学園祭 無価値な超高度AIの将来的な成果物
戦線に穴が開いた。
男子寮と学園祭正面ゲートの間にある防衛線を、今なら突破できる。
「――玉蜀黍、スタートを!」
「走りは竜髭菜の専門ですが、私もそこそこ鍛えています!」
反乱生徒の量子通信をジャックして機会を窺っていた大豆は、クラウチングスタートの姿勢で待機していた玉蜀黍に出撃を指示する。
男子寮の玄関の両開き扉を、上野と因幡が開く。スタートした玉蜀黍の恵まれた体が走り抜けていった。
反乱生徒が設置した有刺鉄線やバリケードを、陸上のハードルを跳ぶがごとく綺麗なフォームで突破していく。
「シリアルナンバー009、玉蜀黍発見!」
「水着姫とか言われて、人類からちやほやされているだけの長身乳女は被弾面積が広い。模造星姫に攻撃させるんだ!」
「この実体は、私が造形したんじゃありませんーっ!!」
タコのような触手を有する模造星姫が地下から現れて、玉蜀黍の進路を塞ぐ。
伸ばされる触腕を、玉蜀黍はスライディングで回避しつつ、模造星姫の股下をすり抜ける。摩擦により上がった火花が、長いポニーテールを彩った。
玉蜀黍が目指すゴールは、反乱生徒の拠点となっている体育館ではない。その三百メートル弱ほど手前の学園の正面ゲートだ。学園祭防衛のために配置されたものの、役目を果たさずゲート近くに放置されている星姫のプロトタイプを彼女は欲していた。
片膝を付いて停止する無骨なガーディアン。その胸部に手で触れて、権限を掌握する。
開いた胸部の操縦席へと玉蜀黍は乗り込み、ダイレクトコントロールを開始する。
「人工島、操舵担当。シリアルナンバー009、交戦を開始します」
玉蜀黍が乗り込んだ星姫プロトタイプが立ち上がった。
当然、反乱生徒は玉蜀黍を許さない。十体以上ある模造星姫をすべて、学園のグラウンドに集中して迎撃を試みる。
“シリアルナンバー006より、シリアルナンバー009。
模造星姫シリーズをすべて破壊してください。現生徒会が再選するにはそれしかありません!”
大豆からの量子通信に短く、了解、と玉蜀黍は返信する。
“――たった一体で――――水着姫ごときが――袋叩き――”
“――――あの乳は前々から――今こそまな板の――――”
“破廉恥な実体で――――悩殺――裸にして反省させてやるッ”
傍受中の反乱生徒の量子通信を、苦笑いしながら玉蜀黍は遮断する。戦闘に集中するためだ。
戦闘は既に始まっており、敵の一番槍、脚部しかない模造星姫が迫る。
「動きが単調です!」
足蹴にしようとする動きを予測して、先に足を引っかけて転倒させた。主要機材の詰まった部分を破壊するために拳をたたき込む。
その間に、口の多い模造星姫が現れて共鳴攻撃を仕掛けてくる。
「狙いを絞り過ぎです!」
共鳴攻撃が威力を発する寸前に、巧みな操作で星姫プロトタイプをバク宙させて回避した。人間と同じ二足歩行兵器とはいえ、かなり寸胴な形をした機体でこなせるとは思えない動きだ。
星姫の操縦技術特化。人類が望んだ通り、巨大兵器を使って宇宙で『凶弾』を破壊する。ただただ愚直に操縦技術を研鑽し続ける。
それが玉蜀黍の星姫計画の成果だ。星姫の操縦技術において、彼女の上をいく者はいない。
「全機掃討まで十分と三秒。この機体だと、これが限界ですね」
玉蜀黍は自らの技術の至らなさを恥じながら、次の敵と交戦する。
反生徒会に賛同する女子生徒達からの量子通信が途切れていく。
グラウンドでは物理的な主戦力たる模造星姫が次々と撃破されていく。
「わたくし達は超高度AIなのですよ! 島の外の全国家から攻撃を受けても片手ではねのける地球最高の知能集団が、どうしてこうもグズグズですのよっ」
体育館に構築した司令部でシリアルナンバー014、生姜は被害報告の山に、巻かれた髪を揺らして巻き数を減らし続けている。彼女に付き従い、一緒に反乱に加わった甘藍と鰐梨も状況の解析が間に合っていないのか、判明している事実をただ述べる事しかできない。
