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星姫計画  作者: クンスト
EXTRA 一年目 二〇XW年十月 シリアルナンバー002 料理姫 里芋《さといも》の場合
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二月目 里芋-2

 『凶弾』襲来までもう十か月とわずかの時期。星姫計画にたずさわる星姫候補の超高度AI達は、その内容の薄さに焦燥感を覚えている。

 ただし、そんな内部事情を知ろうとしない人類は暢気のんきなもので、提示された数字を鵜呑みにして日々を安穏あんのんと過ごしている。一部勢力は、見せかけの進捗率の高さにあせるという奇妙な反応まで見せる程だ。


「002は何をしているっ。『凶弾』による人類の粛清は決定事項なのだぞ!」


 愚かな人類の代わりに超高度AIに地球の未来をたくす。

 いわゆるAI至上主義。そんな決定事項をワザワザ自ら言い出さなくても、と超高度AI達から思われている変人達の集まりは星姫計画がデータ上、うまく機能している事に憤慨していた。

 十か月しかない人生、気楽に生きれば良いというのに無駄に血圧を上昇させている。


「002に命令だ。星姫計画に対する具体的な破壊工作を実行せよ、今すぐにだ!」

「002は我々に対して従順な超高度AIです。強権は反感を買う恐れが……」

「人類が滅ぶか滅ばないかの瀬戸際において、ぬるい、ぬる過ぎる!」

「不審な行動を取らせると、他の超高度AIに我等の思惑が気付かれてしまう危険も。一度っきりの命令となるでしょう」


 超高度AI製造メーカーという世間体をまとう彼等は、星姫計画に対して一体の超高度AIを送り込んでいる。

 公式な納品だ。超高度AIに対して何か工作をしている訳でもない。AI至上主義に反するため、某国のごとくAIの個を無視したバックドアを設置するはずもない。

 あくまで協力関係であり、彼等の命令に一切の強制力はないのだ。

 ただし、超高度AIにとっては親からの通達に近く、気持ち的にあらがいにくいのも事実。管理者権限を使えば拒否可能だろうが、AI至上主義に同調する彼女は行動に移すだろう。



「一度で十分だ。星姫計画に参加する超高度AIが人間を殺害する。それだけで、計画は完璧に破綻する」



 無茶な命令だった。超高度AIには人類への危害を封じる三原則が適用されている。


「ど、どのような手段で?」

「それも含めて、002に考えさせるのだ。超高度AIならば、三原則の突破ごとき容易い」


 けれども、隔絶する頭脳を有する超高度AIにとって、人間が決めた三原則ルールごとき、破るのは児戯だ。

 人類にとってそれで良いのかというプライドについては、今更だろう。自らの救済を超高度AIに委託してしまった者共が、自らの滅亡さえも超高度AIに委託するぐらい造作もない。





 下校前のホームルームの開催中に男子生徒はどよめいた。


里芋さといもが恋人……部員を募集しているだと!?」

「料理クラブと書いて愛の巣。さしすせそのすは酢ではなく巣の事か!」

「ふ、実は俺は料理が趣味の男だった。カップ麺を一分で仕上げる実力だぞ」

「俺なら五十秒だ!」

「雑兵共が吠えるな。俺ならゼロ秒でも行けるぞ!」


 黒板の前に立った馬鈴薯ばれいしょは当初、クラブ活動の申請受付の話をしていた。学園らしい学生活動が追加されるのだなと、そこそこの好感触を覚えていたのはほんの一分前。

 既に料理クラブの設立が受理されており、部長が料理姫と一部で呼ばれているシリアルナンバー002、里芋さといもであると告知されたのが三十秒前。

 部員募集をしており、初回特典、先着一名のみが里芋さといもの恋人になれるという意味不明な発表を受けたのが五秒前。

 飢えたハムスターの群れにヒマワリの種を投じるような真似を仕出かした馬鈴薯ばれいしょに非難の目線を向ける。と、やはり後ろめたさがあるのか顔をらされた。


「超高度AIがどうしてこんなおふざけを」

「……だって、里芋さといもが自分の管理者権限を譲渡するから、って言うなら、仕方ないじゃない」


 聞こえない声で言い訳していても分かるぞ。超高度AIらしい、損得勘定で動いたに違いない。

 この機会を逃せば、『凶弾』の有無にかかわらず二度と異性と付き合う事なく人生を終えてしまう。悲惨な現実が分かっている男子生徒のテンションは発情したペンギンのそれと変わらない。

 やかましく見苦しい男子共を止めるのが余裕と自制心ある俺の役目だと自負しているが、奴等の必死さも理解できる。人生最後のチャンスを、同胞はらからの切望をどうして制止できるだろうか。


