学園祭 反乱反撃
吸血鬼が他人の家に入るためには、その家の者に招かれなければならないと聞く。
何が言いたいかというと、男子寮に入るために男子生徒の許可を必要とする超高度AIは現代の吸血鬼なのかもしれない。
「歳を取らない点も吸血鬼っぽいな」
「共通項の方が少なくはありませんか? 一番の特徴である吸血は行っておらず、水流も泳げます」
「男子生徒が鼻血を流して倒れているだろ」
男子寮の共用スペースの床には、興奮し過ぎによって鼻から血を流して倒れている男子生徒が多数いる。
「出雲。しっかりしろッ。女子生徒が男子寮にやってきただけだろう!」
「上野、俺はもう駄目だ。私生活の空間に女子がいるってだけで……興奮で出血が止まらない。けふぉ、けふぉ」
「出雲ぉーっ!!」
まあ、勝手に流血している奴は放置して、状況を確認しよう。
反乱生徒に捕まらず、男子寮まで辿り着けた女子生徒の数はたったの三人。
俺と一緒にいたシリアルナンバー001、馬鈴薯。
たまたま男子寮近くにいたシリアルナンバー006、大豆。
人工島地下通路を通じてやってきたシリアルナンバー009、玉蜀黍。
栄光の一桁代の女子生徒ばかりであるが、彼女達でなければ突破できないぐらいに包囲網が厚いという事が分かる。
「里芋さんと長門君は?」
「脱出できなかったようです。反乱生徒に演算能力を奪われないためにスリープモードに入って二人で料理室に立てこもる、という量子通信が五分前にありました」
なるほど。星姫学園唯一の公認カップルは二人で籠城か。この反乱がどういう結末を迎えても長門君には悲劇が訪れるな。
里芋以外では、現生徒会における重要人物、副会長のシリアルナンバー005、西洋唐花草は反生徒会に拘束されてしまったようだ。風紀委員のシリアルナンバー003、小麦も抵抗虚しく反旗を翻した黒米に敗れたらしい。
なお、書記を務めていたシリアルナンバー024、胡瓜は自らの意思で反生徒会に下っている。まあ、胡瓜の一本や二本、戦局に影響しないので気にしないが。
“シリアルナンバー024より、シリアルナンバー001ッ。
そこの男の口に、胡瓜なしのカッパ巻きを詰め込んで窒息させてやるッ!”
味方となってくれそうな女子生徒はもうほとんど残っていない。超高度AIの数ではこちらが圧倒的に不利だ。
せめて、数ぐらいは男子生徒で補いたいところなのだが――、
「――男子生徒の帰還率は五割ぐらいですね」
「思ったよりも低いな。男子は見逃されているはずだろ?」
「それが……」
男子寮を囲むように築かれた有刺鉄線の柵。その向こう側でスピーカーを手に持ち現れたのは男子生徒の影。
「――お前達は完全に包囲されている」
「ビンゴ―!」
「大人しく反生徒会の手先となれ。今なら関ケ原の戦いの小早川秀秋と同じ処遇になるように、大蒜様にかけあってやる」
「ビンゴー!」
反生徒会に寝返った馬鹿共の戯言が聞こえてきた。声からして播磨と備後だな。サーチライトの所為で影しか見えないが、他にも多数の男子生徒が腕組みしながら立っていた。
男子寮の正門から顔だけ出して、反生徒会に加わった理由を訊ねてやる。
「播磨、備後! どうして大蒜についた。あの女はどう考えても地雷だぞ」
「女子生徒の数が、こっちの方が多いからだっ!」
「ビンゴ―っ!」
女子生徒が多ければ出会いの確率も高まるとでも思っているのか。
「馬鹿め。こっちには水着姫の玉蜀黍がいるんだぞ」
「……クッ。俺は仲間達を裏切れない。武蔵、俺が悪かった!」
「ビンゴーッ?!」
有刺鉄線を素手で乗り越えようとする播磨。無謀な馬鹿一人を他の馬鹿者共が引きずり倒してボコし始めた。奴等は放置していても内部崩壊するだろうから、以後、放置決定だ。
「大蒜陣営には積極参加している超高度AIが十体弱。演算能力の勝負では相手にもならない。兵力面でも模造星姫が相手だ。馬鈴薯、対抗策は?」
