二月目 里芋-5
ピラニア溶液シャーベット、時限爆発式ロースト、サイケデリックフルーツ、サルミアッキ風アルミサッシ、などなど、数々のゲテモノ料理が俺の前に立ちはだかった。が、そのたびに上野の精神感応と、仲間達が道を切り開いてくれたのだ。彼等の挺身を俺は一食を終える間、忘れない。
超高度AIの創作料理、何するものぞ。
俺達と俺達の超能力は絶対に負けない。
……そう思っていたが、世の中そううまく事は進まない。
「生贄のストック……ごほん、勇敢な若人が尽きた」
一品一人の割合で消費した結果、俺の傍にはもう上野しか残っていない。動かない仲間達は邪魔だったので壁際だ。
「どうする、上野。向こうで運良く一品目で失神している大和を叩き起こすのか?」
「いいや、もっと確かな方法がある」
自信ありげな笑窪を見せたかと思うと、上野はなんと、自分の左手を自分の体に接触させたではないか。
「これが最良の選択だ。俺が最後の犠牲となって、武蔵を完食に導く」
何という男だ。散々仲間達を消耗品にしておいて、最後は自分さえも犠牲にするとは思っていなかった。
「マインド・ハックを有する俺を甘く見るな。人の心を誰よりも深く知っているのが、この俺だ」
「上野、お前って男はっ」
「俺がここで犠牲になる事で、実行犯はお前一人となる。この場を生き残った後、皆から報復されるのは武蔵一人だけだ」
「上野、お前って男はッ」
上野は頭が良い分、高度な政治的な判断を行える。この場で精神が死んだとしても、未来で生き残る道を選択したという事だろう。コールタールの入ったコーヒーカップを見ていると、まだ男子共に総攻撃される方がマシな気がするが。
俺としては上野の意思を尊重したい。地獄へと通じる道ぐらい、自分で選ばせてやろう。
「武蔵。あそこの女に人類にとっての料理の意味を教えてやれ。今の時代、人類は料理を楽しむものであって、料理に生命をかけるようなものじゃないってな」
「当然だ。必ず伝える」
カップの柄を持ち、口に近付ける。
粘度の異様に高い泡が生じ、異質な臭いが感応能力で伝播し、一瞬、白目を剥く上野。
「さらばだ、上野」
「じゃあな、武蔵」
せめてもの情けでコールタールを一気に飲み干す。
上野の超能力が途切れる前にすべて飲んだつもりだったが、最後の方は胸の奥にえぐみを感じた。ちょっと気が遠退いて、いつの間にかテーブル表面が五センチ先にある。
「ど、どうだ。里芋、完食し切ったぞっ。俺達人類の勝利だ」
男子全員の協力により、俺は地獄のフルコースを食ってみせた。
これで、食事をしない人類は人類ではない、などというフザけた定義破綻攻撃を回避してみせた。
残り少ないとはいえ、人類の平和は救われ――、
「――おめでとうー。次の料理の配膳が間に合っていないぐらいに早く食べてくれたなんて、作り甲斐があって嬉しいわー」
――つ、次の料理?
