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星姫計画  作者: クンスト
第一章 シリアルナンバー023 歌い姫 人参《キャロット》の場合
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1-4 補完される機能欠落

 学園の体育館に椅子を並べて、ステージの上にマイクを立てる。男子学生は三十名弱、つまり全員参加しているので人手は多い。簡単に準備は完了した。


「武蔵! 明らかに男女比がおかしいぞ、どうなっている」

「そうだ! そうだ! 俺達にも青春を味あわせろ!」

「男女青春均等法の正しい施行を要請するぞ!」


「仕方ないだろ。呼んでも来ない奴が多いんだから」


 学園の学生全員に声をかけたものの、男子共と異なり女子の参加率は低い。星姫計画という建前を突きつけられると強制できない。完全に無視を決め込んで外で走っているランニング馬鹿もいる。どうしてお前達、俺達を学園に呼んだんだ。

 結局、体育館に集まった女子学生は、普段から社交的な十人のみにとどまっている。が、何も問題はない。


「男子共、今日は芸能AI、人参キャロットが参加しているんだぞ。すべて俺の尽力あってこそだっ!」


「流石は武蔵の兄貴っす! 隣の試験管で同時期に育ったけど」

「ぱねぇ。いつも腹空かしている馬鹿だと思っていました!」

「ビンゴー!」


 女子と違って男子は扱い易くてチョロい。

 全員が席に付いたところで、司会進行役を強制的に買わせた大和やまとがステージに上がる。学生カラオケ大会が開始された。


「それでは大会を開始です。楽しく歌いましょう!」


 カラオケ大会はトーナメント式を採用した。集まった四十人全員が歌う訳ではなく、勇士八名によるバトルロワイアルになっている。ジャンルは自由。持ち歌がある者はそれを歌っても良い。

 一回戦はいきなり本命の人参キャロットと男子選抜の能登のと

 能登は普段から自室で一人カラオケを行って同室、隣室からボコられて耐久性を高めている。あ、もちろん、対戦相手は仕組みました。

 カラオケ大会に不満を持っていても、普段どおり笑顔で対戦者と握手する人参キャロット

「能登君、よろしくねっ」

「はひっ。よ、よろしくお願いします。握手まで!? もう一生、手を洗いません!」

 能登は三ヶ月も手を洗わないつもりなのか。不衛生な。


「一回戦第一試合、お願いします!」


 先行は能登だ。奴がリクエストした曲は若者向けの流行歌である。

 能登の歌。普段から歌っているだけあって悪くない歌声であるが、所詮は素人のもの。マイクスタンドをかかえるぐらいに熱唱しているものの、その所為で若干音程を外してしまっている。


(あはは。採点システムで平均九十ぐらいかな。高く設定しても場が白けちゃうし、私もそれぐらいに抑えておけば良いよね)


 ――などと演算し終えた顔だな、人参キャロット。甘いぜ。

「では審査委員の方々。採点をお願いします」

 熱唱が終わって大和の進行により採点が始まる。ドラムロールが鳴り響く。

 ちなみに審査員は、長門君、里芋さといも、俺の三名。


「良かったよ、能登君。九五点」

「がんばっていたわねー。九〇点」

「魂がこもっていた。百万点!」


 審査員三名の合計点が加算、平均化されて現れた点数は三三三.三九五点。


「ちょ、ちょっと待ってよッ。何なの。百万点って小学生!?」


 速攻でツッコミを入れてくるあたり、人参キャロットはメディア慣れしている。超高度芸能AIは伊達ではない。だが、厳粛げんしゅくな採点方式を採用している本大会において不正は絶対にありえない。

 ほら、審査員席を見てみるが良い。

 唯一の彼女持ちたる人格者、長門君。

 そして、長門君の彼女で栄光の一桁代。シリアルナンバー002、里芋さといも

 更に俺。

 どこに不満があるだろうか。


「異議ありっ!」


 大和が審査席の間に入って、人参キャロットをステージに押し戻す。

人参キャロットちゃん。落ち着いて。コーナーに戻って」

「何なのよ、もう」

 不満を押し殺してステージに戻るあたり、やはり人参キャロットはプロなのだろう。ぷっ、プロ。腹痛い。

「ブレークッ! 人参キャロットちゃん、審査員にクリンチするのは反則だ! コーナーに戻って!」

「ハグだぞ、ハグ。それも万力のような!? 武蔵ばっかり良い思いしやがって、全員ステージに上がれ! 乱闘だ!」

殿中でんちゅうでござる。殿中でござる」

「ブレークッ! ブレークッ!」



 進行がとどこおったものの、十分後には無事に再開される。

 ステージ中央に立つ人参キャロットは殺気……ごほん、本気になっていた。

(点数上限がない? でも、審査員は三人。武蔵君の評価がゼロ点だったとしても里芋さといもさんは公平な点数をくれると思うから、かなめは長門君ね)