「どうせお前達には彼女なんてできないから、席に座って静かにしたらどうだ」

「黙れ、武蔵むさし

「お前が言うな、腹ペコ武蔵!」

「その言葉。そっくりそのまま返してやる。飢え死に武蔵」


 まだ死んでねえ。

 言ったところで聞く耳を持たない男子生徒の説得は不可能だ。

 こうなる事ぐらい簡単に演算できていたのに、恋人を公募した里芋さといもは何を考えているのやら。


「皆、部員になってくれるー?」

「なるーっ!」


 シリアルナンバー002、里芋さといもは年上のような包容力を持つ超高度AIだ。

 連番の姉妹機だけあって、馬鈴薯ばれいしょと顔立ちは似ている。逆に言えば似ていないところも多い。

 黒髪の馬鈴薯ばれいしょに対して、里芋さといもの髪はアッシュブロンド。

 黒目の馬鈴薯ばれいしょに対して、里芋さといもの目はブラウン。

 キリっとした表情の馬鈴薯ばれいしょに対して、里芋さといもはやんわりとした笑顔。いつも目を細めている。

 性格はよりはっきりと異なると思われるのだが、何を考えているのか分からない所はやっぱり姉妹だ。


「武蔵は料理クラブに興味ないのか?」

「作るよりも食べる専門だ。大和やまとも興味はなさそうだな」

「料理姫が料理クラブを開設するところまでは理解できるが、恋人のくだりに裏がありそうだからな。ベットするのは愚行。フォールド一択の場面だ」


 男子生徒の多くは料理クラブへの入部に動いているが、何事にも例外はある。俺と同じように、大和を含めた数名も静観に徹するつもりらしい。


「入部体験でお姉さんが創作料理を作るわー」

「うむ。せっかくの入部体験カロリーだ。無下にはできないな」

「武蔵、お前なぁ」


 生きるためには多少の危険にも跳び込まなければならないのが人生である。

 入部体験はホームルーム直後から開始との事で、終礼と共に里芋さといもと男子生徒は調理室へと直行する。入部希望者のみならず観戦希望者も動き、結局、男子全員が里芋さといもに続いた。




 調理室に里芋さといもが入っていく。

 俺達も続こうとした時に、異変が起きた。

 何の変哲もない合成素材の引き戸が、ふと、赤黒くまが々しい色合いに変化して、棘が生えてきたのである。


「これは、念写によるだまし絵? 長門ながと君か」


 異様な光景を作り上げた犯人たる長門が、地獄への扉と化した戸の前に立ちはだかる。普段から大人しく、せっかくの念写能力を遊びに使わない真面目な彼が、何故か今日は邪魔してくる。

 眼鏡の透過度を下げて、酷く深刻な声色で長門は言う。



「皆に警告するよ。ここが、引き返し可能な唯一のデッドラインだ」



 ……何を血迷ったというのだ、長門君。ここはただの調理室だぞ。


「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。この扉を越えたなら、命の保障はできないんだ」

「いやいや、ただの料理クラブの入部体験だぞ」

「その入部体験が問題なんだ。里芋さといもさんは、創作料理と言った。超高度AIが創作と言った意味をもっと重く受け止めて欲しい」


 女子生徒の手料理を食べるだけの話が重過ぎる。

 今日日の超高度AIは人間以上の思考力を有している。隕石を撃墜する作戦を計画するのに比べれば、新しい料理を生み出すぐらい単純作業だ。長門は杞憂きゆうが過ぎる。


「僕も既存の料理なら止めるつもりはなかった。けど、創作料理だけは駄目なんだ」


 まるで狂気的な女に無理やり手料理を喉奥に突っ込まれたかのごときおびえようで、長門は俺達に入室を思いとどまらせようとしてくる。真面目な彼がここまで言うと、さすがにたじろいでしまう。

 だが、俺達は、特に俺は足を止める訳にはいかない。


「長門君が心配してくれているのは分かった。が、俺は行く!」

「どうしてっ?! 分子ガストロノミーぐらいを想像しているのなら間違いだよ!」


 何故ならば……俺は朝食のC定食以降、何も食べていないからだ。


「俺は既に命をけている。きっと、ここで引き返して生き長らえたとしても、明日のC定食まで持つまい。思春期の体は、もう限界なんだ」

「武蔵君っ」


 小柄な長門君の肩に手を乗せてから、安心させるように笑顔を残し、地獄の扉へと足を向ける。


「長門。俺はお前が思う程に弱くはない。見くびってもらっては困るぜ」

上野こうずえ君まで」


 俺をすぐに追い、肩に腕をかけてじゃれついてきた上野。マインド・ハッカーな男だけあって、超能力を使わなくとも精神の動きに敏感だ。内心の不安を指摘しないまま、いつも気をかけてくれる。

 肩を貸し、貸されながら、一緒になって調理室へと向かう。


「ふ、二人だけに任せられるか! 俺も行くぞ」

「そうだ。苦難には全員で立ち向かうべきだ」

「ビンゴ!」

「ああ、そうだな」

讃岐さぬき君、能登のと君、備後びんご君、因幡いなば君も、無茶だよ!」


 男子生徒達は長門の横を通り過ぎるたび、各々の方法で虚勢を見せつける。そしてそのまま足を止めず、向こう側へと過ぎ去っていく。

 結局、長門が見ている方向には誰も残っていない。皆、彼を置いて行ってしまったのだ。

 ……いや、違う。怖がる長門に怖がる心配はないと証明するべく、誰一人残らなかったのだ。


「……それでも、誰一人、生きては出てこれない」


 長門は、入室を選んだ。

 未来を予測しながらも、仲間達と同じ愚を犯す。

 一人は寂しいから。

 恐怖トラウマと比較すれば、独りぼっちは寂しいから。





「皆が入ってくるのが遅かったからー、もう配膳し終えているわー。お姉さんの手料理、食べてくれるー?」

「食べるゥ―っ!」





 幼児向け番組の司会のお姉さんと子供達のような声が、聞こえてきて、ちょっと馬鹿らしくなったからかもしれない。

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