三月目 胡瓜-3
ピクルス王国はたった十キロの先の隣国、ガーキン帝国に侵攻を受けている。前線は崩壊し兵士は王都防衛のための僅かな数しか残されていない危機的な状況だ。
……というのがコカ姫の説明。
危機的という割には籠城戦は行われておらず、王都周辺の畑では普通に住民達が仕事をしている。
「勇者様に援助物資として武器と資金を提供します」
そう言われて手渡されたのは木製の剣と、薄汚れた銅貨が一二八枚。
「……ちょっと待て、こんなお土産品とお小遣いでどうしろと?」
「侵攻により国庫が底をついておりまして。申し訳ございません」
ドレスと宝石で着飾った女が金欠とほざいている。俺の中で、コカ姫の信用度がどんどん下がっていく。
「剣なんて使った事がない。せめて伝説の聖剣とかブラスター銃とかを貸してくれ」
「そんな物はありません。それにこれらの装備は我が国の伝統です。……さて、勇者様は肩慣らしに、王都周辺の平原で戦闘してみてください」
ピクルス城より城下町に出た俺は、コカ姫のアドバイスを無視して武器屋っぽい店を探す。無駄にかさばる木の剣を店のカウンターに乗せて店主にこう聞いた。
「この剣、何円で売れます?」
「練習用の剣にしても酷い出来だな、こりゃぁ。まるで初期装備じゃねえか。こんなの精々が二ピクルスだ」
鑑定料金そのままで商談を成立させる。二枚のキュウリの輪切りみたいな楕円銅貨と剣を交換し、身軽になった体で次の店を目指す。
探しているのは飯屋だ。昨日の朝から食べていないので腹が空いている。丁度、良い匂いがしたので足を向け、大衆店らしき軽食屋を発見だ。
「女将さん、お勧めのメニューはありますか?」
「キュウリのワサビ漬け定食か、キュウリの丸焼きだね!」
「うーん、ポテトサラダをキュウリ抜きで!」
三ピクルス支払って残金は銅貨が一二七枚。
桁だけで考えると三桁と豊富なものの、宿賃その他を考えると早ければ三日で使い果たしてしまいそうだ。そんなに長く授業を休みたくはないな。
先程、剣を売った武器屋周辺には防具屋も見える、が、デッドウェイトにしかならないと判断してスルー。
町をぐるりと一周した後、結局、城門に向かった。
城門の外は一面の畑だ。この国の主菜なのだろう。支えに巻きついたツル植物に青々とした過食部が実っている。どう見ても胡瓜としか思えない野菜ばかり実っている。放置していると水分を吸い過ぎて割れてしまうため、農民達は忙しく働いていた。
長閑な風景を通り過ぎて平原に到着する。その向こう側は森だ。目新しいものはなく、危険な雰囲気もな――、
「――そこにいるのは誰だっ!」
ガソゴソと背の高い雑草を掻き分けて姿を現す何か。そいつは森に近い場所に隠れて迂闊な獲物を待っていた。
雑草と同じ緑の肌。
子供のような背丈。
特徴的な特徴に場所が異世界とくれば、まさか、定番の初期モンスター、ゴブリンと俺はエンカウントしてしまったのか。
「――カッパァァァ」
ゴブリンっぽい姿であるがゴブリンにあらず。頭頂部に皿を乗せて甲羅を背負った水生生物が精一杯に威嚇してきた。
「……カッパ?」
「カッパァァッ」
「カッパに侵攻されているのか、この国?!」
カッパが三体現れた。興奮した様子で手に持つ武器――カッパ巻きのような棒――を構えている。数的不利はもちろんの事、こちらには武器がない。けれども、勇者として召喚された者として最初の戦闘で敗れる訳にはいかない。
ピクルス城の上階で寛ぐコカ姫は、チュートリアルが終わり、ようやく電子生物誕生までの暇潰しゲームが開始した事に安堵する。
「実験だから限定演算領域の私が案内しているけど、明らかにスペック過剰。本番では姫役も汎用AIに任せるべきね。一度くらいは姫役しておこうなんて気持ちで預かる大役じゃないって報告しないと。まったく、気楽に女学生している本体が羨ましい」
凝っている訳でもない肩を回す荒々しい動作を採用しながら、超高度AIの限定演算領域――人間に例えるなら別人格――は実験対象の現状態をチェックする。
「いちいちチェックしなくても、どうせゲーム性は私の本体の人格みたいに適当なんだけどね。三原則違反しないためにモンスターの攻撃はダメージゼロ。負けるはずがないヌルゲーをどう楽しんでいるかなーっと」
ゲームの時代設定にあるまじきホロウィンドウを手元に表示させたコカ姫は、武蔵のプレイ状況を目視した。
そして……絶句。計算外の事が起きたために発生したシークタイムである。
『カッパァァッ』
『捕虜としての待遇を要求するッ。俺を食っても米と味噌汁だけのC定食の味しかしないぞ!』
『カッパァァッ!』
荒縄で両手両足を縛られて棒で運ばれる男が必死に苦境を訴えていた。最弱に調整されたモンスター数体により森の中まで運ばれてしまっている。
「ま、負けている……? 嘘っ、どうやって!?」
『誰か助けてくれーっ。大和、馬鈴薯、現地民がノコギリを用意し始めたんだ!』
カッパ型モンスターに捕らわれたプレイヤーは無残な最期を迎えようとしている。いや、無敵設定なので四肢分断される事はないのだが、設定を知らない本人は精神的なトラウマを負うかもしれない。
「マズっ。た、助けにいかないと!」
その後、コカ姫率いる親衛隊がカッパ族の前線基地に急行する。捕らわれていた男はギリギリ無事だった。




