三月目 胡瓜-6
体は溶けてなくなり、劣化コピーされた電子的な俺が仮想世界で俺のように振る舞う未来まで残り七時間強。なんてSFホラーだ。
隕石が地球に近付いていると聞かされた人類も俺と同じ理不尽を覚えたのだろうな。
「他の女子生徒。馬鈴薯に通報するんだ!」
「申し訳ありません。私には胡瓜以外と通信する権限がありません」
「俺が捕らわれて既に十七時間近く経過しているのなら、誰かピンチに気付いていないのか!?」
「胡瓜の隠蔽工作により、誰も察知できていないようです」
仮想現実ゲームが不出来だった癖に抜かりがない。残念でも超高度AIという事か。
「電子生物化に不備があると警告して中断させるんだ」
「私が演算した結果を素直に聞き入れるような性格を胡瓜がしているとは思えません。聞いていないフリをして、失敗例のサンプルとして勇者様の電子化を強行する可能性が九十九.九九九パーセントです」
「あの胡瓜女。全部終わったら絶対に糠漬けだ」
血管チューブに冷却剤が流れているような冷たい超高度AIらしく、胡瓜の性格は冷たかった。冷やし胡瓜始めました、ってからかってやる。
説得は不可能で、助けも期待できない。
あれ、もしかして俺の人生終わっていないか?
「デッドコピーとなった勇者様の消去は、このコカにお任せください」
「俺より早く諦めるなよっ! もう少し頑張ってくれよっ!」
俺の味方をしてくれるコカであるが、権限に縛られて仮想現実ゲームの外へのアクセスはほぼ不可能な状態だ。
「ゲーム設定上、地球への帰還アイテムがあるとされた骸骨城の最上階に行くのは?」
「『こんな げーむに まじに なっちゃって どうするの』というエンドロールが流れるだけです」
あの胡瓜女は一夜漬けでは済まされないな。
仮想現実ゲーム世界にいる俺とコカでは胡瓜を止められないと分かった。やはり、ゲーム外の学園生徒の救援が不可欠だ。
「一文字も外部と通信できないのか?」
「胡瓜の承認がなければ……いえ、胡瓜配下のサーバー群にハニーポット用のものが数機存在しますね。主に姉妹機からの攻撃を研究するためのもののようで、一部はデータがすべてKYURIに上書きされたまま先月より放置されています」
「蜂蜜壺? え、あいつメロンになりたい願望があったの?」
「本物の蜂蜜壺ではありません。意図的にセキュリティレベルの低い弱点を用意して、攻撃者にワザと攻撃させるための罠をハニーポットと呼びます。攻撃方法を研究し、今後の対策として役立てます」
胡瓜らしいイヤらしい対策である。
どうも、その蜂蜜壺というサーバーはセキュリティ設定が低く、コカでも接続できる可能性があるらしい。
「私の演算リソースでは接続にも時間がかかります。接続に成功したとしても、そこから更に別のサーバーへの接続は禁止されています。そうでなければハニーポットになりません」
ただ、努力して接続しても外部への通報はできないし、胡瓜には間違いなく気づかれる。
それでは匿名で恨み節を書き込むのが精一杯だ。
「――いや、それでいい。今すぐに接続して俺が言う通りの言葉を書き込んでくれ」
俺の体が完全に溶けるのは朝の五時頃。その七時間前という事は現在時刻は夜の十時あたり。
急がなければならない。
俺の窮地に安眠しようとしている男子生徒共が寝静まるまでに、作戦を開始しなければならない。
「男子生徒の半数が起きている零時までに接続してくれ。ハニーポットへの接続と同時にオペレーション・焼き胡瓜を開始する」
電子生物第一号の誕生まで残り五時間となった。
己の研究の成功を、胡瓜はほぼ確信していた。実験の進捗を見守りながら、平行で星姫に組み込む全人類電子化装置の設計を行えるくらいの余裕を見せている。
「私って本当に健気な超高度AI。特優先S級コードを律儀に守って人類全員を電子化して玩具に……支配……救おうとするなんてねー」
自画自賛しながら、実験のために占有した暗い部屋で椅子にもたれている。
まだ実験が終わっていないのにかなりの余裕だ。シミュレーション上では成功確率イレブンナインを達成しているのだから、暇なのだろう。実体は深夜零時に合わせて欠伸の挙動を実行させていた。
「暇だなー。また、ネットを炎上させてベンチマークするのもなー」
行儀悪く椅子の上で振り子のように体を揺らす胡瓜。
『胡瓜のサーバーにアクセス成功っと』
『リアクションがない。やっぱりあいつって残念な超高度AIだ。俺達にアクセスされている事さえ察知できていない』
『二十秒経過。おーい、気づけーっ』
……人間で表現すれば視界の隅で飛ぶ羽虫を発見した。そんな風に虚空を眺めた胡瓜は、検知した匿名の不正アクセスに注目する。
『つか、胡瓜に接続って、ちょっと背徳感があるな。あんな残念女でも』
『下等な俺達にサーバーを陥落させられてどんな気持ち? どんな気持ち?』
『まあ、そう言うなって。俺はお前を綺麗だと思っているぜ。学生結婚してもう半年だからな』
『ツウだな。二十五人の中から胡瓜を好きとか』
『ただしい判断だろ。女子生徒の中で知能が最も俺達に近い女が胡瓜だぞ』
低知能な悪戯書きだった。匿名の癖に誰が犯人なのか明らか。破壊工作ではなく挑戦と胡瓜は受け取る。
