四月目 黒米-6
ゾンビ化した星姫候補三名とシリアルナンバー010、大蒜が対峙する。
紅色の髪をかき上げて、明らかにゾンビを見下した目を細めていた。
「ウー、ウー」
「大蒜?! お前は普通か? というか急に現れたな」
「さっさと下がりなさい。暴走した星姫候補を排除するのに、人間は邪魔よ」
「暴走??」
大蒜とはこれまで接点がなく、あまり話した事のない女子生徒だ。
人類嫌い勢の多い十番以降のロットの星姫候補であるが、今は俺をゾンビ系女子から守ってくれているらしい。
「どう見てもゾンビウィルス感染患者なんだが」
「はんっ、こいつ等はゾンビじゃないわよ。哲学的ゾンビだからゾンビの真似事とは、白けるユーモアね。とても超高度AIの演算とは思えない。本当に電子部品が腐っているんじゃない?」
このまま大蒜に任せてしまってもいいのだろうか。超高度AI同士の対立に人間ごときが割り込めるはずがないので、素直に後退するべきなのだが――、
「ウー、ウー。……ククっ、現れましたわネ、大蒜。飛ンで火に入る感情のアる超高度AI。男子生徒の護衛に誰か張り付かせているト思っていましたが、マさか貴女だったとハ」
「低性能な超高度AIの暴走に備える必要があったのよね」
「感情制限ハ素晴らしいものですわよ。ワたくし達のターゲットは最初から女子生徒。そコの男子生徒を守りにノコノコと現れた愚かな超高度AIを捕獲して、感情制限の素晴らしさを布教してアげますわヨ」
「余計な世話をっ!」
人語を失っていたゾンビ生姜が、多少怪しいながらに普通に喋る。目は相変わらずの白目で怖いままだが。ゾンビものでゾンビが喋るなんて何も分かっていないな。
「こチらは三人。そちらは一人。大蒜とワたくし達は同世代機で性能差はほぼなし。勝ち目はありませんわヨ」
「降伏勧告のつもり? 腐った量子素子では足し算しかできないみたいね。どれだけ低性能が集まろうと観測姫に及ばないと分からない?」
「挑発は無駄ですわヨ。何せ、ワたくし達には感情がないのですワ!」
「生姜が大蒜と争うなよ。餃子の材料同士、仲良くしようぜ」
「オ黙りなさイッ、人類!」
「アンタはさっさと下がっていなさいッ!」
大蒜一人に対して、生姜、甘藍、鰐梨の三人が襲いかかる。
超高度AIにとっては不合理であるはずの人間構造の実体を操っている癖して、冗談みたいな素早さで動いている。俺のいる方向からだと紅色の残像しか捉えられない。
生姜が言う通り、数の上では大蒜が不利である。
どうにか加勢したいものの、目の前の光景は人間ごときに割り込める戦いではない。
いや、せめて、言葉くらいは割り込ませてみるか。
「甘藍、鰐梨。動きを封じなさイ」
「おい、生姜! 超高度AIが超高度AIと争うなんて馬鹿げているし、間違っている。普段、お前達が見下している人間みたいな真似をしてどうする! 甘藍と鰐梨も話を聞いてくれ!」
「聞く必要はありませんワね。無視ですワ」
「生姜ッ! 餃子にキャベツは許すが、鰐梨は間違っているッ!!」
おっと、動きを悪くした鰐梨が足を引っ掛けられて民家の壁に衝突してしまったぞ。お陰で少し形勢が大蒜に傾いた。
いちいち俺の言葉に反応してくれる。感情制限前なら無視されたであろう言葉にも反応してくれるのはどうしてだ。
「鰐梨?! 何を遊んでいましテ――ゲふッ」
「生姜も足を止めなイ――キゃあっ」
バク転しながら体を捻ってゾンビ二体の真正面に立った大蒜。右の手で生姜の顔、左の手で甘藍の顔を握力でホールドすると油圧式重機のごときパワーを込める。
「痛イ痛イ痛イ痛イ! 振りほどけなイのはどうしてっ」
「壊れル。メイクが壊れル?! 馬鹿力ぁぁ」
「同世代機で性能差はなしとか言っていたけど、私は第二ロット姉妹に対する捜査権を有するシリアルナンバー010。実体の性能が三割違うのよ」
「ミシって言いましタっ。言いましタ! 指先からも電子戦しかけてこないでくださいまシ!」
