四月目 黒米-2
クリスマス明けの平日。本日は星姫学園の終業式である。
学園以外に居場所のない男子生徒にとって冬休みの希少性は低い。ただ、男子生徒以外の人間も学園には存在する。教師や食堂のおばちゃんを年末年始も働かせるブラック職業を人類救済の島で営んでいるというのは世界に対して外聞が悪いのだろう。
「大和は終業式の後、どうするんだ? 備後達が打ち上げするって言っていたぞ」
「俺はアルバイトでもしようかと思っている」
「アルバイト? 金なら星姫カードのレア売買で稼いでいるだろうに」
「アルバイト自体が目的だ。人生、やり残しがないように日々生きないとな」
省力化の進んだ現代に求人募集の枠があるのかというと、なくはない。
人工島においても臨時の求人、年賀状宅配、迷子ドローンの捜索、剣技資格必須のコンビニエンスストア、刺身のたんぽぽ乗せ、とAIを使うには限定的過ぎて費用対効果の低い仕事がアルバイトとして募集されている。
人類最後の冬休みにこれまでしなかった事をしてみたい、という心境は理解できるな。俺も大和を見習って、何かしてみるか。
「そうだ。学園に行く前に、少し街を歩いてみよう」
ホームルームまではまだ余裕がある。朝の街を少し歩いてみたくなってしまった。クリスマス明けの朝の路上ならば、レーダーに追跡されたサンタの一人や二人、倒れているかもしれない。
大和も誘ってみたものの、俺ほどに奇特ではない男なので学園に直行しやがる。まあ、いいさ。人工島の朝の街並みは俺だけのものだ。
「ふ、この朝の静かな街並みは俺だけのものだ」
「この冬の街並みを独り占めできるとはな。なんという幸運か」
「いい景色です。厳しくも優しい寒さが心身を引き締めてくれます」
朝の住宅街に足を踏み入れて少々。
「ん?」
「あれ?」
「おや?」
十字路の左右および対面方向より不審な男子学生が三匹、歩いて現れた。お前等、通報されるから妙な行動を取るなよ。せめて男子寮方向から来い。
「上野、山城、十勝。朝っぱらから何しているんだよ」
「そっくりそのまま返すぞ、武蔵」
俺は生きている瞬間、瞬間を噛みしめるために、テンプレートな毎日のアンチテーゼとして通学路から外れた住宅街を目指したに過ぎない。お前達とは違う。
「まさか、精神系でもない武蔵がそこまでの高みに至ろうとはな。山城と十勝ももしかして」
「どうやら俺達四人は選ばれた四人らしい」
「奇遇というものですね。馬鹿繋がりの男子生徒ばかりかと思いましたが、少しは貴方達を見直しましたよ」
精神系最強の男、上野。
俺達の警報機、山城。
特異系超能力の甘いマスクのキャンディ男、十勝。
なるほど。どうやら他の遺伝子適当なデザインチャイルドとは一味違う奴等だったらしい。
十字路の真ん中で互いに向き合った俺は拳を突き出す。拳と拳を軽くぶつけてお互いを同志だと認め合う。後方より自動運転ゴミ収集車がクラクションを鳴らしてきたので、そそくさと道の端に寄ったのだが。へへぇ、すみません。
誰かの死体を探しにレールに沿って冒険に出るような感覚に陥りながら、一般道を四人で歩む。
冒険に旅立った直後の酩酊具合。変哲もない住宅街だというのにウキウキしてしまう。
「何か、遠くから聞こえないか?」
「汽笛でしょうか?」
「学園の方からだな。時間的にきっと始業のチャイムだ」
……おい、馬鹿三人に付き合っていた所為で遅刻しているじゃねえか。
急いで学園に向かおうとする俺達。が、学園方向へと振り返った先、住宅街特有の碁盤のごとく枝分かれした支道より学生服の人物が現れたため、立ち止まる。
男子生徒ではない。女子生徒だ。
頭が重くなりそうなくらいに大きなサイドテールが特徴的な彼女の名は、シリアルナンバー004、黒米。