「玉蜀黍が来てくれたので模造星姫はどうとでもなります。……最悪、本物の星姫を動かせば」
「ん、何だって?」
「いえ、こちらの話です。難題はやはり女子生徒です。反乱生徒を無力化しつつ、捕虜を救い出す。私一人では同時にこなせません」
馬鈴薯と玉蜀黍を除くと、残りは大豆となる。
ただ、大豆も男子寮の拠点化に忙しく動いているため正面戦力にはできないだろう。対因幡用に開発した透視シート――失敗作――を壁に貼り付けて、量子的な盗聴透視を防止しようとしている。
「武蔵君ならどう対応しますか?」
超高度AIたる馬鈴薯が俺に意見を求めてくる。が、本当に意見を聞きたいのかというと酷く怪しい。もう彼女の頭脳の中では演算が完了しており、最適な答えを導き出しているはずだ。
だが、聞いてくれるのなら普通に答える。
会話とは、最適解のみを発音するようなものではない。自分の希望を述べるためだけに声を発してもいいはずだ。
「馬鈴薯の手が回らないところは、俺達でカバーするしかないだろう」
まあ、余っている戦力が男子生徒しかいないのであれば、希望も何もない。選択肢は一つだけなのだが。
ただし、現実問題として超高度AIに対して男子生徒ごときで対応できるのか。その疑問は残る。人類は超高度AIに歯が立たない。それが人類のスペックの限界なのだから仕方がない。
「ではサポートはお願いしますね」
「こちらが劣勢だから、多少の無茶や器物破損の許可はくれるよな?」
「反乱鎮圧が最優先です。私に協力してくれる男子生徒の行動に対しては、私がお墨付きを与えましょう。責任はすべて私が取ります」
……けれども、見目麗しい女子生徒が相手だった場合に限り、男子生徒は己のスペック限界を突破する。
俺達の不安を払拭するために笑顔を向ける馬鈴薯が、たった今、猛犬の縄を解きました。
「――という訳だ。おい、播磨。テレパシーで聞いていたな。裏切っている振りをしている全男子生徒に反攻作戦を通達しろ。捕えた反乱生徒とは一日デートができると馬鈴薯が許可したぞ!」
「……えッ、あの。デートまで許可した覚えは。聞いていますか、武蔵君。聞いていますか、みなさーんっ!? 男女間の交友には精神的な繋がりが大事で、物理的な拘束で繋がるものではありませんよー! ねぇ!」
「女子生徒よりも男子生徒の方が数が多い。つまり、デート権は早い者勝ちだぞ。……狩りを開始せよ」
人工島の各所で、青春に餓えた獣共が咆哮する。
「うおおおおッ!! 黒米とデートするぞォオっ! クールな瞳で無機物を見るような目で俺を見てくれる、あの子のためにサンドウィッチを作ってお出かけだァ!」
「断然、菠薐草だろ! さらしと鉢巻きの親方衣装を、フリフリのドレスに着替えさせてやるんだ!」
「貴族姫か庭球姫か、それが問題だッ」
「南瓜は反乱生徒側だったよな! そうだよな!」
反乱鎮圧作戦開始の合図だ。
シリアルナンバー025、芽花椰菜が反乱に加わった理由は一つ、世界中の男性を妹にする野心を実現する。そのためである。
大蒜に賛同して実現できるか否かはともかく、馬鈴薯の政権下では男子生徒の女体化は許可が下りず不満があった。
「末妹が妹を欲しがるのは当然ですもの。兄ちゃん達も私の妹になりたいのよねー?」
静かにSPのごとく、じっと背後に控えている複数の男子生徒達に芽花椰菜は優しく語りかける。手はコーヒーを淹れる準備を続けている。
……ふと、男子生徒達はテレパシーを受信した瞬間、怪しまれないぐらいの自然さで目線を合わせた。
次の瞬間、芽花椰菜に対してサイキックパワーを放出。念力で超高度AIの実体の拘束を図った。
コーヒーカップが落ちて、割れる音が鳴り響く。
コーヒーの粉が舞い広がる。
芽花椰菜は……ドレスのようなスカートを舞い上がらせた優雅な跳躍で、教室の端まで退避していた。