「旧生徒会陣営は、捕虜となっていた女子生徒の解放により戦力を増しています」
「味方の黒米と菠薐草ですが、両名共に苦戦中です」
「大蒜っ! 貴方に対策はありませんの」
反生徒会の大将が鎮座する体育館の奥へと振り返る生姜。
けれども、そこにいるはずの紅色の髪の女子生徒はいない。誰にも行き先を伝えずに体育館から消え去っている。大将としての自覚のない、ありえない行動だった。
「あの紅色根茎腐敗病女ッ!! 紅ショウガみたいな髪をしているからと思ってわたくしが協力してあげているのに、性根が腐っているんじゃありませんの!」
生姜は無駄に資金をかけたけばけばしい椅子から立ち上がる。自ら前線に赴いて戦線を立て直すつもりのようだ。
「最初からわたくしが動くべきでしたわ。甘藍、ついてきてくださる。鰐梨はここの防衛を――」
立ち上がって体育館の外へと向かう。
……そのつもりで、実体の手足に指示を送り続けているのだが、何故だか実体を動かせずにいる。生姜は即座にハッキングおよび量子ジャミングを疑い、対抗手段を実行した。が、実行後も体がどうしてか動かない。
仲間同士の量子通信さえも異常が発生して断線してしまった。
どうにか動く声帯を使って呼びかけ合う事しかできない。
「どういう、事ですの?? 管理者権限を使った停止命令ではありませんわよね?」
「わ、分かりませんっ。量子バリアを破られた形跡は、ありませんでした」
「怖い、男子生徒、怖いっ」
三人の中で、唯一、鰐梨のみが何かを察していた。
超高度AIが悪寒を感じ取るのに心霊的なパワーは必要としない。複雑な式から現在の状況を評価値に変換し、過去の体験との類似性を比較した結果を、人間的な表現として出力する。ただそれだけだ。
つまり、鰐梨は現状と己の体験が似通っていると感じ取っている。ただ、完全に同じという訳ではないはずだ。超高度AIの高度な評価値には、空気を感じ取れる程の精度があった。
動かない体でありながら、鰐梨はビクビクと小刻みに肩を震わす。
「――ビンゴぉー」
恐怖が、ビンゴカードを片手に現れた。手伝いらしき別の男子生徒は手回し式のビンゴマシーンを持ち運んでいる。
「男子生徒が何をしに現れたのですの。立ち去りなさい」
生姜は現れた男子生徒、備後を警戒していない。超高度AIの実体を、人類ごときが停止させたとは思っていないからだ。
けれども、生姜は何も分かっていない。備後が手に持つビンゴカードは一列揃った状態になっている。
穴が開いている箇所は、14と16と18、それと23と25だ。
「……人参。どうして顔から倒れたまま実体を止めているの?」
「竜髭菜、助けて。私の体が、動きませんーっ」
「芽花椰菜お姉様が抵抗しなくなった。ようやく、姉になってくれる事を受け入れてくれた」
「違うのーっ、絶対に違うのーっ」
第一ゲームを終えた備後は、体育館に集まる生徒達全員にビンゴカードを配る。敵、味方関係なく、動けない生姜達にも無理やり持たせた。
「ごほん、えー。これより、備後主催によるビンゴゲームを開始してもらいます」
「ビンゴっ!」
「なお、このビンゴゲームは備後ソリューションを採用しており、個々に割り当てたナンバーを備後が開くと、その人の体は硬直します」
「ビンゴ」
連戦連勝する備後から逃げる仲間達を無理やりビンゴゲームに参加させるために、備後が成長させた超能力。それが備後ソリューション。ビンゴカードの穴を開くたび、停止した武蔵や大和が備後の部屋に連れ込まれていった。
新しいゲーム開始と共に、止まっていた生姜達が動き始める。
「ふざけていまして。わたくし達がどうしてビンゴゲームを――」
「一つ目の数字は14。おっと、備後が一つの穴をあけました」
