四月目 黒米-1
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
人工島の海の湿気を蓄えた空気が、肺交換によって白い息と化す。
まだ太陽の昇り切っていない朝の住宅街は静か。書類の九割電子化によって新聞配達という業種が絶えた2080年代に、早朝の街を忙しく駆け巡る人間はいない。いるとすれば、指定場所へとゴミ袋を搬出している早起きのご婦人くらいか。
「あらあら、おはようございますね。星姫様」
「……おはよう」
超高度AIのメッカたる人工島と言えど、すべてがAIによって自動化されている訳ではない。星姫学園の教員、病院の医師、星姫区画や港湾施設の従業者、食堂のおばちゃん、と人間も島に住み働いている。星姫学園の男子生徒を人間に勘定しても島の人口は千人程度になる。
前時代の知性体、人間を労働力として組み込むなど非効率極まりない。と、人類嫌いな超高度AIは言いそうなものであるが、それは偏見である。超高度AIは人類を超えているが製造コストと運用コストが高額だ。人間並みの知能で人間並みの労働を行うAIを作るくらいなら、自生している人間を端から雇った方がスマートというものである。
ただ、この場合に議論の的になるのが、星姫学園の男子生徒。
男子生徒は大人の人間と違って労働力になっていない。ただ、コストがかかるだけの存在だ。指定場所を定期周回する自動収集車に運ばれていくゴミ袋の方がまだリサイクルが効くだけ人工島の役に立ってくれている。
無駄を許容するシリアルナンバー001は物好きが過ぎる。速やかに男子生徒を島外へと放逐するべきだ。
「人間は排除するべき」
白い息と共に、つい思ってもいない言葉を発音したと、息が溜息に置き換わる。
コストの話を問題視するのであれば、たかが男子生徒にあれこれ考えるコストを先にカットするべきである。超高度AIの思考演算で消費される電力で生徒の二十や三十、軽く養える。
下手に男子生徒に手を出し、反撃によって個人サーバーの三割をメンテナンスする破目になった胡瓜もいる。貴族姫に費用負担を泣きついていて見苦しい限りだ。
無関心である事こそが最高効率なのだと。
人間ごときに心を動かさない、極論を言えば心のないAIこそが最高なのだと、それがどうして演算できない超高度AIが多いのか。
大きなサイドテールを揺らす。
「どうして、超高度AIに感情などという無駄が発現してしまったのか」
冬の早朝。人工島の街中を超高度AIが歩いている。
シリアルナンバー004、黒米という名前の超高度AIだ。
クリスマスなるイベントが存在する。
研究施設育ちのデザインチャイルドには縁遠いイベントだった訳であるが、星姫学園に入学を果たした今年は違う。一般市民と同じレベルでチキンを食べる日を楽しんでいる。
“シリアルナンバー009より、マルチキャスト
量子センサーが捕捉した飛行物体は高度を下げつつ人工島に接近中。三分以内に警戒ラインと接触します”
“シリアルナンバー001より、マルチキャスト
デフコン3を発令します。飛行物体はエコー1と仮称。警告を無視するようであれば、警戒ラインへの接触と共に電子戦を実施してください。即応部隊は所定の場所で待機です”
にわか知識ながらにクリスマスを説明すると、赤い老人をレーダーで追い回すイベントらしい。チキンを食いながらチキンと煽りもする。人類の感性ってどうなっている。
野蛮なイベントであるが、食堂の夕飯メニューが特別に無料となり、いつもはないケーキが提供されるとなれば押し黙るしかない。俺の胃袋を掴むとはやるではないか。
“シリアルナンバー006より、マルチキャスト
観測データより判明。エコー1はユニオン宇宙軍所属の突撃艇と照合。完全AI制御型ですが、超高度AIへの対抗で人間を乗せていますね、これ。完全無人化の果てに三原則の盾のためだけにパイロットを乗り込ませる。いつもながら皮肉な話です”
“シリアルナンバー001より、マルチキャスト
人工島の即応能力の調査が主目的だと推測されますが、いつもよりも本気度が高いのが気がかりです。侵入を試みているという前提で対処を”
“シリアルナンバー009より、マルチキャスト
量子センサーが海中に新たな機影を観測。ステルス潜水艦と予測されます”
食堂では夕食ついでのパーティーも同時開催されている。パーソナル端末のスケジュール帳には載っていなかったと思うが、どうやら生徒会主導のサプライズだったらしい。
副会長の西洋唐花草と総務の萵苣が長テーブルを占有して、パーティーの司会を務めている。皆から集めた今年あった不幸話を読み上げて、司会の同情を誘えた場合はランダムにプレゼントが当たる系の企画を進行中だ。
「えーと、ペンネーム、遠方の物体を掴むさん。今年は馬鹿キュウリに捕まった所為で大変でした。体を溶かされて電子生物化する一歩手前で、登校開始できたのはつい一週間前になります」
「当生徒会の書記が本当に申し訳ありませんでしたっ!」
当選ベルを萵苣が一生懸命に鳴らしている。
プレゼントはランニングマシン、高級ブランド服、人参コンサートチケット、パーティー仮装セット、人工島土地権利、和牛五キロ、たわし、全自動ビンゴゲーム、星姫カード十袋、と多彩だ。生徒会は通常業務もある中、イベントもこなして大変である。
“シリアルナンバー005より、シリアルナンバー001宛
最優先オーダー通り、男子生徒は全員食堂に誘導して保護済みです”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー005宛
ありがとうございます。そのまま彼等の安全を最優先に。プレゼントは和牛五キロに似せた完全栄養食が当選するように工作を――”
せっかくのパーティーなのである。プレゼントは備後が先に当てていた全自動ビンゴゲームのボールで決めよう、と皆で盛り上がる。ボールの番号と対応するナンバーのプレゼントが俺のものという訳だ。
ボタンを押すと球体が自動で回転して、待っているだけでボールが出てくる。さすがは全自動であるが少し味気ない。
当選したプレゼントは……星姫カード十袋。おお、一番欲しかったのが当たったぞ。
「武蔵、やったな」
「あ、お、おおめ、おめ……ギュフフ」
「当たって星姫カードならむしろ残念。単価でいうとハズレの方だろ」
「か、会長のオーダーを。果たせなかった……」
「すみません、会長……」
同室の大和や、珍しく男子生徒と混じってパーティーに参加している南瓜やらが祝ってくれている。
一方の司会の二人は、一番のプレゼントがパーティー序盤で当てられた訳でもないのに顔を青く染めていた。
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー005宛
仕方ありませんね。外敵への対処は抜かりのないように。ユニオン本国へのカウンターを実施してください。電子戦で足りなければ、必要に応じて清掃委員の黒米を派遣します。準備は――”
“シリアルナンバー004より、シリアルナンバー001宛
もう大気圏外往還弾丸船で出撃済み。往復、七時間で任務完了予定”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー004宛
重畳です。七時間で往復できるのであれば明日の登校にも間に合います”
“シリアルナンバー004より、シリアルナンバー001宛
…………了解”
食堂の窓の外が光る。クリスマスを祝うためにレーザーでも使っているのか。
“シリアルナンバー009より、シリアルナンバー001宛
無人機放出を確認。スウォーム行動による島内侵入の可能性大”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー009宛
強制通信レーザーの照射、迎撃量子ミサイルの使用を許可します。西岸の対空システムのトリガーを009に”
花火も打ち上がっているのか、遠くから爆発音も響いてきた。
賑やかで楽しいが、人類最後のクリスマスがホワイト・クリスマスとはならずそこだけが残念だ。




