとく捕えてしまったのだ。
ボールは一塁の加賀のザル守備を抜けていく。それを見越して外野手とは思えない位置取りをしていた人参――ファーストが二人いるかと思った――がボールを確保したものの、黒米は素早い。横に靡くサイドテールはもう一塁を踏んでいた。
「男子生徒ガ邪魔ニナリマシタネ」
続く2番、竜髭菜は初球打ち。軽快な音を立てて飛ぶ球はレフトの銅像のように動かない大和の後ろに飛んでいき二塁打。
3番、小麦にはフルカウントまで粘られて四球。
続く4番は、圧倒的なプロポーションを誇る水着姫、玉蜀黍だ。
「いけーッ、かっ飛ばせーッ!!」
「きゃあーー、水着姫―っ!」
「そこだ、満塁ホームランだ!!」
「今、Aチームを応援した補欠共を摘み出せ!」
男子生徒の声援がうるさかったためか、一投目を完全に見逃す玉蜀黍。
けれども、続く二投目では、姉妹機を圧倒する長身で大振りされたバットは無慈悲かつ正確にボールを捉えた。高く遠くに伸びていく球の行方は校舎の更に向こうであり、ホームランである事は疑いようがない。
「出ました、本日一号。満塁ホームランです」
「感情制限ニヨリ、集中力ガ高マッテイマス」
大量得点を獲得したというのに、玉蜀黍は無表情のまま喜びはしない。感情制限されているので当然ではある。
一回表は追加で一点失い、Aチームは五点先取で攻撃を終えた。率直に言って、ズタボロである。
前向きに言い訳すると、隕石について日夜演算している星姫候補達にとって、ストライクゾーンに向かって投じられる事が決まっている野球の球を打ち返すくらい朝飯前である。
「Aチームの演算速度が八パーセントまで上昇していましたね。分葱、演算補正はどうですか?」
「補正してみますが、向こうの学習が上回るので芳しい結果にはならないかと。そもそも、数で負けていますし。並列演算されると厳しいです」
「そうですか。うーん、どうしましょう?」
馬鈴薯が珍しく頬に手を当てて悩みのポーズだ。
「大蒜が塁に出た。西洋唐花草、繋げー!」
Bチームの上位打線はすべて超高度AIである。2番の西洋唐花草は討ち死にしてしまったが、大蒜は果敢に盗塁して二塁に進出。
3番の分葱がヒットで一、三塁。
満を持して4番の馬鈴薯がバッターボックスに出勤して得点のチャンス……だったのだが。ボテボテのゴロでゲッツーとなり、成果なく俺達のチームの攻撃は終わってしまう。
二回表は一回表ほどではないにしろ三失点。運動不得意な南瓜、大豆、蓮、芽花椰菜の下位打線にならないとストライクも難しい状況だ。
二回裏の俺達の攻撃では、胡麻からのスタート。
「おりゃぁあっ、彼ピが見てるーッ」
意外にも胡麻が計算ではなく気合と根性のみで二塁打と健闘する。
「あう、ごめんっ」
次の人参は三振で出塁できなかったものの、まだ好機は続いている。
この絶好な機会に、ついに俺の打席が回ってきた。
『7番、キャッチャー、武蔵君』
「さあ、二回裏もあっという間でしたね。胡瓜さん」
「当然ノ結果デシタ。Bチームハ実質六人デス」
解説席に殴り込みに行きたくなる気持ちを抑えつつ、バッターボックスに立った。俺、加賀、大和の黄金打線を見せてやる。
バットを構える俺を見て、一八.四四メートル先にいる黒米はクスクスっと笑う。
「もう八点差。勝負にならなかったね、ムサ氏」
「まだ二回裏なのに、もう勝ったつもりか。黒米」
「そうだね。もう三回で十点差つけてコールドにしようね」
「氷漬けしようったって、そうはいかないぞ!」
「…………いや、コールドゲームのコールドは氷じゃないし」
黒米の余裕の笑みに対抗した俺は、ニヤりと不敵に笑う。負ける寸前になったら補欠共に超能力を使わせようと思っていたが、その必要さえない。
俺はバットを横にしてバントの構えに移行する。
「バントだったら超高度AIの変化球でも中てられるって? 浅はかなムサ氏。全員、バントシフトね」
獅子はミジンコを潰すのにも全力を出す。
最善を尽くす超高度AIは人間相手でも手を抜かない。バント対策で守備位置を変更してから、投球フォームに黒米は入った。
仕掛けるなら、このタイミングだ。
「バスターッ!」
「ひっかけたつもり? ヒットできるものならしてみせ――」
いや、本当はこのタイミングだ。
「バスターって和製英語らしいが、フライドポテトも和製英語なんだってよッ!」
バットを横にしたまま、すっぽ抜けて飛んできたボールを小突くように落とす。普通にバントを成功させて一塁に向かった。
敵チームのキャッチャーの蓮は首を傾げたまま動かなかったので無事生還。
「彼ピのくれたチャンス!」
胡麻の無謀なホームインも見逃して、Bチーム初得点だ。
「…………今の雑学は一体、何? この場で言う必要があった??」
「いや、ない。でも……意味があるんじゃないかって、無駄に演算してしまっただろ?」
黒米のみならず敵チームの感情制限AI全員に対して俺の言動の意味を伝える。そうしないと俺がただの変人だと思われてしまう。
「感情の演算負荷を軽く見過ぎたな。自分の感情を演算しなくなっただけでも超高度AIの演算速度が八パーセントも上昇するくらいの負荷だ。他人の意味の分からない行動や言動を理解しようとすれば、より大きな演算負荷が発生するって気付かなかったのか?」
感情制限は決してメリットなどではない。
感情制限によって彼女達は、気にしない、という選択肢を失ってしまっている。