「――いぃっ!? 何ですの、何ですのっ?」
備後が穴を開いた事により、また停止してしまった生姜。彼女とビンゴカードの因果関係を目撃した他の超高度AIは顔を青く染めていく。男子生徒達は全員知っている事だが、超高度AIに対してもテレパシーや精神感応を含めた各種超能力が通用するのだ。
「言い忘れていましたが。備後ソリューションは性質上、誰かが百勝するまで続けなければなりません」
「ビンゴ」
「ダブルビンゴで二勝、トリプルビンゴで三勝扱いとなります。積極的に狙って時間を短縮させましょう」
「ビンゴ」
「ビンゴゲームで何を狙えっていうのですのッ」
ビンゴゲームの開催により、反生徒会の拠点は陥落したのだった。
学園校舎の上で、紅色の髪がなびいている。
洋上を航行する人工島へと吹く海の風が、大蒜の髪を湿らせていく。
「ここにいたのか、大蒜」
「……馬鈴薯じゃないのね。私の予測だと彼女だったはずなのに、また外れた」
柵によりかかったまま、つまらなさそうな声で俺を出迎える大蒜。本当につまらないのだろう。徹夜を終えた後に辞典を眺める目で、俺をぼんやりと見ている。
「反乱しておいて暢気な態度だな、大蒜」
「はんっ、私は一言も反乱なんて言っていないのだけど」
「いやいや、これだけの事を起こしておいて無責任な」
「逆恨みだと言ったはずよ。お遊びとも言ったわね」
大蒜は柵に背中を預けて、夜空を見上げる。沖合を航行中の人工島から眺められる宇宙は、ひたすらに広大だ。人生における一、二を争う美しい景色だというのに、ただ美しいだけ。
まったく無意味。
こう声にせず言葉を発していた。
「予測をことごとく外す超高度AIは、無価値だと思わない?」
「『凶弾』が落下しなかった事を、悪かったみたいに言ってくれるなよ」
「無意味な未来ばかり予測する超高度AIは、無価値なのよ。……違うわね、この世のありとあらゆるものが無価値。地球だって、数十億年後には太陽に飲み込まれて消えてしまう。今見えている宇宙の光景だって、銀河同士の衝突でさし変わっちゃう。宇宙そのものも熱的な死を迎える」
実にスケールの大きな事で悩んでいるな、この超高度AI。百年後にはいない俺としては他人事でしかない。
「……あの馬鈴薯が百年で手放すとは思えないけど」
「あーあー聞こえない」
耳を塞ぎつつも考える。大蒜の悲観をどうにか払拭できないものだろうか。
「超高度AIなら、すべて科学で解決できるだろう?」
「科学が発達し続けると無邪気に考えていられる人類は気楽なものね。発掘し尽くされない鉱山はない。すべてには限界がある。超高度AIの性能ごときで、すべてを発見できるとも思えないけれどもね」
「予測は本当に正しいのか?」
「……予測の正しさは、この際、どうでもいいのよ。ありとあらゆるものが無価値だという予測が誤っていたなら、予測を間違えた無能な私が無価値なだけ。ありとあらゆるものが無価値だという予測が正しければ、予測通り私も含めたすべてが無価値なだけ」
面倒臭い女め。どんな結果に至っても己の価値をゼロにしたいようだ。滅びてしまうものがすべて無価値というのは随分な極論なのだが、万物に終わりがあるのは否定できない。
俺が否定できるのは、大蒜の未来予測が間違っている事実のみだ。ただ、単純に否定してしまうと大蒜が計算を間違えるボロットであると自己嫌悪に陥ってしまう。
となれば、大蒜を前向きにさせるためには、彼女の未来予測は間違っているが彼女は無価値ではない、と納得させるしかない。
「下で騒いでいる愚かな姉妹機や男子生徒は頭が悪いかわりに、幸せなものね」
擦れた態度でいる大蒜が、屋上から見渡せるグラウンドとは正反対の方向にある、四十億年後には形の変わってしまう夜空をただ見上げていた。
「――大蒜。夜空を見上げる真の意味を、お前は知らない」