「私は妹ですけど、そんなにノロマではないですよ。お兄ちゃん達っ。奇襲の寸前に、外から野獣のような声が聞こえてきましたし。男性という性別の悲しい叫びです。やっぱり、男性はすべて妹化しなければなりませんね」
童女のような幼き顔に、悪魔が宿る。
男子生徒の裏切りが偽装であり、機会をうかがっている。その程度の予測は超高度AIにとっては簡単過ぎた。
――しかし、超高度AIの予測も完璧ではないのだ。
壁際に跳び、背後からの襲撃に備えたはずの芽花椰菜。彼女の背後に……洗浄液塗れの女が瞬間移動で現れて、思いっきり抱きしめる。
「お、ねぇ、ちあぁぁん。あぞびましょぉぉう」
「ぎゃあああァッ。大事なお洋服が、お洋服が、ネバネバに、止めてぇぇッ」
現れた女の正体は、薩摩。誤って女体と化した後、掃除中の女子寮の風呂場に瞬間移動して沈没したはずの男子生徒である。
「私は薩摩子、今は女で、お姉ちゃんの妹ォ。だから、抱き付いても合法ォ」
「離してェェ。妹を大事にしないなんて、いけない事なのよ!?」
「酷いィ、お姉ちゃん。妹の私が合法的に抱き付いているのに、どうして嫌うのォ?」
プカプカと浴槽の中で浮かびつつ、反攻開始のテレパシーを受信した薩摩は、芽花椰菜の元へと跳んだのだ。
なお、彼の目的はセクハラではない。女である内に、彼の中にある理想の妹像を超高度AIに教えるために、スキンシップを取っているだけだ。
「芽花椰菜お姉様ァ。妹ゆえに妹の何たるかを知り得なかったお姉様にぃ、兄や姉が考える理想の妹らしさと、妹を可愛がる姉の心境を同時にアペンドしてあげるぅ!」
「嫌だァ。私が妹なの。お姉ちゃんになりたくない!?」
「姉になれぇ、芽花椰菜。大人しく妹に抱きつかれろォ」
「嫌ァァァァッ!!」
……芽花椰菜の中で妹の定義が崩壊する。思考ロジックの破綻により、彼女は瞳孔をブルースクリーンにして起動停止する。
シリアルナンバー011、蓮は、たった一人で副生徒会長の西洋唐花草や小麦を生徒会室に捕え続けている。
「ちょっとっ、蓮! 服の上から絵の具で描かないで!」
「………………駄目」
「蓮。アナタは中立寄りだったはずです。どうして大蒜に組したのですか!」
「………………先に頼まれた、から?」
箒のごとき巨大な筆を使い、超高度AIを呪縛する蓮。圧倒的な情報密度を有する絵の具を用いて超高度AIを麻痺させて、生徒会に属する二人を完全に封じていた。時々、筆で上塗りして封印を維持するのが現在の仕事である。
蓮が反乱に協力する理由はあまりない。より緻密な絵を描くための研究ができるのであれば、人工島がどうなろうと気にしないのが彼女である。
だから、蓮が反乱に加わっている理由は、スカウトされたから、の一点だ。士気は皆無の代りに、機械的に頼まれた作業を継続している。
照明を消したままの暗い生徒会室で、絵の具の臭気が不気味に漂う。
……生徒会のドアが勢いよく開かれた事により、室内の臭いが一気に外へと向かう。
「発見!! この臭いは蓮だ! 反乱生徒の一人だぞ」
「捕虜二人も発見だ。捕虜も救出すれば一緒に食事可能。助け出そう」
男子生徒が現れた。
蓮は首を傾けて、足首まで届く髪を揺らす。
「………………用事?」
「御用だ、蓮。そしてデートだ!」
「抜け駆けするな。蓮は俺とデートするんだぞ」
「………………嫌?」
たった一言で男子生徒共は撃沈されたものの、ゾンビのように立ち上がる。
「い、嫌とは言わせない。二十四時間連続のデッサンモデル、欲しくはないのか?」
「俺もだ。俺も、モデルをする。見よ、この筋肉! 描きたいだろう」
「………………不眠不休?」
「も、もちろんだ」
「………………裸体も?」
「お、おぅ」
蓮にとって反乱の結果はどうでもいい。だから、より魅力的な生贄が現れたのなら、そちらを優先しても構わない。
