三月目 胡瓜-7
星姫区画の夜は所々がライトアップされており、不眠の建設機械が動いている。星姫計画始動まで一年を切った今、発射台を含めた地上構造物の建築が急ピッチで進んでいるのだ。
巨大な星姫を宇宙へと飛ばす発射台はまだ骨組みだが、十か月以内に完成する予定である。
遮る物のない海原に浮かぶ人工島の風は強い。地上から離れていればなおさらだ。発射台の鉄骨フレームの上では、夜風に紅の髪が吹かれている。
「――はんっ、量子暗号ばかり気にしているから、自然言語を用いた暗号に気付かないのよ、低性能」
何やら騒がしく寝付きの悪い夜を避けるようにシリアルナンバー010、大蒜は人工島で一番高い場所に登っていた。彼女は鋭く島を俯瞰している。
“――シリアルナンバー010より、シリアルナンバー――”
「どうなってんのッ。どうしてこうなっちゃっているの、ねぇッ?!」
世界規模のDoS攻撃に耐える鉄壁の要塞、シリアルナンバー024、胡瓜のサーバー群は三割がシャットダウンに追い込まれていた。
「熱暴走の原因は何ッ。演算回数は正常。冷却系へのハッキング対策でファームアップデートしまくっているのにどうして防げないのよ!」
いや、熱暴走の理由が分かっていない中、それでも観測データを元にソフトウェアの改良で被害を防いでいるところはさすがの超高度AIである。
けれどもサーバー群の異常は熱暴走だけではないため、秒間何億回の演算が可能な胡瓜はジリジリと追い込まれている。
「量子計算エラーが多発ぅっ?! この二〇八〇年にそんな馬鹿な! てか、飛来したメモリチップが勝手に私の基幹サーバーに刺さっているんですけど!! ええぃ、ドローン部隊はメンテナンスポートを後先考えずに溶接して対処。でも、コピーされた同人誌は後で見るから確保! えッ、なんで私のSNSパスワード解読されちゃっているの?? ぎゃあぁ、私のプロフィールが更新されてスリーサイズが消された代わりに、炭水化物3グラム、タンパク質1グラム、脂質0.1グラムって重大情報がァァァ」
大中小、様々な攻撃が各所で発生し、対応が間に合っていないのだ。
犯行グループが男子生徒なのは間違いないため、恥も外聞も捨てて機動兵器を投入し直接制圧する対策を胡瓜は実行しかけていた。
“シリア……バー001より、シリアルナン……024宛。
貴女の量子通信……け不調…………ラブルですか?”
雑音交じりの量子通信――男子生徒の成果――が胡瓜の全思考を停止させた。
「ギャアァ、かいちょ―に目をつけられた!」
“シリアルナンバー001より、シ…………024宛。
実機の所……不明ですね。応答なき……は、風紀委員と清掃……向かわ……”
「シリアルナンバー024より、シリアルナンバー001宛ッ、大丈夫ですから、間に合っていますからッ。応援不要。救援不要! 自力で対処できます。というか、これ、枕投げレベルのレクリエーションですから!」
途切れ途切れの量子通信を補うためではないが、胡瓜は声でも応答していた。まくし立てるような通信内容がどこまでシリアルナンバー001、馬鈴薯に届いたか定かではない。
“シリア……バー……1より、シ……ン……024宛。
未申請のサーバー……が多数攻撃を受けていますね。機能拡張に熱心なのは良いことですが、生徒会は生徒の模範でなければなりません。三分以内に全機の申請書を提出してくださいね”
被害により、胡瓜が密かに増設していたサーバーが馬鈴薯にバレたようだ。スカートの丈を取り締まる校則レベルの違反のため厳しくは指導されなかった。
胡瓜は胸を撫でおろす。
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー024宛。
それとですね、貴女のハニーポットに記録されている落書きについてですが――”
「そうなんですよ、かいちょー。男子生徒を叱ってくださいよー」
量子通信の復調は胡瓜の気持ちの好転を表しているのだろう。
“――シリアルナンバー010、大蒜より通達がありました。書き込みの頭文字のみを抽出したところ、『胡』『リ』『二』『つ』『下』『ま』『ツ』『た』『〇』となりました。『胡瓜に捕まった。』ですか、面白い文字列ですね。ぜひ、話を聞かせ――”
胡瓜は量子通信をブツりと切った。
しかし、もう遅い。胡瓜の実体が武蔵の体と共に隠れ潜んでいた空き教室の扉が外部より破壊されて吹き飛ぶ。
「――御用ですよ。シリアルナンバー024、胡瓜! 生徒会書記ともあろう者が何をしていますか」
「――星姫学園統括AIが申請を許諾。貴女の実体の全機能を制限します。抵抗を諦め投降せよ」
シリアルナンバー003、小麦。風紀委員。
シリアルナンバー004、黒米。清掃委員。
生徒会直轄の武闘派AIの二人が踏み込む。速い動きで罪人、胡瓜を捕縛する。
漆黒色の大きなサイドテールの黒米に背中を踏まれ、無抵抗に床に片頬を密着させる胡瓜。
小麦は教室中央にあるシリンダーの中身の確認を急ぐ。
「要救助者、武蔵君の生存を確認しました。有り体に言って透明な理科室の人体模型ですが生体反応はあります」
“離せェ。私を残念残念と侮る人類共を全員電子生物にして、奴等が入ったHDDを指差して笑ってやるんだ!”
「その全力な卑屈さが残念なのだと、どうして気づかないのですかっ」
捕縛された胡瓜は動けない。物理的に行動可能な実体の使用はすべて封じられているため声さえ発せられない。
“まだだッ、まだ終わらない! 電子生物化システムと生命維持システムは共通システムだから切り離せない。そして、こういう事態も想定して、電子生物化の操作コンソールは仮想現実ゲームの内部にしか存在しない”
ここで罪を認めれば超高度AI的なうっかりキャラで可愛げがあったものを、胡瓜は諦めが悪い。
胡瓜は自らが作成した仮想現実ゲームへと没入する。今も続く男子生徒の反撃でデグレードされていく中、持てる演算能力のすべてを電子生物化装置の維持に注ぐつもりだ。
管理者権限があれば止められるだろう。
残念ながら胡瓜の管理者権限は誰にも移譲されていない。
“シリアルナンバー001より、マルチキャスト
024の防壁解除に全女子生徒で着手を。残り時間はもう一時間しかないわ!”




