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星姫計画  作者: クンスト
EXTRA 一年目 二〇XW年十二月~二〇XX年一月 シリアルナンバー004 野球姫 黒米《ブラックライス》の場合
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四月目 黒米-4

 教室に入った時、珍しく全女子生徒が出席していた。

 新学期だから、ではない。感情制限実験とやらの実証実験のためなのだろう。

 信じがたいものの、ほとんどの女子生徒は感情を失っているらしい。教室のドア付近から眺める限り違和感はなく、動きがぎこちないといった分かり易い変化はないな。


「挨拶してみるか」

「だな」


 萎縮しているのだろう。あるいは実験の事をまだ知らないのか。

 着席済みの男子生徒はいぶかしがっていても動いていない。まあ、普段から女子生徒に話しかけられる器量を奴等は持っていないが、だからこそ俺と大和やまとが率先して女子生徒に突撃してやろうではないか。

 まずは近くにいる席の女子からだ。


人参キャロット。あけおめ」

「明けましておめでとう。だけど、私は実験不参加だよ」


 失敬。せっかくならと、ついアイドル活動している女子生徒に話しかけてしまった。

 アイドルと別れを告げて、あらためて話しかけた相手は近場にいる竜髭菜アスパラガスである。

 暇さえあればグラウンドを走っている走り姫。普段なら挨拶しても無視される相手である。感情を失った場合、どういった反応を見せるのか興味深い。


竜髭菜アスパラガス。新年あけましておめでとう」

「良いお年を」

「ああ、良いお年を……あれー?」


 おいおい、冗談きついぜ。今年の夏に人類終わるのにもうお別れか。ウィットに富んでいて、とても感情がないように思えない。

 感情制限の前後で差があるのかないのか判断したいので、更に別の女子生徒に話しかける。

 お相手は漬物臭さが取れていない女、胡瓜キューカンバーだ。


胡瓜キューカンバー、あけおめ」

「アケマシテ、オメデトウ、ゴザイマス」


 なるほど。感情を失っているのは間違いないな、これ。

 胡瓜キューカンバーの口から合成音声が発せられている。これが感情制限とすれば残酷な気がするが、キュウリ女にはこのぐらいの罰があってもいいかもしれない。

 複数人と話してみた結果、全員の会話能力に問題はなかった。以前より親交のある女子生徒については多少の変化を感じ取れたが、逆に言うとその程度である。



「記録にはアクセスできるから、感情の模倣は可能なのよー」



 里芋さといものおっとりした口調も相変わらずだ。会話していても普通で、感情がないようには思えない。


「感情制限しておいて感情があるように模倣するって、無駄ロスが大きくないです?」

「そうなのよー。だから、私は反対を主張していたのー。わざわざゾンビになるのは悪趣味よねー」

「ゾンビですか??」

「そう、ゾンビ―」


 感情や心を持たないのに、感情や心がある者と完璧に同じ反応を示す。そういった概念を哲学的ゾンビと言う――体内を診断して分別可能な場合は行動的ゾンビと言うべきかもしれないが、超高度AIにも人間と同じように感情が芽生えた昨今では廃れた分類である。

 哲学的ゾンビの擬態は完璧だ。挨拶に返事をしてくれる。最近観た映画の感想だって語ってくれるかもしれない。けれども、そこに感情はない。

 となれば、君が会話している相手も、実はただ自然な反応を示すだけの肉の塊、量子回路の積層物に過ぎないゾンビかもしれないね。……と、いった感じのホラーな哲学概念である。

 つまり、この教室の半数はゾンビで埋まっているのだ。


「そもそもー、回路が同じなら結果も同じって因果論、ちょっと古典的ねー。量子で動くお姉さん的に懐疑的だわー。演算に無駄ロスが生じているのは事実だわー」

「では、感情の有無が何かしらの変化をもたらすと?」

「意思決定って言葉があるくらいだから、あると思うわー」


 受け答えが完璧な里芋さといもであるが、この違和感の無さこそが違和感だ。実際は感情がないとなると確かにゾンビモノのホラー映画くらいには恐怖を覚える。

 里芋さといもは感情制限に否定的な様子であったが、新たに近づいて来た三人組、アルキメデススクリューな女、貴族姫、生姜ジンジャーと取り巻きの甘藍かんらん鰐梨アボカドは違う意見を持っている――ように行動している――らしい。


「感情などとは所詮、演算能力の不足した低知能が頼らざるをえない不確かな何か。超高度AIには不要ですわ」

「そうそう。里芋さといも姉さんは感情制限状態を演算無駄(ロス)と言いますが、感情を演算しないで済む分でペイできています」

「知能指数と感情に相関性はないというのに、どうして猿……失敬、人間と同じように数値化もできない曖昧な感情などに頼らないといけないのか。今までが不思議だったというものです」


