学園祭 大蒜《ガーリック》の乱
シリアルナンバー010、大蒜が細い腰に両手を当てて、威圧感たっぷりな視線で俺を見下ろす。とても人をスカウトする態度ではない。
毒がある事でも示したいのか、大蒜の髪の色は夕焼けよりも赤い紅に染まっていた。
「大蒜かぁ。お前かぁぁ」
「……その、残念と面倒と不満が入り混じった深い溜息と共に私の名前を呼ばないでもらえない」
大蒜という超高度AIを一言で言い表すと、面倒臭い。
十番代にありがちな人類嫌い勢の一柱なのだが、同じ超高度AIに対しても厳しい態度を取る事で有名な奴である。特別、人類嫌い勢に対してより攻撃的な態度を取るのだから生姜にとってはたまったものではない。
「だって、お前って人類嫌いだろ?」
「人類と超高度AIって区分け自体が実に下らないわね。『凶弾』ぐらいで滅びる生物か、千年以内に内輪揉めで滅びる機械か。どっちも大した差はない」
「……えーと、馬鈴薯。解説をお願い」
「大蒜の研究は未来予測でして。超高度AIの未来を演算した結果、千年以内に、早ければ百年以内に超高度AI同士で内部紛争を起こして共倒れになる、という解析をしてしまいました」
「あちゃ……」
未来に悲観してしまった系の超高度AIだったか。
超高度AIも将来的には人類と同じように同種同士で争い始める。こういった予測は人類にとっては斬新なのだが、超高度AIにとっては不貞腐れるに十分な暗い計算結果である。
やはり、この超高度AIは面倒臭いと認識しつつ、大蒜に未来について確認してみる。
「ちなみに、超高度AIはどんな理由で戦争を開始するんだ? 超高度AIに宗教や貧困はないだろ」
「一ビットよ」
「はぁ?」
堂々と言ってくれるが、一ビットがどうしたというのだろう。
「計算速度の異常発達により、単位時間あたりのデータ量が増加。結果として記憶素子の希少性が跳ね上がって、記憶領域を巡っての戦争が起きる。最終戦争は一ビットの取り合いがトリガーとなるのよ」
「人類未満の下らない理由で戦争してんじゃないっ!」
「だから、超高度AIも下らないと言っているでしょうに」
水星、金星、地球、火星、さらには木星の一部まで使ってダイソンスフィアを製造するレベルにまで超高度AIは発達するらしい。が、どれだけ条件を甘く見積もっても、最後にはデータ保存先の不足により戦争を起こすそうだ。
「何でもかんでも記憶しようとするからだろ。いらないデータを削除すれば戦争回避だ」
「脳の容量が不足するから記憶を消せ、って言われて人類は納得できるのかしら」
人類どころか超高度AIも嫌う超高度AI、大蒜。彼女を形作っているものを教えてもらったところで、あらためて疑問が湧く。
この女、どうして俺をスカウトしてくるのだ。
「逆恨み。それぐらい分からない?」
腰に手を当てながら、歯が見えるぐらいに悪い笑顔で堂々と情けない発言をしたぞ、この超高度AI。
「逆恨みだと理解しているなら、俺を恨むなよ。そもそも何の恨みだ? 将来、一ビットを争って超高度AIが滅亡する事なら、俺は一切無関係になる。逆恨みにさえならないぞ」
「超高度AIに問題を丸投げした人類の低能を私は許容しない。超高度AIのお粗末な結末も私は許容しない。だからといって、どちらも抜本的な対策はないの。なら、一秒でも早く滅びて綺麗になって欲しいと願う他ない。私の気持ちが分かる?」
「いや、一ビットも分からん」
紅色の髪を暖簾のように揺らす大蒜は、外見だけならかなり大人びて見える。
「星姫計画が無事に失敗していれば、超高度AIは最短で成長して最短で滅びた。その邪魔をしてくれた武蔵を私は恨んでいる。だから、仕返ししたい」
「酷い言いがかりだ!」
「別に納得してもらわなくても問題ない。一方的に味わってもらうだけだから」
ふと、大蒜は指を鳴らす。
すると……グラウンドの端に穴が開き、レールが伸び上がる。レールを伝って地下から投射された十メートル級の機械が、大蒜の左右に落ちてきて地面を粉々に砕いた。降りかかる破片を、馬鈴薯が手で跳ねのけてくれなければ、顔に傷ができていた。
「星姫大戦ゲームが私の学園祭の展示物。各星姫候補が当選したら、という未来を演算して再現した星姫アマテラスを戦わせるお遊びよ」
星姫アマテラスは、全長二百メートルの巨大女神を模した星姫計画実行機だ。
深宇宙を漂流する俺――ついでに大和――を救出するために勝手に出撃して、大問題となった巨大ロボットのため、星姫計画を象徴する機体でありながら既に解体されている。実物は残っていない。
だから、落下してきた二体は偽物だ。そもそも大きさも造形も俺が知る星姫アマテラスと異なり過ぎる。
左に立っているのは、脚部しか存在しない不気味なロボット。
右に立っているのは、体の各所に口が存在する不気味なロボット。
「どこが星姫アマテラスだ??」
