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星姫計画  作者: クンスト
EXTRA 一年目 二〇XW年十月 シリアルナンバー002 料理姫 里芋《さといも》の場合
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二月目 里芋-4

 調理室で地獄の料理を振る舞うシリアルナンバー002、里芋さといもの異常行動は、当然ながら生徒会に察知されていた。


“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー002宛

 すぐに男子生徒を全員解放しなさい。悪ふざけが過ぎます!”

“シリアルナンバー005より、シリアルナンバー002宛

 そうです。会長のいう事を聞きなさい。002!”

“シリアルナンバー002より、シリアルナンバー001宛

 ただの入部体験よー”

“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー002宛

 落伍者多数で何が入部体験ですか!”


 暴走する里芋さといもを止めるべく、調理室の扉の前までやってきた生徒会。彼女達の代表たる馬鈴薯ばれいしょの手が扉に触れた途端に、はじかれた。



「調理室限定で私のアクセス権限が拒絶? 里芋さといも、アナタ本気っ!」

“シリアルナンバー002より、シリアルナンバー001宛

 大人しく待っていなさいー、馬鈴薯ばれいしょ。私の製造元からのオーダーが終わるまで、指をくわえているといいわー”



 馬鈴薯ばれいしょが作り上げた星姫学園でありながら、現在の調理室は完全に里芋さといもの支配下になっている。量子通信を感じ取れない人間には分からない事だが、電子的な結界が敷かれている。権限を持たない超高度AIでは入室不可能だ。

 さすがはシリアルナンバー002の実力といったところだ。たとえ姉妹機であったとしても、馬鈴薯ばれいしょを出し抜くのは難事ハードプロブレムである。

 馬鈴薯ばれいしょは電子戦を既に開始しているが、強固な防壁を突破するにはまだ時間がかかるだろう。防壁解除が完了するまで、調理室の中にいる人間の生命は里芋さといもの手の平の上だ。



“シリアルナンバー002より、シリアルナンバー001宛

 人類を殺害せよってオーダーを遂行し終えるまで、ね”





 ウミガメのスープを飲み切る事のできなかった男子生徒が脱落し、サッカーの定員まで着席者が減っていた。飲んでみれば案外飲み易いスープだったので、俺は生き残り側に加わっている。山城やましろ、お前は大事な出汁だし……ダチだった。


上野こうずえ因幡いなば。お前達も生き残ったか」

「どうにか、な」

「ふ、透視していたから何を飲んでいたのか分からなかった」


 スープ皿に顔を沈めて絶命している奴等が多い中、生き残った者達で声をかけ合う。


「次は魚料理よー」


 死屍累々の光景を目の当たりにしながら、不気味に微笑み続ける超高度AIには人間味がない。だからこそ、確かな狂気を感じ取った。

 次の料理の配膳を指示している里芋さといもに俺は詰問きつもんする。


里芋さといも! いい加減に目的を教えろ。俺達をどうするつもりだっ」

「あらー、あららー? そんなに自分達の末路が気になるのー?」


 分かっている癖に、とでも言いたげな甘ったるい口調で、里芋さといもは告げてくる。



「――救うべき人類がいなくなれば、妹達が星姫計画に頭を悩ませる必要はなくなるわよねー? だから……可哀相だけど、貴方達にはいなくなってもらうのよー」



 人類救済をうたう星姫計画の実行機たる里芋さといもが、ありえない発言をした。


「ありえなくはないわー。人類さえいなければ、人類を救う演算は必要ないものー」

「この、本性を見せたな、里芋さといもめ。無料で料理を食えるというからやってきたのに、まさか俺達を始末するつもりだったとはな! 料理に毒でも盛ったか」

「野蛮な手段は三原則に抵触するわー。私の手料理はすべて、人体に悪影響はないのよー」


 周囲の悲惨な状況を見渡して、疑わし気な視線を里芋さといもに向ける。


「疑われるべきは、貴方達よー? 私は人類を食事をする者と定義しているわー。料理を食べきらなかった場合、貴方達は人類と判定されなくなって、三原則の対象からも外れてしまうから気をつけて完食してねー」

「そういう算段かっ!」


 三原則の一条、AIは人間に危害を与えてはならない。

 これを論理的に突破するために、里芋さといもは人間の定義自体を改ざんした。人間にとって食事は必須の行動だから、それを放棄する者は人間ではないとエゴイスティックな反証を組み上げたのだ。