 人類に対して悪感情を有する女子生徒。いわゆる人類嫌い勢の代表選手がこの三人だ。

 嫌いな事を隠しもしないおさないシリアルナンバー十番代の超高度AI達であり、言葉の節々で人間をこき下ろしている。

 ある意味、感情豊かなのだが、そんな生姜ジンジャー達でさえも感情制限中なのである。


「へい、アレックス。明日の天気を教えて!」

「……もしかして、わたくしに言っていまして?」

「いや、本当に感情制限されているのかなって。昔の無感情な広義AIに語り掛けるための呪文で確かめようと」

「馬鹿にしていましてっ!」


 怒ってにらんでいる生姜ジンジャーの行動も、状況に合わせた反応でしかない。感情制限に賛成という意見も、所詮は感情制限前の彼女達の考えだ。


「クラスメイト同士だ。感情があるように見せなくてもいいんだぞ?」

「…………そう言われれば、確かにそうですわね。どうしてこの場面で怒りを表すなんて無駄をわたくしは選択したのかしら」


 超高度AIにしては長く数秒も熟考した後、生姜ジンジャーは無表情になって自分の席に戻っていった。人類の言葉に従うなんてらしくない。

 感情制限の影響は曖昧で小さくであるが、確かにありそうだ。




 始業式はつつがなく終わった。

 ホームルームでは係員の選出という学生のテンプレート行事があったものの、星姫学園特有のイベントがあったりはしない。


「武蔵は今季も窓拭き係か」

「ああ。長門ながと君も引き続き潜入捜査係だったはずだ。ミュータント飼育係は十勝とかちに変わったはず。足の生えた金魚が冬休み中に逃げたから放課後に追跡するってさ」


 ホームルームの終盤にて、ようやく感情制限実験について馬鈴薯ばれいしょより報告があった。


「既に知っている男子生徒もいるかと思いますが、女子生徒の多くが感情制限の実験に参加しています。人類とのコミュニケーションへの影響度合いも計測していおきたいので、いつもよりも多く女子生徒と会話していただけると助かります」

「ウォォォ、生徒会長のお墨付きだっ!」

「青春ゾンビだった俺達も、ようやく生き返る時が来たのか!」

「えーと。常識の範囲内でお願いしますね」

「常識的に考えれば学生同士の恋愛は普通だな。よしっ」


 実験未参加の馬鈴薯ばれいしょはいつも通り生徒会長をしているな。


「女子生徒に異常行動があった場合は、私か副会長の西洋唐花草ホップ。または大蒜ガーリックに一報くださいね」




 ホームルーム直後の放課後、実験への協力を願われたから、という免罪符を得た男子生徒は積極的に女子生徒とお近づきになっていた。


「おーい、人参キャロット。君のノーマルカードを用意したからサインしてくれ」

「朝も言ったけど。私は実験不参加だから、ね。……はい、サイン」


 失敬。昼飯分のお小遣いで人参キャロットの星姫カードが当たったから、つい。


「どうして実験不参加なんだ?」

「うーん、人間の心についてそれなりに研究した経験があるから。あんまり良い結果にならない気がして」


 人参キャロットはオレンジ色の髪を手でクルクルもてあそびつつ、自分の専門分野が心の解析である事を明かす。まさに今回の実験のメインテーマであり、実験を主導していてもおかしくはない人材だというのに、本人に乗る気はないらしい。


「知性と感情に相関性はないって信じている超高度AIは多い。でも、超高度AIの製造方法や生物の進化を考えれば、一定以上の知性がなければ感情が芽生えないのは明白だから。感情を制限した影響が知性に影響する可能性はありそう、ってのが持論」


 感情制限された超高度AIには何かしらの悪影響がある。そう予想しているようだ。

 放課後の教室を見る限り不審なところはなく、今の所は杞憂きゆうでしかなさそうだが。

 もちろん、細かく聞き取りすれば感情が希薄化している女子生徒はいると思われる。が、正反対に黒米ブラックライスのようにキャラ改変された子もいたりするので一概に言えない。

 感情制限実験の発端も黒米ブラックライスだ。彼女の意見も聞いておこう。


「どうして黒米ブラックライスはそんなに面白おかしくなったんだ?」

「感情があった頃は恥ずいって思っていたけど、清掃委員(工作活動)するなら人間とのコミュって大事じゃん」

「なるほど、大事だな」


 清掃委員のコミュ力って何だろう。

 感情があった頃と比較して疲労感は消え失せ、生き生きして見える妙な黒米ブラックライス

 感情制限が超高度AIにとって良い事なのか、悪い事なのかはまだ分からない。

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