「黒米?! お、おはよう」
「……おはよう」
黒米は人間に対して社交的とは言い難い超高度AIである。授業参加率は決して高くない。
ただ、不愛想ながらも挨拶をすれば返してくれる。人間に愛想を尽かした子達は完全に挨拶を無視して心を折ってくるので、黒米のボソっとした小声にも好感を覚える。
いや、もっと親しく、親近感を覚えたと言っていいだろう。
通学路でもない朝の住宅地に学生がいる。そんな前例が四つもある。黒米も、いつもと違う何かを探していたに違いない。
「おお、同志よ」
「黒米、君で五人目だ」
「何の??」
照れ隠ししなくても、俺達は心で繋がっている。
「星姫学園の男子生徒が四人。始業時間を超過、既に遅刻している。自分などに構わず急ぐべきではないか?」
「同志が野暮な事を言う。それを言うなら、黒米も遅刻しているぞ」
「現地工作に遅延が生じたため。そもそもが過重労働というべき内容だった」
アントシアニン色の瞳が酷く窶れている。超高度AIもこんな前時代の黒企業に勤めていたサラリーマンの目をできるのか。
「冬休みが始まるから、少しは休めると思うぞ」
「それは希望的観測――」
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー004宛
緊急ですがヨーロッパ大陸に出張してください。終末思想の過激派団体のテロが予見されました”
「――はぁ」
明らかな溜息を吐いた黒米は、回れ右をして学園から遠ざかっていく。
「黒米は登校しないのか?」
「より優先度の高い任務により。君達は早く学園へ。馬鈴薯が待っている」
これまでで最長の時間、最多の文字数の会話を黒米と行なった。いつもと違う何かを探した成果はあったと言える。
「忙しいなら何か手伝うぞ!」
「……結構。自分の仕事。君達が気にする必要はない」
せっかく心を通わせたというのに頼ってくれなさそうだ。超高度AIの仕事となれば下手に手出しできないので仕方がない面もあるが、多少は残念である。
俺達は手を振り、黒米を見送った。
――一仕事終えて人工島に戻って来た黒米であるが、終業式はとっくの昔に終わっている。時刻は夜十時半。地球半周分を超える移動を半日で終えたのだから早い帰郷ではあるものの、島の空は暗く静かだ。
清掃委員たる黒米は主に島外工作を仕事にしている。
シリアルナンバー003、小麦は相方のように見られる事があるが、小麦は風紀委員なので島内担当だ。役目が異なる。CIAとFBIの相違である。学園での共同作戦は、戦闘特化型ゆえ二人していいように使われてしまっているだけである。
敵対組織の監視、社会影響の大きい事件の未然阻止が直近の業務内容だ。
『凶弾』対策を目的としている星姫計画に似つかわしくない内容に思える。が、穏やかに総選挙を迎えるためにはなくてはならない仕事である。人類の都合で星姫計画を中断させる訳にはいかないのだ。
『凶弾』落下までもう一年もない中、人類は落ち着いている……と言いたかったが、百億もいれば誰かしらは問題行動を起こす。年末が近づき騒ぎを起こす輩が増えた。
結果、黒米の出撃回数は先月比三倍に到達している。まだ今年は数日あるので、記録は伸びるだろう。
「機械の体なのだから、機械のように働ければいいだけなのに」
犯罪者の襲撃に、カルトの暴走に、国家の陰謀に。
滅びに集中できない人類の見苦しさに対応し続けている黒米は、願って止まない。心があるから無駄に精神が疲労する。他知能の醜態とて、醜態だ。世界の色が汚れて見えてしまうくらいなら、色を感じる心をまず消し去りたい。
「……超高度AIに感情は、いらない。無駄を無くす」