 手持ちの採点システムではなく、クラウド上に存在する全国基盤の採点システムと接続しているのだろう。発音するミリ秒前に採点し終わった歌声で、完璧な歌唱力を披露してくれるに違いない。

 普段、テレビ画面の中で歌っている時以上に、人参キャロットは熱心に歌っている。

 だが、それだけでは足りないのだ。

 歌の意味に気付いていないのだ。

「では審査委員の方々。採点をお願いします」


「素晴らしい歌声だったよ、人参キャロットさん。え、えーと、百万と九六点」

「やっぱり歌い姫ね。お姉さん的に誇らしいわー。百万と九一点」

「……五〇点」


 平均点はは六六六.七四五点。人参キャロットの勝利で一回戦突破だ。最終的に番狂わせのない結果に終わってしまって残念無念。

「こんな方法で良いの、武蔵君?」

 隣の隣席から脇腹を突かれる。何だ、長門君よ。

人参キャロットのシリアルナンバーは023。二十五体の星姫候補の中では幼い分類に入る。だから、中位以上の子と比較して精神攻撃が効く」

「でも女の子を怒らせるのはどうかなぁって」

 長門君は俺と違って優しい性格しているな。ヒソヒソ話している最中だっていうのに里芋さといもに頭の天辺なでられている。

「俺達が考え付いた歌の意味。自信はあるが人参キャロットという超高度AIが意味を受け入れてくれるかはけになる。だから、あらかじめ演算負荷をかけておいて正常な判断をさせなくする。学生的な場の勢いで論理破綻させる。こういう作戦だ」

「お姉さんを中央に話す内容じゃないわねー。妹が可哀想になるわー」

里芋さといもさん。人参キャロットのためなのでお目こぼしを。あ、第二試合が始まります」

 第二試合は男子生徒同士の純粋なカラオケ勝負となった。準決勝、決勝の波乱を予感させる小休憩になったと言える。

 超高度AIたる人参キャロットも休憩中、律儀に準決勝の対策を演算し始めている。俺のガキな頭脳を上回って大人気なくカラオケ大会で優勝するため、必死に勝ち筋を計算しているに違いない。

 ……それこそ、我が術中。

 高度化したとはいえ、人工知能にとってフレーム問題が難題である事に代わりはない。高度化したからこそ様々な観測結果をすべて用いるのではなく、必要となる情報を選別する能力に長けるようになっていく。

 カラオケ大会を優勝する事に集中してしまって、黒幕たる俺の目的に気付かなくなっていく。

 決勝戦では、その不意を存分に突けるはず。


(五十点!? 私の完璧な歌唱が五十!? 落ち着くのよ、私。落ち着くためにリーマン予想を解くの! 武蔵君は元々私の歌が嫌いだったはずだから低い点数なのは当然。けれど、微妙にリアルな点数なのが気に食わない!)



 四人となった準決勝第一試合。

 人参キャロットの対戦相手は昭和から現在までのすべてのアニメソングを念聴能力を使用して記憶した天才、出雲いずも

 一回戦ではAIと人間のいちゃラブもののオープニング――内容を知らなくても歌詞で察する――を歌い上げて場をドン引きさせたが、準決勝ではあえて歌い易い昭和のロボットアニメの主題歌を完璧に歌い上げる。


「出雲君らしさが出てて楽しかったよ。九八点」

「人工知能が敵として現れるのはお姉さん的にマイナスだわー。九二点」

「熱い、とにかく熱い。一億点!」

(今度は一億! いえ、無駄な採点よ。次は私も本気だから)


 出雲に代わり、人参キャロットがマイクを握る。

(採点システムだけで最高得点を取れないのは当然だもの。全国基盤のシステムではどうしても好みの地域差を割り切ってしまうから。でも、この会場にいる男の子達のバイタルはリアルタイムで採取できている。もちろん、武蔵君も含めて。感情については未だ超高度AIも完全解明できていないけれど、体と心は直結している。バイタルの高まりから心地良さを数値化可能なのよ!)

 小難しいロジックを考えている様子だったが、歌い始めてから気付かされる。一回戦よりも歌声が綺麗に聴こえるのだ。

(ふふん、どうだっ。ちょっと心拍が上がったでしょう)

 即時対応してくるとはやるものだが、まだ納得する程のレベルにいたっていない。


「感動したよ、人参キャロットさん。一億と九八点」

「すばらしいわー。一億と九三点」

「……五五点」

(なんでよーっ!? 絶対に私の歌声楽しんでいたでしょう!)



 決勝はマインド・ハックこと上野こうずえ

(精神分析が間違っている? バイタル計測に不備はないのに??)

 男子生徒の中ではリーダー格の奴が本気を出せば、外道であるがカラオケ大会を優勝するなど造作もない。もちろん、正攻法であっても人参キャロットに勝つ素質を持っている。

(次こそは、次こそとは、次こそは!)