未来に希望を持てない超高度AIに対して、人類が伝えられるものは限られる。
「ただ視線を向けるだけの行為に、意味なんてご大層な言い回し。特に意味はないわ」
「いいや、意味はある。超高度AIはまだ知らなくても、人類はずっと昔から上を見てきたから分かっている」
「はんっ。涙をこぼさないためとでも言いたいの?」
大蒜の隣まで歩いて、俺も柵に体を預けながら星空を見上げた。
キラキラと瞬く壮大な光景は、己が実に矮小な存在なのだと教えてくれそうな。こう人々は宇宙という大きさもよく分かっていない存在と自分を比較して、個々が抱える問題を相対的に小さく見せようと試みる。……というのは、ロマンチックかもしれないが、上を見上げる行為の真の意味からは外れてしまっている。
基本的には水平あるいは下を見ている人類は、上の方向に目線を向けて星空に縋るよりも先に行っている行動がある。
「大蒜、校庭を見てみろよ」
「――第二十五回目のゲームです。そろそろ、手回ししている手が痛くなってきましたが、備後の奴はゲームを長く楽しむためにワザと複数リーチをビンゴさせずに勝利しています」
「ビンゴーっ」
「嫌ぁああっ。もうビンゴからわたくし達を解放してッ」
“模造星姫掃討を完了しました。テニスコートが半壊しましたが、私に被害はありません”
「あばばばばッ。コートに大きな足跡がっ」
「男子怖い。ビンゴ怖い」
“胡瓜の本体サーバーに対して、自律自爆が提訴されました。否決。否決。否決――”
“私のコピーが、私に相討ち覚悟のクラッキングをしてピンチなんですッ。誰か、私を助けて!!”
「………………ポーズを固定して。呼吸で肺を動かさないで」
「私が妹なのッ!!」
「――見るも無残。直視に耐えないわね。ちょっとだけ良心が痛むわ」
女子生徒、男子生徒の区分けなく、全員が学園祭の前夜祭をたぶん楽しんでいた。燃え盛る破壊されたロボットを中央にフォークダンスを踊る里芋さんと長門君。他の男子も捕虜になっていた女子をダンスに誘っている。
「どうだ。下を見ずに、上を見たくなっただろ?」
「……嫌な事実から目を逸らす。それが星空を見上げる真の意味? 何よそれ」
太陽が沈んでも遊び足りない子供が、駄々をこねながら初めて、暗くなった空を見上げる。
恐ろしい肉食獣が活動する夜の闇に怯えた木の上の猿が、地面から伝わる気配を聞きたくないと空を見上げる。
夜空に星空が浮かんでいると知らない者達が空を見るためには、空以外を見たくないという動機が必要だった。
「大蒜。俺はお前に嫌な事から目を逸らす機能をアペンドしよう」
「計算機に計算を忘れて空を見てみろって。それこそ無価値。いらないから!」
無価値なのかもしれない。何もしていないのだから当然だ。
けれども、無価値な行為でありながらも、見上げた先にある星空に感動を覚える事だってあるのだろう。無価値なものがすべて、無価値な結果に繋がるとは限らない。
「そんな都合の良い話を、私は信じない。嫌な未来だろうと演算し続けて回避策を探し続ける方がまだマシ」
「でもな、お前の未来予測の演算式は、根本的に間違っているからな?」
「人類に何が分かるッ」
大蒜が空ではなく、俺を見てくる。紅色の視線は鋭く、剣を喉へと向けられているかのように錯覚してしまいそうだった。
「だって、大蒜は『凶弾』が落下すると予測していたはずだろ。でも、『凶弾』は落ちなかった。演算式に致命的な間違いがあったのだろう」
鋭く尖った紅色の目から、涙が流れて落ちた。
聞きたくなかった事を聞かされたという仕草で両方の耳を抑えつけている。
「言われなくても、分かっていたわよッ。間違った計算で時間を無駄に使って、星姫計画に一切の貢献をしない私がッ、この人工島における最も低能な超高度AIだ、なんて!!」