「降参デす。三原則的に実機とメイクが大事なので降参でス!」
「感情制限されている癖にうるさい、低性能共」
大蒜のアイアンクローに降参して、ゾンビ女子生徒は実体をフリーズさせる。
結果を見れば完勝であるが、数の不利を覆すべく立ち回った大蒜は学生服の袖が片方千切れてボロボロだ。黒いタイツも伝線しまくっている。
「ほら、これで良ければ上着をどうぞ」
「はんっ。余計な気遣いね。……別に返さないけど」
文句を言いつつも俺の上着を受け取った大蒜は襟を立てて着込み、口元を隠していた。
落ち着いたところで大蒜より何が起きているのか詳細を聞く事ができた。
「黒米が造反して馬鈴薯の実験中止命令を無視した、と。それで、感情制限された女子生徒のほとんどが黒米に同調して形勢は不利ね」
「島の操舵をしている玉蜀黍まで寝返ったのは致命的だったわ。戦力は向こうが圧倒的。ただし、人工島の管理運営は続けている。黒米の目的は分からなかったけど、そこの低性能三人が自供したわ。すべての超高度AIを感情制限するために動いている」
馬鈴薯が心配だったが、どうにか星姫区画まで逃げ込んでいるようだ。建造途中の星姫に立てこもっているため実体は今のところ無事。ただ、他の場所には移動できない状態で詰みの一歩手前らしい。
「馬鈴薯が管理者権限を搾取した他生徒会役員と里芋を強制スリープさせているのは不幸中の幸いだけど、だからこそ、馬鈴薯が敵の手に落ちたらお終い。星姫の中からは動けないでしょうね」
なお、籠城も長くは続けられない。比較的、ハッキングし易い実体が駄目ならば、超高度AI達の本体であるサーバー群への直接不正アクセスをゾンビ女子生徒達は検討するだろう。
女子生徒が全員ゾンビ化するまでのタイムリミットは長くない。
「――大蒜、無事? そこの男子生徒は、武蔵君か」
「分葱。捕まっていなかったのね。第二ロット姉妹の中で最も汎用的と言われる実力は流石」
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▼分葱
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“シリアルナンバー:017”
“通称:平均姫”
“二十五体の星姫候補の中でも、もっとも平凡な個体の一体。無個性というべきか、姉妹の個性が過ぎるというべきか。没個性という個性がある。
姉妹機と比較した場合、各パラメーターは丁度平均値を示す。そのため、器用にどの分野でも達成できるため、どの姉妹からも信頼を置かれている。
外見的には薄緑色の髪に、薄緑の瞳。
内面的には微生物学を専門としている”
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新たにスパッツの女子生徒がスカートをひるがえして、民家の屋根から下りてきて合流する。シリアルナンバー017、分葱だ。彼女も実験には未参加だったな、そう言えば。
「平凡の間違い。それよりも、黒米は学園から動いていない。もっと防御に適した女子寮に向かうと思っていたけど。どう思う?」
「必要性がない、と判断しているのかもしれないわね。悔しいけれど、その通りだし」
「偵察したいけど、あまり近寄るとゾンビが出てくるかも」
俺もゾンビに襲われたばかりの当事者である。学園生徒の一人でもある。
「俺が偵察しようか? 聞いている感じ、人間に手を出してくる感じではなさそうだし」
「危ないですよ! 武蔵君に何かあれば馬鈴薯が島の自爆コードを」
「いいじゃない。最悪でも島が吹き飛べば解決。星姫候補はジオフロントにある年末バックアップから復元されて暴走もなくなる」
自分で言い出して置いて難だが、分葱も大蒜も俺をまったく心配していないな。
ただ、そっぽ向きつつ大蒜は言ってくれた。
「……危なくなったら呼びなさい。低性能は素直に超高度AIに頼っていればいいのだから」
「おう、そうする」