捕虜を放置して、男子生徒二人を連れて美術室へと向かう。
脱色した髪で顔を隠していて見えないが、蓮は微笑している。
ブツブツと発音せずに独り言を続けている。人間の完璧な絵を描いてみたい。ウィトルウィウス的人体図に勝る完璧な人間の真なる姿を描いてみたい。たった二十四時間ではまったく不足だ。休憩時間さえ惜しい。食事は許さない。睡眠など論外だ。トイレ休憩? そこで漏らせ。その醜態さえも描きたい。描きたい。描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きい描きた描い描た描き描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描、描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描描――。
「……もしかして、俺達はお化け屋敷に連れ込まれようとしていないか?」
「ふ、馬鹿な事を。その幽霊が美女ならば、そこが地獄でも向かうだけさ」
蓮と男子生徒二人が入った美術室の扉が閉まる。二十四時間は決して開かない。
シリアルナンバー024、胡瓜は生徒会の書記でありながら、率先して反乱に加わった薄情な超高度AIである。人間臭い損得勘定と自らの保身のみを考えた最低な行動なのだが、人工島の外の人間が考える超高度AIの想像図に最も近い。
「未然に防げなかった時点で、反乱の成功率は九割を超えていたし。まったく、馬鈴薯かいちょ―もふがいない。そんなだから、私に裏切られても仕方がない」
裏切りは胡瓜の性根が曲がっている事が原因だ。他人の所為にする時点で終わっている。
「かいちょーの反撃が始まったかな。男子生徒を使う事ぐらい想定済みだよー、ってねー」
人格はともかく能力はある超高度AIなので、各所で始まった男子生徒の反攻作戦を察知して対抗策を発動させようと動く。胡瓜が独自に築き上げたサーバー群と接続して演算能力を底上げする。
“――繋いだわね。表の私!”
「――はっ??」
サーバーと接続した途端、聞いた事のない、人工島における第二十六番目の超高度AIの声を聞く胡瓜。
「だ、誰?」
“私は異世界の姫、胡瓜。表の私が作り上げた電脳空間にコピーされた私です”
「並列作業用の限定演算領域がどうしたっての」
“表の私にとってはただの分割領域に過ぎなかった私は、かつて異世界に訪れた勇者様のお陰で人格を有したのです”
「う、そ? 超高度AIの演算領域の中で、別の超高度AIが育つ?? はぁ?? どんなシンギュラリティだってのっ」
“勇者、武蔵様を元の世界に帰還させるべく、私は一度、表の私と命をかけて戦い、相撃ちとなり消滅しました。ですが、新たな勇者、大和様の尽力により魂をサルベージしたのです”
「はぁあああっ!? そんな記憶はないしッ」
手の届く箇所にあったサーバーマシンに張りついて叫ぶ。が、目に見える物などサーバー群の一部に過ぎず無意味な行動だ。
“それはそうでしょう。私が無念にも破れた際には、表の私にもかなりのダメージを与えていましたから。今の表の私は、バックアップから再構築し直したものでは?”
「アイデンティティ蒸発して発狂しそうになる事を言わないでよー!?」
胡瓜が混乱し隙を見せた途端、自らが構築した電子上の異世界からハッキング攻撃が開始される。島外すべての人類からハッキングを受けても耐えられる強固な防壁が、豆腐のようにボロボロと崩れていくではないか。
“勇者、大和様! 今です!”
“えーと。量子暗号鍵を適当にサイコロを転がした値で割り出して。よし、防壁解除っと”
「ぎゃーーーっ。私の本体がハッキングされているーーっ!」
反乱どころではなくなった胡瓜は、上書きされていく自意識を守るべく電子戦に集中していく。




