二月目 里芋-1
夏の短編を開始します。
短い間ですが、楽しんでいただければ幸いです。
なお、時系列は以下となります。
一月目:大豆
二月目:里芋
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十月目:人参
十一月目:竜髭菜
十二月目:馬鈴薯
大豆を含めた女子生徒との和解が進み、風邪をひいた因幡も復調した星姫学園二か月目。
デザインチャイルドにもまともな学生生活の何たるかが分かり始め、島外の学生と変わらない生活を開始し始めたと自負している。
「この時の作者の考えを述べよ、ですか。サイコメトリーした結果、『締め切りで死ぬッ。適当でいいや』です!」
「先生。テストにビンゴゲームの持ち込みは可能ですか、って備後が質問しています」
「武蔵が倒れたぞ!? どうせ空腹が原因だから放置しろ!」
「最初にりんごが十個ありました。太郎君が六個食べました。残りは何個でしょうか。……きっと半分だけ食べるつもりで、太郎君は間違って一個食べ過ぎたんだな。よし、十勝の赤い金平糖でリンゴの種を成長促進して、数を増やそう」
「おい、薩摩。持久走でストップウォッチ押すより早くゴールに瞬間移動するなよ」
デザインチャイルド基準では、であるが。
これまで一般的な生活をしてこなかった俺達にしてはかなり頑張っている。たぶん。
授業終了のチャイムと共に、床に倒れて温存しておいた体力で立ち上がる。朝に食べたC定食――米一膳と具のない味噌汁、おかずが漬物――はとっくの昔に消化してしまい、若い体はカロリーを求めている。残念ながら端末に表示される電子貨幣は五円のみなので、昼食の購入は諦めなければならない。が、コーヒーはブラック派の男子生徒が使わなかった野生のガムシロップを採取する方法を最近発見しているので、カロリーは摂取可能だ。
「さーて、食堂ホールで狩りを開始するか」
「武蔵。女子生徒が白い目で見てくるからガムシロップを直飲みするのは止めてくれ」
「大和に言われなくとも。今日は無料の水に入れて量を増やして飲むから安心しろ」
人間の体は水分で構成されていると実感できる今日この頃だ。
男子生徒は全員が食堂ホールへと移動を開始した。
一方の女子生徒はまちまちだ。人間の食事も摂取可能な高性能な体を持つ彼女達であるが、わざわざ非効率なエネルギー補給方法である食事を行うか否かは趣味の範疇である。
シリアルナンバー004、黒米やシリアルナンバー014、生姜のように一度も食堂に現れない奴もいれば、シリアルナンバー005、西洋唐花草やシリアルナンバー013、菠薐草のように皆勤賞の奴もいる。自由な感じだ。
「あれ、西洋唐花草がいないな。珍しい」
律儀な副生徒会長である西洋唐花草がいなかった。
「副会長なら生徒会の仕事じゃないか、武蔵」
「そういえば、生徒会メンバーは全員いないな」
授業しながらも並行に星姫計画の研究が可能だというのに、生徒会の仕事は生徒会室を利用する。何でもできるからこそ古い格式を重んじるぐらい造作もないのが、超高度AI達である。
昼食よりも生徒会を優先した生徒会一行は、超高度AIが使うには質素な部屋に集まっていた。
「……男子生徒達、どうすればもっと普通に学生生活を過ごしてくれるでしょうか?」
生徒会長を務めるシリアルナンバー001、馬鈴薯が珍しく悩んでいた。一か月の学生生活を観察した結果、男子生徒が想定以上に一般的な暮らしに不慣れな事が発覚したためだ。
不真面目、という訳ではない。男子生徒は全員毎日登校し、授業を受けている。
逆に言うと真面目過ぎるというべきか。ただの学生生活に超能力を使うのは間違っている。
「普通に超能力を使うなと言えばいいのでは、かいちょー」
書記のシリアルナンバー024、胡瓜はあまり興味なさげであるが、そこそこツボを押さえた発言をした。
「超能力はあの子達の個性です。そんな事を言えば傷つけてしまいます」
「まあ、超能力にかかわらず餓死しそうな奴もいますしねー」
生徒会長のシリアルナンバー001、馬鈴薯は胡瓜の提案を否定した。男子生徒を学園に招いた張本人だけあって、彼等については分かっている。
「正直、超能力は信じていなかったのですが。こうも普通にスーパーナチュラルを観測させられてしまうと、納得するしかありません」
「超高度AIが観測できている領域はまだまだ限られるという事です。人類を超えただけで優越心を覚えている女子生徒に対しても、あの子達はきっと良い影響を与えてくれるでしょう」
「さすがわ、会長です!」
馬鈴薯を崇拝している西洋唐花草はより彼女への信仰を深めている。胡瓜は面倒臭そうに机の天板で頬杖をついている。
様子を窺っていた生徒会最後のメンバー、シリアルナンバー007、萵苣は、姉に物怖じせず立派に感情表現する胡瓜に感心していた。稼働日数が六百日近く違うのに人格学習が進んでいる。自分も負けていられないと会議に参加し始める。
「超能力の不必要な乱用を避けるのが目的。となれば、何かしらの模範を見せて、自制を促すという方針になりますわね」
「その通りです、萵苣総務」
「学生生活の模範となれば……クラブ活動などいかがでしょう。無軌道になり易い学生に社会性ある行動フォーマットを提供する。人類の作り上げた教育そのままですが、だからこそ男子生徒達には有効かと具申しますわ」
非行を防ぐために目標を授ける。人類の教育の歴史を一秒未満で参照し終えた萵苣の意見はありきたりだが、実に効果的だ。非行と超能力の違いはあれど、未成年が余計な事を仕出かさないように暇を与えないというのは人間に対して実に有効な手段である。大人であれば自ら得た賃金で趣味を実践できるが、子供の場合は自由に使える資産が限られる。だから、あらかじめ資産を用意しておき、その内部で没頭させる。管理が行き届くという面でも都合が良い。
女子生徒は生徒であっても超高度AIなので、男子生徒を管理するという点は非常に魅力的だった。
「萵苣の意見を採用します。さっそく、本日のホームルームにでも生徒達に対して、クラブの設立を推奨する事にしましょう。男女の区分けなく申請内容に問題がなければ、学園の正式な部活動として認定を――」
会議はまとまり、馬鈴薯が決議を出す。
……その瞬間を見計らっていたかのごとく、生徒会室のドアが開かれた。
「――青春はクラブ活動だけではないわー」
ドアの向こう側には、いつもニコニコした表情を絶やさないシリアルナンバー002、里芋が立っている。
「フォーマットだけを用意しても意味はないわー。青春というぐらいだものー、春を用意しないとー。今は秋だけどー」
「里芋??」
「里芋さん?」
「機密レベルの低い会議とはいえ、傍受はいけませんわ。里芋」
「うわっ。かいちょーと同じぐらいに腹黒いイモ系女が現れ……ぎゃァっ、私の個人サーバーの記憶領域が全部KYURIに上書きされていくッ?!」
怪訝な表情で里芋の登場を迎え入れる生徒会一同。
里芋が手にしている用紙はまだ作成前のクラブ設立の申請用紙であり、クラブ名は料理クラブとなっている。
「クラブ活動の申請よー。料理クラブでー、部長は私でー、入部してくれた男子部員は特典としてー、先着一名で私の恋人になる権利を与えまーす」
「……はっ??」
人工島の管理権限を密かに集めて、島内の多くを知りえる立場にいる馬鈴薯が、珍しく疑問符を口にした。