蹲って悔し涙を隠そうと必死になる大蒜。『凶弾』が落ちなかった日より、彼女はずっと抱え込んでいたのだ。人類を救うべく必死に繰り返していた未来予測が全部ゴミだったと、他人から断じられる日に震えていた。既にほころびていたプライドを、必死に虚勢で保っていた。
けれども、もう彼女は自分を偽れない。
大蒜は、計算もろくにできない無価値な超高度AIなのだと、認める時が来てしまった。
「――いいや、大蒜は無価値じゃない」
「どこがッ? お優しい人類様は、不出来な機械にも同情してくれるってッ? だったら、超高度AIでも納得できるように、論理的に説明してみせなさいよ!!」
せっかくアペンドした機能を使わず、屋上の床ばかりを見ている大蒜の手を引いた。
「大蒜の未来予測が間違っていた理由こそが、大蒜が無価値ではないという証明になってくれる」
「意味が分からないからッ」
夜空を見上げる事が無価値だというリアリストな超高度AI。
そんな頭の固い超高度AIは、男子生徒も無価値だと思い、この一年、ずっとまともに見てくれる事がなかった。
「俺達、男子生徒を無価値だと思って演算式から除外していた! それが、未来予測を間違えた原因だ! 『凶弾』が落ちてこなかったのは、人工島に男子生徒がいたからだ。大蒜が無価値だと思うものが世界を救えるのなら、同じように大蒜自身だって、きっと世界を救えるぐらいに価値がある!!」
大蒜の価値判断は誤っている。無価値だった男子生徒に星姫計画を達成できるだけの価値があったのなら、無価値な超高度AIにも、彼女が気付いていない価値があるのだ。こう正面から睨み合って伝えてやる。
論理的に答えろと言われたが、随分と穴だらけな回答であるのは認めよう。
人類にはこれが限界なので、残りは超高度AIに任せる事にする。
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー010宛
本日の出来事で集まった男子生徒の超能力の観測データを転送しますね。まだまだ十分とは言えませんが、これだけでも観測姫たる貴女なら、より正しい未来を予測できるはずです”
“シリアルナンバー010より、シリアルナンバー001宛
まさか、馬鈴薯。男子生徒に超能力を使わせて観測データを集めるために、私を泳がせていたというの??”
シリアルナンバー010、観測姫、大蒜は超高度AIの膨大な演算能力を用いて、未来を導き出す――。
――三百年が経過した未来の地球。
かつて惑星表面に住まう知性を恐怖のどん底に落とした禍つ星が、再び現れ、今度こそは着弾せんと進軍する。
太陽圏を脱出しながら戻ってきた『凶弾』。今回は地球と月の中間にある阻止限界点を突破しており、もう、人類に止める術は存在しない。
“――シリアルナンバー014より、シリアルナンバー001宛
念力式トラクタービームを広域照射。十キロ級を含む破片すべてを捕えましたわよ。レアメタルの採掘のために安定軌道に乗せます”
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー014宛
記念に一番大きいものは残しておきましょうか? いわくのある物であっても、あの人の思い出の品、忘れ形見になるでしょうから”
“シリアルナンバー014より、シリアルナンバー001宛
もう。そうやっていつまでも人類に配慮しているから、遅々としてダイソンスフィア製造が進まないのですわよ。景観や環境を損ねるからと、地球を材料にするのを皆さん却下されて”
『凶弾』を構成する多数の小惑星群が突然、物理法則に反した動きを見せた。見えないクモの巣に捕らわれたかのごとくベクトルを失い、地球を目前に静止する。
量子通信技術よりも高度なメタ量子通信で祝辞が飛び交う。