 男子生徒はもう半数以上倒れている。

 そして、完食する前に全員が倒れた場合、超高度AIは三原則を克服こくふくしてしまう。人類への反乱などし放題だろう。


「滅びかけの人類をわざわざ手にかけるなんて、超高度AIらしくない行動だぞ」

「お姉さんもそう思うけどー、製造元の指示には逆らえないわー」


 自分は渋々とオーダーに従っているだけだという仕草を見せるが、三原則を突破しようとしている超高度AIの話をどこまで信じたものか。

 ともかく、この調理室におけるルールは判明した。俺達が生き残るためには、繰り出される手料理を全部撃破するしかない。


「人類の未来は俺達の胃腸にかかっている。やるぞ、上野、因幡、長門ながと君」

「おう、任せろ」

「人類を救えるのなら本望だ」

武蔵むさし君、次の料理が来たよ」


 まだ立っている全員と顔を見合わせて団結力を強めた後、運ばれてきた新たな料理のカバーを開く。

 ……中に潜んでいた未調理のカニが、ブクブクと泡を吹きながら腕にしがみついてくる。


「カニごときが人類に生意気な。ボイルして食ってや――な、なんだ!? 顔まで登ってきて何をっ。ぬォオッ」

「顔面にしがみついて、口に向かって産卵し始めやがった。や、やめ、ブフェ、うげ、や、ヤめてくれェ」


 あー、たぶん、正規の歴史の山城はここで脱落したのだな。




 カニの卵も魚卵と言うのだろうか。そもそも、魚料理に属して良いのだろうか。

 親カニが直接口へと産卵してくるという、人類には到達できない方法で食事が終わった。味はともかく食い方が悲惨過ぎたため、また三人脱落してしまう。


「食事がこんなにも苦痛だったなんて」


 腹の感じは腹三分目。食事は継続可能であるものの、次にどんなゲテモノ料理が現れるのかが怖くてならない。


「あと何品出てくるんだ?」

「テーブルの上を見てみろ。メニュー表が置いてある」


 上野こうずえがフォークで差した先に厚紙が置いてある。

 前菜、スープ、魚料理が終わって、肉料理、ソルベ、ロースト、野菜、甘味、くだもの、コーヒーが残っている。まだ半分も終わっていない、絶望的だ。

 すべての料理を食わねばスカイネット論争が現実化してしまう。同じ学園の生徒が人類を滅ぼすとは思いたくはないのだが、地獄の鉄人となった里芋さといもを見ていると自信を持てない。


「生き残りはたったの八人。人類、終わったな。『凶弾』までまだ十か月もあるのに」

「諦めるのは早いぞ、武蔵むさし。正攻法ではどうにもならないが、生き残り全員の協力と、俺の超能力を使えばどうにかなる」


 頼もしい事を言う上野の元へと全員が集まった。

 同年齢であるが、がたいと人望に恵まれているのが上野だ。また、超能力にも恵まれており、テレパシー系最強の男として研究所では俺と一、二を争っていた。

 そんな上野の超能力はマインド・ハック。他人の心を自由に操る強い力を有している。


「あれだな。わさびチューブを直接口に含んでも大丈夫にする催眠術を使うのか」

「俺の超能力にも限界がある。味だけならともかく、食い方までゲテモノな里芋さといもの料理に対抗する催眠となると、後遺症が気がかりだ」


 確かに、食人植物や山城やましろスープをどうにかする程に強い催眠だと、普通の食事の味を一切感じ取れなくなるぐらいの対価が必要だろう。


「なら、どうするつもりだ、上野?」

「そうだな……あまり得意な方法ではないが。武蔵と因幡いなば。二人共、腹はまだ空いているのか?」

「ん、俺はまだまだいけるぞ」

「昼食で食べた大豆チャーハンの大盛が効いている。俺はそろそろきびしい」


 因幡は腹をさすりながら言う。普段、星姫カードを買っていない奴の食事事情は充実しているらしい。


「――よし、武蔵はこっちに座れ、因幡はその隣だ」


 上野の指示で、右側に俺、左側に因幡が着席させられる。

 タイミングよく運ばれてきた料理は、肉料理とギリギリ分類できる何か――世界を七日で滅ぼす巨人の繭みたいな異物――であり、食欲が猛烈な速度で失われていく。

 そんな俺の背中に上野は触れてきた。隣を見ると、因幡も俺と同じように背中に上野の手が触れている。



「俺は右手で触れた人間の精神を、左手で触れた人間へと一方通行で精神感応可能だ。食事の不快感を片方へと押しつける」



 なるほど。つまり?


「因幡、お前は押しつけられる側だ。なるべく耐えろ」


 よし、俺は安全だ。因幡がおしゃかになる前に完食するぞ。

 クイっと、伊達メガネの位置を調整した因幡は……素早くその場から逃げ出そうとする。それを抑え込んだのは他の男子生徒達だ。なんという連携か。全員が協力してくれるなんて素晴らしい光景である。


「ま、待って欲しい。この眼鏡のように、理性的に話し合おうではな……うぐッ」

「武蔵が食い始めたぞ。臓物みたいに動いている謎肉を、普通に食っている」


 先程まで感じていた気色悪さが綺麗さっぱり消えている。というか、掃除機で吸われるみたいにどこかへと排出されているというニュアンスが正しいか。

 嫌悪感さえなければ、目前にあるのはただの肉。久しく食べていない贅沢品なのでしっかりと噛み締めて食べる。


「ねちゃぐちゃした歯ごたえがッ、武蔵ッ!! せめて、飲み込め。お願いだ。飲み込んでくれぇーーッ」

「うるさいぞ、因幡。俺は食事中だ」


 さわぐ因幡が次第しだいに動かなくなっていったものの、肉料理の完食には間に合った。

 因幡が終わり、次の料理で左側に座る人物を選出するジャンケンが始まる。食事担当の俺は除かれているので高みの見物だ。



「大丈夫。人間に消化できない光学異性体じゃないから、僕でも食べられる」



 いや、俺だけではなく、離れた席では長門ながとが単独で肉料理に挑戦していた。まだ三分の一も食べきれておらずペースは遅い。努力は買うが、青い顔をしている様子から先は長くないだろう。

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