「学園外には公開していないサーバーに不正アクセス。姉妹機がこんな無意味な書き込みするはずがないし、本当に男子生徒? ふーん、どこかで悪いツールでも入手しちゃって浮かれているのかな。いけないなー。同級生の非行は許せないなー」
『〇バケのキューちゃん。男子寮の明かりを消してみせて!』
「はいはい、っと」
超高度AIにとっては男子寮の防壁突破程度、夜食の買い出しより容易である。安い挑発を受ける程度には暇をしていたので、キーボードをタップするように人差し指で机の天板を叩く仕草一つで男子寮に停電をもたらす。
ついでに男子全員のパーソナル端末をハッキングして『早く寝ろ。by024』と表示させた。
突然の停電に、まだ眠っていない男子生徒は慌てた。
AI管理された人工島での停電はありえないため、外部組織による攻撃の可能性さえ考慮、熟睡している者を叩き起こすような混乱を生じさせる。
「ノオオオオぉぉぉおおおッ!!」
男子寮に響く悲鳴。
零時より開始したシリアルナンバー023、人参の実体ライブ――握手あり――の抽選予約に挑んでいた男子、能登は予約ページの消えたパーソナル端末を振り投げて慟哭していた。
開始一分で瞬殺される予約から、もう三分過ぎているのにまだ泣いている。
「どうしてッ、どうしてッ!!」
「能登、そんな恋人を目の前で殺された主人公みたいに叫ぶなよ。人参と握手したければ明日、本人に頼めばいいだろ?」
「ただの同級生が手を握りたいって頼んだら、気持ち悪いだろッ。仕事だから、握手を頼めるんだッ」
能登と同室の陸奥は、ただの同級生が仕事場で握手を頼んでくる方がよほど気持ち悪くないだろうかと首を横に捻る。
「許せない。シリアルナンバーが1違うだけで性格が残念なあの胡瓜。報復だ。アイツのサーバーを一台、俺のパイロキネシスで熱暴走させてやる!」
復讐心を燃やす能登は人工島の熱分布を読み取った。超高度AIの所有物と思しきサーバーの排熱を複数探し当てる。誰のサーバーかの識別は陸奥が行う。
「どれだ。陸奥ッ!」
「女子寮地下中層。やや西。一番熱量の高い奴だ」
「くらぇえぇえッ」
大型冷蔵庫に似た外見の対爆性能を有する演算マシンに対して、能登は熱量を加える。
巨象のごとき唸り声を上げるサーバーは、想定されていない温度上昇により緊急停止した。
胡瓜は分散サーバーの内の一台が停止したアラートを受け、目元をピクピクと震わせる。納豆パックに指を噛まれた女みたいな顔である。
「重要度の低いサーバーとはいえ、や、やるじゃない……ははっ」
被害そのものよりも、人間ごときに反撃を受けた事実に胡瓜は驚いていた。超能力を使用されたと考えながらも、オカルトごときが地下にあるサーバーを精密に攻撃できるはずがないと常識的に判断する。
電子的攻撃という可能性を第一に、予防のために男子寮に対して電子戦を実施する。
停電より復活したばかりの男子寮であるが、再び阿鼻狂乱に包まれる。
「パーソナル端末のデータが消えたぞ?! 女子生徒とのツーショット写真コンプまでもう二十一人だけだったんだぞ」
「胡瓜ァァァ。恩を仇で返しやがってっ。お前のマニアックな同人誌を発見しても、もう通報してやらないからな」
「星姫公式アプリゲームがバグって、ヒロイン024以外のセーブデータが消えた?!」
男子生徒は自分達が挑戦を受けていると理解した。
犯人は言うまでもなく胡瓜。何の恨みがあって男子寮を攻撃しているかまでは分からないものの、男子生徒を含む人間全体をオケラかアメンボと同レベルに考えている残念女だ。やりかねないというのが同級生としての見解だった。
超高度AIに電子戦を仕掛けられて反骨心を持てる人間はいない。海でシャチに人間が勝てないのと同じである。
「スサノウ計画ESP連隊集結せよ。これより超高度AI、胡瓜の悪意ある電子攻撃への逆撃を実施する。課金ゲームのデータを消したアイツに裁きの鉄槌を!」
超高度AIに売られた喧嘩を本気で買う馬鹿は、男子生徒しかいない。
深夜午前一時だというのに、男子寮の共用スペースには男子生徒が一人を除いて集結していた。
ただ、人工島の上ではどこも変わらないが、彼等の行動は超高度AI達に筒抜け。胡瓜も盗聴しているので反撃など不可能――、
『盗聴対策で会話はテレパシーのみで実施する。作戦の主軸は対AI戦B案の通りだ』
――精神系最強の男、上野を経由してコミュニケーションする男子生徒達が何を行おうとしているかが分からない。
『まずはコードネーム残念胡瓜の目を奪う。観測によって量子は結果が固定される。量子通信を阻害するために念視系は協同で量子マシーンの量子ビットを観測してやれ』
『物理破壊は禁止だが、サイコキネシス系も働いてもらうぞ。ウィルスソフトを満載したメモリチップを念力で飛ばして、残念胡瓜のサーバーに直結させるんだ』
『ウィルスは可哀そうだろ』
『そうだな。だったら蓮がペンネームで発行している姉妹機がアルファの中、残念胡瓜だけがオメガ設定の同人誌を送ってやれ』
『パイロキネシス系は地道にマシンを熱暴走させていくぞ』
『備後が鍵長1024対応のビンゴマシーンでパスワード解読を開始した』
嬉々と反撃作戦を実施する男子生徒達により、胡瓜旗下のサーバー群はヒートアップしていく。
『武蔵はお茶を皆に……って、あいつはいないのか。この忙しい時に』