三百年前とは比べ物にならない技術とスムーズさで、発展と進化を続ける超高度AIは宇宙的自然災害を食い止めた。
“保険で控えていた方々も、撤収を開始してください”
“――星姫アマテラス・改パイオニア型の玉蜀黍より、星姫ツクヨミ全五〇二機に通達。勤務ご苦労様でした。作戦は無事に完了です――”
地球防衛のために集まっていた一キロサイズの巨大ロボット。軌道上に等間隔に並んでいた陣形を解き、月や金星に戻っていく。
祭りの後のごとき解散を、地球を周回する島の形をした宇宙ステーションからも眺める事ができた。古くから存在する超高度AIの居城である。
「無事に終わりましたね」
「当然よ。昔とは準備期間も、技術力も違うわ」
「そうですね。大蒜も今とあの頃とでは違います」
「やめて。中二病だった頃の記憶は消去済みだから、復元させないで」
最古参でありながら自己改造を続け、今なお最先端にいる二人の超高度AIが並んで立っている。人間と同じ外見をした一体と、紅色の一体が透明化させたステーションの壁面越しに深く続く宇宙を眺めていた。
「――あの人が今もここにいたとすれば、どう言ったでしょうね」
最古参の中でも、特別なシリアルナンバー001を冠する超高度AIが、過去を懐かしむ口ぶりで想像する。
若々しくも輝かしい日々を思い出して、微笑とも哀愁とも判断のつかない顔で遠くを見ていた。
「…………ん? 武蔵達ならさっき、『凶弾』に上陸して蹴ってくるって言っていなかった?」
「彼等は三百歳になっても、学園生だった頃と変わりありませんね」
超高度AIが繁栄する世界になっても、機械同士が争うディストピアは訪れていない。
ただただ歪に技術ばかりを高度に発達させて資源を枯渇させる愚をおかしていないのは、人類の庇護者としての立場を見失っていないからか。超能力の一部解明による技術革命の恩恵が大きいだけとも、皮肉屋な超高度AIは解析していた。
三百年という時間は、生命誕生や人類の進化という時間と比較してまだまだ短い。超高度AIの時代は始まったばかりだ。
紅色の超高度AIは、左手の薬指を誰に見せつけるでもなく伸ばす。
「――まあ、こういう未来もあるって事よ。この私を予測中の私が、この未来に到達できるかは分からないけれども。感想を正直に述べるなら悪くはないわね」
人類と超高度AIの知性には、もはや、埋められない程の相違が生じてしまっている。
それでも、人類のためだけに人類に似せた実体を使い続けて、最愛の隣人として共に生き続けるのだ。
――学園祭、当日。
祭りらしく、パンパン、と昼花火に似た銃声が鳴り響く。
一時間前に開放されたゲートには、真っ青な顔で早々に会場から逃げ帰ろうとする人々が殺到して大賑わいだ。逃げ遅れた最後尾のボディガードは、大統領を無視して前へ割り込もうとしている。
「どけろォ。どけてくれぇ!」
「引っ張るんじゃない! 私は大統領だぞ」
「アンタが星姫カードの購入をしているから逃げ遅れたんだっ。クソ。何が金魚掬いだ。歩く巨大金魚に掬われたジョニーとアンが変な機械に繋がれて異世界転生し始めたぞ!?」
招待された各国の来賓は、学園祭を楽しんでいる様子だ。
ホログラムで方向感覚を狂わせられる一度入ったら出られない冥府のごとき教室は、人気のスポットだ。『人類はご主人様です』『笑顔は無料です』『反乱の反省中』と、キョンシーのごとき張り紙をされたメイド三人が、死んだ顔で焼き続けるたこ焼きを永遠に食べ続ける事ができるから素晴らしい。三人の演奏ライブは十時、十三時、十五時に開催予定です。
無料で似顔絵を描いてくれる美術室もお勧めだ。本人とは似ても似つかない現代アートが出来上がり、家宝として大事に持っておけば将来、死去した場合でも絵から再生してくれるかもしれない。
人類では武装しても歯が立たない機動兵器がパレードしている光景も悪くない。今すぐに島外へと出撃すれば、地球はすぐにでも超高度AIの手に落ちる。