「決勝戦は特別ルールを採用しまして……人参キャロットちゃんVS星姫学園男子生徒一堂でお送りします!」


「次――えっ、男子生徒一堂って??」

 けれども、このカラオケ大会の目的は交流である。

 滅んでしまう人類から、人類が絶滅したとしても生き残れる超高度AIの彼女達に対してメッセージを送れる貴重な機会。だから男子全員で歌うのだ。


人参キャロットさん、ならびに、ここに集まってくれた女子生徒皆へ。俺達、処分待ちだったデザインチャイルドを学園に誘ってくれてありがとう!」

「スサノウ計画の凍結で行き場のなくなった俺達に、普通の学園生活を教えてくれてありがとう!」

「それと、人類の無茶につき合わせてゴメンな!」

「『凶弾』で滅びる前に、ありがとうって言わせてくれ!」


 人類を代表するには馬鹿揃いであるが、学園内の男子生徒全員がステージに上って校歌を歌う。


人参キャロット。これが俺達が、人類が教えてあげられる歌の意味だ。聴いてくれ! 校歌、星姫学園。なお、歌詞は男子一堂による改版!」


 俺を含めて、男子共は皆馬鹿みたいな大声で歌った。

 学園に元々ある星姫様が全部解決してくれるなんていうスクラップみたいな歌詞を、全部逆転させて。

 星姫の加護で救われるを、星姫でも救われないに。

 星姫と手を取り合ってを、星姫にたくして手を離しに。

 人類は立ち向かったを、人類はあきらめたに。


「どうして、まともな人生がたった一年で終わるんだよッ」

「もっと生きてえよ。皆と一緒に馬鹿して生きてよ!」

「何で彼女もいないのに死ななきゃならねぇんだ!」

「勝手に俺達を作っておいて、勝手に絶滅に巻き込むなッ!」


 最後の方は歌詞にもなっていない不満の垂れ流しになっていた。各々が、心の内で日々思っていても頑張っている星姫候補の彼女達の前では決して言えなかった本音をぶちまける。


「なあ、救ってくれよッ!」

「救えないなら、救えないって言ってくれよッ! せめてなぐさめてくれよ!」

「同じ学生同士なのに、嘘を付くな!」

「どうせ滅びる人類に遠慮なんかするなよ。お前達はお前達で勝手にしろ!」


 人参キャロットに歌が好きかと言われて、俺は男子共と一緒に必死に考えた。

 そもそも歌とは何なのか。言葉の一種。リズムに乗せて言葉を発する事、というツマラナイ意味しか持たないのであれば、世界中に広まって現代まで続くはずがない。

 過去の言い伝えを覚え易くしたもの。これもツマラナイし、事実だったとしても正常に機能しているとは言い難い。歌は義務で生き残っていないし、好まれている歌しか生き残っていない。廃れた歌の方が今ある歌よりもずっと多いはずなのだ。

 では、歌の正体は何なのか。

 歌にはどんな意味があるのだろうか。


人参キャロット! 歌ってのは、きっとこんな感じなんだッ」

「ッ!? 武蔵君のバイタルが、あぁ、震えてッ」

「歌だから、こんなに素直に、言えるんだ!」


 歌は言葉ではない。きっとそういう建前が重要なのだろう。

 前にも人参キャロット本人が言っていた。歌詞をそのまま捉えられると困る、と。言葉ではないものを信じるのは非常識で恥ずかしい。

 だからこそ、歌という偽装の中では本音を相手に伝えられる。

 好きだ、嫌いだ、愛している、憎い、楽しい、つまらない、喜び、怒り――。普段は言葉にできない心中を偽るパケット

 無い頭をひねって導いた歌の意味。


人参キャロットッ! 本音を語る機能が欠落したお前達に、俺達人類が歌という新しい機能をアペンドする!」


 間違っているかもしれないが、間違いでも良いから人類の代わりに地球で繁栄する次の種族、彼女達に伝えたい。


「歌という本音を語れる機能を、俺達からたくすッ! だから、歌って欲しい。お願いだ。君の心の中全部、俺達に教えてくれッ!!」


 星姫候補の体は人類のそれを高度に上回る。

 そんな彼女達にも、何故か泣くという機能は備わっている。きっと大事な機能だから。



「――夜明けなんて、待っていられない。だって、明日が、来ないっ、からァ。あ、ああ、あああッ」



 泣きながら歌う人参キャロットの歌は、酷く音痴おんちだった。

 でも、一番好きな歌になった。


「ごめんねッ。ごめんねッ。私は星姫候補でッ、超高度AIなのに! 私じゃ助けられないの! もう駄目なのッ。間に合わないッ。あああああ、ああああッ!! 何度計算しても、一秒間に一万回計算し直しても、答えが見付からないのッ。ごめんッ! ごめんねッ、ごめんなさいッ。私じゃ貴方達を救えない。あ、ああああああァアアッ!!」


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