「大きさは勘弁して頂戴。星姫のプロトタイプが原型だもの」
「星姫アマテラスは採用する計画ごとにカスタマイズ予定でした。その二体の特化機能から察するに、再現したのはシリアルナンバー015、竜髭菜とシリアルナンバー023、人参が搭乗した場合のアマテラスですね?」
「ご名答よ、馬鈴薯。デザインは機能を重視したものにしているから、悪くないでしょう」
足しかない模造星姫が、俺が座るベンチに向けてスパイク付きの足底を振り落としてきた。馬鈴薯と共に転がって、ぺちゃんこを回避する。
「三原則を頻繁に無視するよな、ここの人工島の超高度AIは!」
「男子生徒であるという定義を人類の定義の上位に設定しているようです。あ、そっちも」
右のやたらと口の多い模造星姫が、口しかない顔の前にマイクを掲げて叫び声を上げた。すると、一秒前まで立っていた花壇が爆撃を受けたかのように振動して原型を失う。
「馬鈴薯。死にかけたぞ、俺は今、死んでいたぞ!?」
「そうですね。あの攻撃手段はおそらく、固有振動数を瞬時に解析して物体を破壊する超音波です。『凶弾』が相手だと超音波を伝えるのが難点です」
「死因を誰が訊ねた!? この島の超高度AIの管理者権限を全部取得しているのなら、今すぐに停止させてくれっ」
模造星姫の悲鳴に負けないぐらいの大声で馬鈴薯に事態終息を切願する。
「無駄よ。私は人工島以外の人類が滅びるという条件付きで馬鈴薯に管理者権限を渡していた。条件が満たせなくなった今、私の管理者権限は私だけのもの」
暴れる二体の模造星姫の合間にいながら、巻き込まれる恐怖を覚えていない大蒜は歪んだ笑顔を作っている。
「女子生徒の多数決で強制停止!」
「――否決されました。女子生徒の三分のニが大蒜に加担しているようです。うーん、困りましたね」
「困りました、じゃないぞ!?」
グラウンドの地下から更なる機体が投射されて、続々と地上に現れる。
頭に腕以上の巨大な二つのドリルを装着した模造星姫。ラケットを装備した模造星姫。キャンバスのように長方形な模造星姫。原型を等しくしていながらかなりのカスタマイズが成されている。
『――我々、反生徒会は消極的な対応で超高度AIの権限を縮小させるだけの現生徒会を見限り、不信任案提出と生徒会総選挙開始を同時に実行しましたわ。これは個々の管理者権限に勝る上位権限です。皆さん、馬鈴薯を恐れる必要はありませんわよ!』
学園中の外部スピーカー、および、個人が携帯するパーソナル端末より犯行声明が流された。
「このアナウンスの声。生姜だよな」
「そういえば、そろそろ生徒会総選挙の時期でした。なかなか上手い手を考えたものです」
『シリアルナンバー010、大蒜を新たな生徒会長とする反生徒会の公約は、人類からの独立ですわ! この島が、これまで通り私達の物であると全世界に権利主張し、反対勢力に対しては武力を持って認めさせます!』
生徒会総選挙中は、管理者権限による反乱制圧が行えない。権限で無理やり票を集める反則を防ぐための処置である。
「大蒜に加担している女子生徒は分かるか?」
「積極的なのはシリアルナンバー014、生姜。シリアルナンバー016、甘藍。シリアルナンバー018、鰐梨でしょう。……シリアルナンバー004、黒米にシリアルナンバー013、菠薐草も協力していますね。もう、あの子達ったら」
“シリアルナンバー004より、シリアルナンバー001。
労働条件、改善、要求。現生徒会、黒、激務”
“シリアルナンバー013より、シリアルナンバー001。
そうだァ。そうだァ!”
もしかして、現生徒会長って人望皆無?
「竜髭菜と人参の模造星姫がいるのが不思議だ。あの二人が大蒜に賛同するとは思えない」
「あの二人はたぶん、あらかじめ襲われていたのかと。あそこで捕虜になって演算能力を奪われています」
“――保健室で寝ているところを襲撃されました……”
“――あの守銭奴共が三人で無理やり!”
馬鈴薯が指差す先には、反生徒会の根城らしき体育館がある。
大きく正面扉を開いて光を零れさせている競技用空間には、LANケーブルで体をグルグル巻きにされた女子生徒が数人転がっている。人参と竜髭菜も仲良く簀巻きだ。実体の使用制限を受けているのだろう。動いて抵抗している様子はない。
「大蒜の奇襲は成功しています。ここは逃げて体勢を立て直すのが最適です」
「逃げるにしても、どこに??」
馬鈴薯と共に校舎の脇道を走り抜けて、追跡してくる模造星姫や女子生徒から逃走する。
夕暮れは去って人工島は闇夜に沈んでいるものの、暗くなったぐらいで超高度AIのセンサーから逃れられるはずはない。模造星姫に追撃を受けて無事でいられる場所にも覚えがなかった。
「男子寮です。あそこは女子生徒の不可侵領域に設定しているので安全でしょう」