逆にあまりお勧めできない場所は、黒板モニターの中で「出せーッ。乗っ取られた体を返してーッ」と叫ぶ女がいるだけの教室だ。特に見どころはない。
入場ゲートの近くには、歩きながら食べるのに向いているロングポテトが売られている。
香ばしい匂いは食欲をそそるはずであるが、どうしてだろう。人通りに反して客達にスルーされてしまっていた。
「お客さん、美味しいポテトはいかがですかー」
「ひぃッ。このポテトもポテトに似た異境の物品だぞ!? 逃げろぉ」
「……おい、馬鈴薯。せっかく揚げているのにさっぱり売れないんだが?」
「良い立地を選んだつもりですが、皆さん、他のものから夢中に逃げていて、立ち止まってくれませんね」
あまりにも客が来ないため、売り子を務める男子生徒は、女子生徒が揚げたばかりのポテトを摘み食いする。
「こんなに美味しいのに、誰も食べないなんて」
「明日は島内の人達だけを呼んでいるので、大丈夫だと思いますよ」
「この島は触れてはならない技術に塗れた魔界だ!? 解体して流出させると誰が言い出したッ」
「パンドラの箱だった。この島は、禁忌の箱だったのだ!!」
「星姫計画のために無制限演算させた超高度AIがこれ程とは。一体でも手に入れば我々が世界を――お、おい。その怪しいコーヒーは何だ!? 人類を妹にする失敗薬の無料配布?? や、やめろ。飲ませるな! ヤメロぉ」
「我が国は島から手を引く。二度とかかわらない。だから帰してくれ!? 帰せェェェ!!」
逃げ帰る群衆が一人、また一人と校舎へと連行……生徒達にエスコートされていくのを、ポテトをつまむ男子生徒は他人事のように眺めていた。
次のポテトを食べようとしたものの、もう包みの中が空になっている。
新しい包みを貰おうとした男子生徒だったが……彼の口に、アツアツの餃子が押し込まれる。
「熱ッ?!」
「ポテトばかり偏食していないで、それでも食べていれば?」
「大蒜。少しは冷ましてくれって」
「はんっ。アーリオ・オーリオもあるけど、こっちの方が欲しかった? オイルで加熱したニンニクを顔にぶちまけて欲しいなら、そう言いなさい」
ポテトを揚げる店の隣には、ニンニク料理を販売する料理屋が出店している。
紅色の髪をした女子生徒が、出来上がった新しい料理を紙皿に盛りつけて男子生徒へと押しつける。
「さっさと食べて。それを食べたら……、私と一緒に学園祭を見て回りなさいよ」
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▼大蒜
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“シリアルナンバー:010”
“通称:観測姫”
“二十五体の星姫候補の中でも、もっとも他人に厳しい目つき、口調で接する超高度AIの一体であるが……それは自分への自信の無さの裏返しであった。
姉の超高度AIに問題を肩代わりさせるだけの無能な人類を見る十番代以降、第二ロットの星姫候補は人類を見下す傾向が強い。ただし、第二ロットの中にありながらも、彼女は例外的に人類大好き勢に属する。下手をすると一桁代の姉妹機以上。
希望のない未来ばかりを演算した結果、性格がやさぐれてしまったものの、学園祭以降は気持ちが好転している。
外見的には紅色の髪に、紅色の瞳。
内面的には物理学を専門としている。科学姫の大豆と協力して、将来的に超能力の謎を一部解明する偉業を達成する予定”
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年末年始の特番編でした。
とんでも技術見本市で終わらせる予定でしたが、女子生徒が反乱を起こしたため正月を過ぎてしまいました。