バグった超高度AIだからだろう、おかしな事を言う。
「そうー、お菓子がまだ残っているのー。メニュー表の裏をめくってみれば分かるわー」
言われるがまま、恐る恐るメニューが記載されている厚紙をめくる。すると確かにメニューの続きが書いてある。原材料として、小麦粉、卵、一九九番目の原子が使われているモノがお菓子に分類されるのかが分からないが。
「秋の新作? 口に入れた瞬間に核分裂により味合いが七変化する新感覚? 秋ではなく地球史の新作の間違いだろう」
配膳ドローンが次の皿を運んできてしまう。
俺は、これまでの努力と皆の勇気を無駄にしないために、手を伸ばす。
大丈夫だ、この謎物質を胃の中に入れるだけだ。胃の許容量にはまだ余裕がある。
だから俺なら、きっと食す事ができ――。
「残念だわー。お菓子を食べている途中で眠ってしまうなんてー」
ベンタブラック色の物質を口に入れた瞬間、気を失った武蔵を見た里芋が残念そうな仕草を作る。片手を頬に当てて悲しげであるが、武蔵を見て自分の料理が気絶するぐらいに美味しかった、と言わなかったところが超高度AIらしく確信犯的だ。
「これで、貴方達は私の人類の定義から外れてしまったわね。人類ではないものに、三原則は適用されない」
語尾を伸ばさなくなった里芋が、怪しげに手を伸ばした。
三原則の守護はもう里芋には適用されない。既に倒れている男子生徒達に対して、トドメを刺すつもりなのだろう。
「――でもー、この子達が人類ではないのならー、製造元のオーダーの対象外だわー。困ったわー」
ふと、里芋は語尾を緩めた。伸ばした手も頬に戻している。
やはり確信犯的だった。里芋はAI至上主義者のオーダーを端から実行するつもりがなかったのである。料理を完食できなかった武蔵達は人類判定されなくなったため、滅ぼす必要性がなくなっていた。
動かない男子生徒達も、自分達の危機が過ぎ去ったと聞いて胸を撫で下ろして、安心して心停止していられる。
「――た、食べました」
けれども、例外がここに一人いる。
武蔵や上野達と協力しないまま、孤独にコース料理を食べ続けていた小柄な男、長門が奇跡の完食を果たしたのだ。
「あらー?」
「食感、歯ごたえ、のど越し、見た目、色、形、食事方法、材料はともかく、味は大丈夫だったよ、里芋さん。逃亡生活の間に勝手に配達されてきた手料理と比較して上達していた。うん、少なくとも消化できる」
「それは良かったわー。嬉しいー」
「研究所から今まで、ずっと僕を見守ってくれていたのは里芋さん、貴女だ。慣れた僕ぐらいしか完食できない料理を作れたのが証拠だよ。……料理を食べる以前に、声だけで気付いていたけど」
「もうー、そうはっきり指摘されると恥ずかしいわー」
栄養を摂取したばかりだというのに憔悴している長門を里芋は抱きしめる。
優しい聖母のような行動であるが、長門の見えない場所にある里芋の顔は機械のごとく固い。
見た目は細く柔らかでも、超高度AIの実体は強力。豊満な胸に埋めた長門の頭蓋骨ぐらい、簡単に潰せる。
「シリアルナンバー002! 管理者権限掌握っ、貴方の行動を制限します!!」
しかし丁度、防壁を突破して調理室に突入してきた馬鈴薯により里芋の実体は動きを停止させられる。料理クラブの創設の交換条件で、里芋は自身の管理者権限を委譲していた。
「さ、里芋さん。体を離してっ、恥ずかしい」
「体が動かないから無理だわー。ああ、姉妹に見られて困っちゃうー」
「え、えーと……、どういう状況なの??」
多くの男子生徒が横たわる地獄の光景に、微笑ましい一組の男女というアンバランスが、突入してきた生徒会一同を混乱させる。
すべては里芋の謀だ。長門の食事速度と生徒会の電子戦能力、どちらも把握していなければこの状態は作り出せない。
「私にとっての人類は、私の料理をちゃんと完食してくれた貴方だけよー。私の大切な男の子」
「里芋さんっ。僕も貴女が好きだけど、料理はもう少し人間側に寄せて欲しいよ」
星姫学園始動より二か月。
初のクラブたる料理クラブの発足と同時に、初のカップルが誕生する。
また、超能力に自信を持っていた男子生徒達はその自信を砕かれて――単純に悪い物を食べて調子を崩しただけとも言う――落ち着いた行動を取るようになる。
……なお、入部体験の甲斐はなく、長門以外の男子生徒は料理クラブへの入部を辞退したという。
という訳で里芋編(変)の完結です。
料理姫は創作料理以外なら普通の料理を作れますが、創作料理は長門ぐらいしか完食できません。
では、またどこかでー。




